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二ビル通信

えげつない問題を勝手気ままに取り上げるブログ


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狂った売国主義者、西尾幹二Part2


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その後の参議院選挙では年金問題とか格差などのマスコミの情報操作の影響もかなり大きかったが、土建業者の票田を失った反動もあって自民党が大敗してしまったのは記憶に新しい。
 しかし小さな政府を目指すには、そういう反動や反発も受け入れて改革をやらなくてはならないのだ。独裁政治でないから時間はかかるかもしれないが、地方の土建屋に代表される、国家の予算にたかる既得権者を少しずつ排除し、民間人に自立させるような場所や空間や時間を用意していく社会を目指す。それが本来の保守主義者が目指すべき道だろう。
 西尾の考えは、国家を愛して経営しろとか、大昔の知能の低そうな陸軍が言いそうな理屈だ。国家のためならすべてを投げ出して命と財産を捧げる。そんなことを心から考える奴なんてまずいない。いるとしても、個より公の方が大事とか書いていた小林よしのりあたりの頭の悪い国粋主義者ぐらいなものだろう。
 小林よしのりや西尾を支持している人だって、国家のために自爆テロで死ねと命令されたらほぼ100%やらないだろう。国家への忠誠心なんてそんなものであるし、その方がよっぽど人間らしい。
 国家に忠誠を誓えなんて古い思考の塊である。本当に日本を好きになってもらいたいのなら、個人を大事にすることだ。大事にすると言っても、それは国家の予算にたかって甘える層を生み出すことではない。そういうことを許す社会は必ず経済的に破綻する。
 最終的に目指す保守主義というのは、法律というルールを守りながら、個々人の実力やリスクテイクが発揮しやすい社会の構築である。儲けても累進課税で手元にほとんど残らないようでは実力も出す気が起きなくなるし、ましてや国家のために経済活動する者なんているわけがない。そういうことが起きないような税制改革と、税収に頼らない小さな政府を作ること。間違っても国粋主義者の考える保守ではない。
 小さい政府の副産物として国内には金持ちがいっぱい生まれ、そして世界中から金持ち移住してくるようになる。特に日本は税制さえまともならば、シンガポールから金融資産を移してくる金持ちがいっぱいいるはずだ。治安はシンガポールもいいが、法律の面でかなり歪んでいるから、日本の方が住みやすいはず。シンガポールでは味わえない四季もあれば、避暑地も東京のすぐ近くに存在する。街の歴史も奥深く(主観で見れば)文化レベルも高い。シンガポールのような水のリスクもない。
 唯一問題なのは日本の歪んだ税制である。それさえクリアして私有財産を大事にする国家ができれば自然と金持ちや経団連も日本を好きになってくれるだろう。
 国粋主義者の馬鹿なところは、教育や洗脳で国民は国家が好きになると思い込んでいるところだ。人間なんて自分を大事にしてくれる国家でなければ逃げていくだけである。愛国心で経営をやる人間なんてまずいない。みんなまず自分が豊かになるために経営をやるのだ。その副産物として雇用が生まれ、底流へと流れ出す。
 結果的にいろんな層が経済的に潤い、今まで貧乏人では買えなかった高級品が買えるようになる。テレビなどその典型で、かつては初任給の20倍ぐらいした白黒テレビが、今やカラーであるのはもちろんのこと、昔では考えられなかった大型テレビでも一般人が買えるほどに豊かになっていった。
 これが国家社会主義で国民は国家に貢げという奴隷制度ではこうはいかない。インフラ整備の段階までならまだ機能するかもしれないが、技術は進歩せず、量産化もままならない。微細加工も進まず生産性は伸びずに他国に負けてしまう。最悪の場合、北朝鮮みたいな国にまでなるかもしれない。
 国家社会主義なんて、最終的に行き着く先は独裁者が生まれやすい共産主義国家である。大げさな話ではなく、「愛国心の無い者は経営から去れ」という極端な危険思想家が独裁的な権力を握ると、ポルポト政権のような異常な社会になる可能性が高いのだ。
 個人を大事にせず、愛国心がないだけで粛清しようとする社会を目指す中で、誰がそんな国家を好きになるというのだろうか?国粋主義者の頭はどうかしている。
 人間というのはよっぽどの変わり者で無い限りは利で動くものだ。利で動くと言っても、それは国家の予算にたかる甘えの利ではなく、個々人のリスクテイクと実力と努力で得られる利を大事にする。それが保守である。
 西尾氏が保守と名乗るのはやめていただきたい。あんなの国家社会主義天皇制万歳軍国主義である。