二ビル通信

えげつない問題を勝手気ままに取り上げるブログ


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スターシード論などの似非スピリチュアルの弊害


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私が「クリスタルチルドレン」に懸念を持つわけ

前回に引き続き、といってもずいぶんと間が空いてしまったんですが…、「クリスタルチルドレン」という概念が自閉症に対する理解を妨げることについて、もう少し述べていきたいと思います。
実は、これについて興味深いブログのエントリを見つけました。
http://blog.goo.ne.jp/manaworld/e/0070bcdab0e6db3ae00005c405c84940
こちらの方は自閉症のお子様がいらっしゃいます。
精神世界には親しんでいらっしゃるが、クリスタルチルドレンには批判的な見解をお持ちのようです。
しかし、方便としての有用性をあげているんですね。
ジェームス・トワイマンのコンサートで、彼が言っていました。「今の人は、ラベルに弱い。クリスタルチルドレンや、インディゴチルドレンとラベルをつける事で、受け入れてくれる人が増えている。個人的には、子供にラベルをつけるのは嫌いだけど、今、しばらくの間、ちょっとの間、ラベルは必要なんです」
一言、今の時代は、そういう人が大半の、そういう社会だってことです。
物質至上主義の社会、特有の対処法だなぁ。。。と思いました。
つまり、『発達障害』と言ったら世間は受け入れないが、『クリスタルチルドレン』と言えば温かく受け入れてくれるということでしょう。
ウソも方便ってヤツでしょうか。
しかし、これについては残念ながら疑問を抱かざるを得ません。
「クリスタルチルドレン」を信奉する人の目的は自分自身の癒しであって、『発達障害』に対する理解ではありません。彼らの望むものはあくまでも自分の理想を投影できる『クリスタルチルドレン』であって、実際に子どもが「発達障害」かどうかはそもそも関心の外なのです(親以外は)。
ですから、彼らは自閉症児を『クリスタルチルドレン』と言い替えてしまえばそれで満足なのであり、実際の自閉症について理解を深める方向へのモチベーションは生じないと思います。
したがって、バーチューの『クリスタルチルドレン」についての説明が実際の自閉症児の特徴とあまりに乖離しているにもかかわらず、信奉する人々はそのことに疑問を覚えることもないですし、またその必要性も感じていません。
ましてや、重度の自閉症児のことなど、始めから彼らの眼中に入っていません。仮にその存在を目にしたとしても「あの子はクリスタルチルドレンではない」と思うだけでしょう。
実際、バーチューのサイトには親御さんのコメントとして「本物の自閉症とは違う」という表現もあります。
私の目から見ると、本物の自閉症とは違う印象なのです(単に軽症ということかもしれませんが)。
ttp://www.jma-inc.jp/blog/user/doreen/taiken/465.html#comments
また、ブログでこんなエントリも見つけています。引用先は示しませんが。
「(前略)T君はクリスタルチルドレンで自閉症ではありません。T君に病院は必要ないです。
とても、純粋で大きな優しさと愛情を持って生まれてきている子ですよ。お父さんとお母さんを守る為に来たと伝えてほしいと言われました」と話した。(強調は引用者による)
このように、『クリスタルチルドレン』という概念が広がったからといって、実際の自閉症児やその家族への態度が温かくなる保証はまったくありません。
むしろ、実態を指摘することは、彼らの「心地よさ」を否定するものとして排斥される可能性が高い。
以下の引用も、クリスタルチルドレンに言及していたブログから拾ったものです。同じく引用先は伏せます。
発達障害とか言われる事が多くあるそうですが、それって誰の基準?っていつも思うのです。 大人たちも余裕がないから、なんとか病気にさせたいのでしょうか? そして納得させたら気が済むと思ってるのでしょうか?
まず、「概念」が極端に違う為、親御さんの理解が無いと、普通におかしい子になってしまします 多動とか、AD/HDとか言われるお子さんのほぼ6割から7割にかけてが、薬物で処理されようとしています この子達は、潰される為に生まれてきた訳ではありません 未来へ花開く為に生まれてきています(強調は引用者による)
最近は本当にいろいろな枠を作って、そこからはみ出している子供達を他の枠にはめたがるようです 少しでも勉強についていけなかったりすると、それだけで言語障害や発達障害というように「普通ではない」と決め付けられて・・・
これら、『発達障害』に対するネガティブな表現の数々は、書き手が元々障害に対して持っていた偏見を図らずも露呈させてしまった結果とも言えるのですけれど、やはり、理想の投影対象である『クリスタルチルドレン』との対比からくるものとして考えるべきだと思います。
つまり、『クリスタルチルドレン』を賞賛しようとすればするほど、『自閉症』『発達障害』という診断が許されざる行為になる。
『障害者』と認めることが忌避すべき行為になる。
このように「クリスタルチルドレン」という概念は、世間の障害に対する認識を改めるのではなく、却って『障害』に対するネガティブイメージを強調する方向に働くのです。
特に、学校現場において『クリスタルチルドレン』という概念が広がったらどうなるか。
子ども達の間で、障害児の選別が起こるのではないか。
「あの子はクリスタルチルドレンだから大切な子」「あの子は本物の自閉症だから私たちと関係ない」という風に。
そして、これが重要なのですが、バーチューのいう「クリスタルチルドレン」の定義に当てはまるような自閉症の子どもはほとんどいないのです。(注)
また、AD/HDの薬物療法に対する偏見も、実際に学校現場で薬を服用している子ども達へのプレッシャーが強まるのでないかと危惧します。
周囲の子どもだけでなく、教師が服用に理解を示さない、という事態が起こらないことを切に願わずに入られません。
AD/HDの治療についてはこちらのサイトを参照していただきたい。
「AD/HDナビ」(特に「体験談を聞く」というページがわかりやすい。)
http://www.adhd-navi.net/index.html
繰り返しますが、『クリスタルチルドレン』という概念を世間一般に無批判に広めることは、発達障害に対する無知と偏見を広めることに他ならないんです。
そんな概念を広めるよりは、きちんとした発達障害についての知識を広めた方がずっと良い。
無責任な愛は、迷惑でしかないってことです。


・インディゴ世代の次(1995年~)に生まれてきた魂
・オーラは、何色ものパステル調の色合いを含み、オパール色(乳白色)に輝いている
・楽しく、愉快で、おおらか
・インディゴと共通しているのが、感受性が高く、霊能力があるところ
・至福に満ちていて、情緒が安定して穏やか
 (たまに癇癪を起こすことはあっても、たいていは寛大でおおらか)
・テレパシー能力あり、そのため言葉を話しだすのが遅い傾向がある
・クリスタルや石に興味をもつ
・人とのつながやりを好み、話好き
・抱き締めたり、ケアをしてもらいたがっている人を、自発的に抱き締め、思いやりを示す
・愛に満ちていて、あけっぴろで、気取らない
・普通の食べ物より菜食を好む

えっとー、これに当てはまるんだったら、自閉症じゃない気がします…(苦笑)


もう年も変わってクリスタル…からは大分経つけど、はっきり言って笑えるね。おもしろいよ。
たしかに○○チルドレン自体は興味深い話だと思うけど、それよりもそれにハマッて無思慮に浸っている連中を見ているのは実に面白いね。
こんなことかくのもまた不謹慎とは思うがでもこれがわたしの正直な意見だよ。
そう、あたかもオウム選挙を見て俺らを殺す気かと思ったくらい大爆笑したあの時と同じだね。
(あの、「ショーコーショーコーショコショコショーコー」ってあれね)

くりずさん初めまして。クリスタルチルドレンで検索していて ここへ辿り着きました。私はこの曲とメインで歌っている少年達が大好きで、彼らのライブに行くのを楽しみに日々の辛い生活を耐えています。私の一人息子は中度の知的障害自閉症児です。来年度、学区の支援学級に就学します。私は38才で出産しました。羊水検査は期を逸した形で やりませんでした。友人に「自閉症じゃなくてダウン症なら良かったのにね」と言われた事があります。その友人は、生後すぐに亡くなった子供に対して、「障害があっても良いから生きていて欲しかった」と言います。それを私に言います。
くりずさんは最近更新もコメントもされていないようですが、お子さんのお具合がお悪いのでしょうか?または くりずさん御自身が?
くりずさんと お話ししてみたいです。関係あるかないか分かりませんが、私も宝塚や009 好きですshine
今日は降園後、市の療育センターでグループ療育です。
ではこれで。さようならm(_ _)m。

くりずさん レス有難うございましたheart04
私も呑みたい…。うちのは発達障害には付き物(?)の睡眠障害がある子なので、うっかり寝酒も呑めず、昼間は多動で危険な行動ばかりで目が離せず…、てな毎日です。
さて件のクリスタルチルドレンですが、NHKでは再放送をしませんね…。同時期に放映していた曲は再放送されてるんですけどね。しかし昨秋には、ニューバージョン(ロック調、ヒップホップ調、合唱用)のCDとダンスDVDが発売されました。その後 配信限定で ピアノバージョンが出ました。こちら(とヒップホップ調の)は原詞を他者が英訳し、ハートオブクリスタルというタイトルに変えていまして、チルドレンという語は一切出てきません。愛、勇気、許す、太陽、月、などの語は外していませんが、エンジェル の語が入れられています。
原詞者の意識、CD発売元と歌う少年達の所属プロダクションの思惑、受け手(発達障害児の親とその他の人々)への波及状況など、気になる点は様々ありますし、私自身の考える処もありますが、長くなりますので、今日はこの辺で失礼します(^_^)shine
蛇足ですが、私は アルベルト・ハインリッヒ LOVEheart01です。
では?


「今後はハートオブクリスタルでいきます」だったらその方がまだいいですね?。遅きに失した感はありますが。
「クリスタルチルドレン」という曲の問題点は、そのタイトルが特定のオカルト思想の重要なキーワードであることなんですよ。
エントリにも書きましたが、このワードだけで特定の思想に誘導されてしまうんです。
そんなタイトル曲がNHKで初出だった。
もし、これが「NKHみんなのうた」で流された曲でなかったら私は問題視しなかったと思います。
ライブなどで歌うだけなら、どんな内容でも「ご勝手に」というしかない訳でして。
いや、ブラックメタルの歌詞なんかすごいものですよ(笑)
また、NHKで放送された最初から「ハートオブクリスタル」というタイトル曲だったのなら、やはり問題は小さかったと思います。
「クリスタル」だけなら、いきなりバーチューに引っかかることも無いでしょうから。
合唱バージョンなんてぇ教育現場での使用を前提とするような企画がでること自体、やはり皆様のNHKで流された影響が大きいですよ。
先生もまさか「みんなのうた」の曲が、オカルト思想を反映しているなんて思わないでしょうからね?。
>昨11月、チャリティーだったかエコ系イベントだったかの舞台で歌ったんですよね、クリスタルチルドレンを。
う?ん _| ̄|○
なつめさんのおっしゃるとおり、せめて「ハートオブクリスタル」にしてくれって思います。
それにしても、「善意」で行動する人の一部に見られるオカルト耐性の低さは何とかならんものですかね?。
「善意」だからいいってもんじゃないですよ。


↓↓↓↓↓↓↓↓ここでキチガイ登場 ↓↓↓↓↓↓↓↓


はじめまして。
横から失礼いたします。
クリスタルは、自閉症児やADHDなどの発達障害を持つ子供たちを差す言葉ではありませんよ。
むしろそちらはインディゴです。
レッテルを貼られることを嫌うお気持ちは察します。
ただ、明確に両者のタイプは明らかに見て違うため、あくまでも便宜上、使用していると
思ってください。
クリスタルの子の特徴は、情緒が常に安定しており、直感も豊かで表情も豊か、
誰からも好かれ、癒しをもたらすため、自然とその子の手や頬をなでたくなります。
知能も発達しており、人を導くような風格を小さい頃から持っています。
天才や神童と呼ばれる場合も多いです。
インディゴの子はクリスタルの子が大好きです。
閉じている心を、クリスタルの子は解放し癒してくれるからです。

投稿: クリスタルの定義 | 2010年2月23日 (火) 01時21分


↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑


>クリスタルの定義さん
はじめまして。
クリスタルチルドレンと自閉症を関連させているのは、私ではなくバーチューを始めとするエンジェルセラピーを信奉する人々です。
バーチューのサイトには、次のように明記されています。
http://doreen.jp/angelguide/007children.html
▼▼引用開始▼▼
問題が持ち上がるのは、クリスタルチルドレンが、医療や教育関係者によって、 "異常な" 発話パターンを持つと判断されるときです。クリスタルチルドレンの出生数が増えるにつれて、自閉症の診断数が増え、史上最高になっているのは偶然ではありません
▲▲引用終了▲▲
また、インディゴチルドレンについては、次の記載があります。
▼▼引用開始▼▼
彼らは、注意欠陥多動性障害ADHD)や注意力欠如障害(ADD)といった精神疾患の誤ったレッテルを貼られることがあります。
▲▲引用終了▲▲
また、私が引用したブログをはじめ、多くの方が自閉症とクリスタルチルドレンを関連づけて考えています。
しかし、正直なところ、「クリスタル」が「インディゴ」に変わったところで、当エントリの主張に影響を及ぼすとは思えません。
当エントリで問題にしているのは、それらの概念が実際の発達障害についての理解を疎外すること、だからです。
実際、クリスタルの定義さんは、平気で以下の文章をお書きになる。
>閉じている心を、クリスタルの子は解放し癒してくれるからです。
失礼ですが、この一文だけでもあなたが自閉症に対していかに理解がないか、あるいは理解する気がないかがうかがい知れてしまうのです。
そして、このような誤解に満ちた言説をまき散らす。
まさに,そのことを私は問題にしているのです。
自閉症は心を閉ざしている状態ではありません。
「ひきこもり」や「うつ」とは違います。
自閉症は先天性の脳機能障害であり、以下の3つを主な特徴とする行動的症候群です。
1. 対人相互反応の質的な障害
2. 意思伝達の著しい異常またはその発達の障害 
3. 活動と興味の範囲の著しい限局性
他者との関係性(捉え方)に障害を持っているのであって、『クリスタルの子』とふれあうことで「閉じている心を解放」というのは見当違いです。

自閉症Q&A
http://www.nucl.nagoya-u.ac.jp/~taco/aut-soc/rainman/autismQA-j.html



こんにちは。コメントありがとうございます。
今後もコメントされるおつもりなら”名無し”などというその場限りのハンドル名ではなく、他の方と区別できるハンドル名をご使用ください。
さて、本題に入ります。
4歳のお子さんがいらっしゃるのですね。なるほど可愛らしいエピソードですね。
そして、お母さんが大好きなのでしょうね。
皮肉ではなく本当にそう思います。
お母さんが大好きだから、お母さんの望みを叶えたい。
例えばですが、お母さんが胎内記憶を信じる人ならば、子どもは胎内記憶を語り出します。
お母さんがオーラを信じているならば、子どもは自分にもオーラが見えるような気がします。
自分の話でお母さんが喜ぶのはとてもうれしいことです。
子どもは、特に幼児にとっては親は絶対です。
親に愛されるために媚もするし、逆に気を引くために悪さをしたりもする。
ですから、慎重であってほしいのです。

>この世の事はちゃんと人間扱いして解決したほうがいいと思う。
名無しさんのおっしゃるとおり、「◯◯チルドレン」という概念は子どもを”人間扱い”していないと思います。
この表現はちょっと何なので言い替えると、子どもを”自分と独立した存在と思っていない”という感じでしょうか。
自分に都合のいい理想像を、子どもに押し付けているわけです。
そして、子どもはその理想像に一生懸命合わせようとする。
そもそも、本来子どもは親から庇護されるべき存在です。
にもかかわらず、親が自分の”癒し”あるいは”救済”を子どもに求めてしまっている。
この発想は、子どもにはかなりキツいものです。
名無しさんがそうだと言っているわけではありません。
むしろバランス感覚のある方なのでしょう。
文章からもお子さんとの楽しい時間が伺えます。
それだけに、◯◯チルドレンが危うい側面を持つことは、今後も頭の片隅に置いて欲しいと思います。


内閣府政策統括官(共生社会政策担当)付障害者施策担当
電話:03-3581-0277
03-3581-0278
「障害を理由とする差別等に関する意識調査」の公表について
内閣府
○調査目的:障害者権利条約において規定された「合理的配慮の否定」を含む障害を理由とす
る差別等に関する国民の意識を把握することを目的として実施
○調査対象:15歳以上80歳未満の男女 1,050 人
○調査期間:平成21年4月~5月
○調査方法:調査会社の登録モニターに対するインターネット調査
Ⅰ 調査の概要
1.障害者権利条約に関する認知度は低い状況にある
障害者権利条約の内容も含めて知っている人の割合は数%である。
2.日本の社会には、障害を理由とする差別があるとする人が、依然として相当
に多い
障害を理由とする差別があると思う又は少しはあると思う人の割合は 8~9 割となって
いる。
3.障害を理由とする差別は、無意識的に行われていると多く認識されている
障害を理由とする差別は、無意識又はどちらかというと無意識に行われていることが
多いと思う人の割合がほぼ 6 割となっている。
4.障害者への配慮・工夫を行わないことが差別に当たるか否かについては、評
価が分かれている
障害者への配慮工夫を行わないことが差別に当たると思う人の割合は、全体では 52.8%
で過半数を超えるものの、差別に当たるとは思わない人の割合も 35.6%存在している。
5.「合理的配慮」に関する認知度は低い状況にある
「合理的配慮」について知らない人の割合が全体で 4 分の 3 を超えている。
6.「合理的配慮」の具体的な内容についてイメージを持ち、説明できる人は極め
て少ない
「合理的配慮」についてイメージを持ち、例を挙げて説明できる人の割合は数%に止ま
っている。
7.社会が「合理的配慮」を行うことに対しては大部分の人が肯定している
「合理的配慮」について、積極的に行うべきであると思う又は過度な負担とならない
ように考慮して行うべきであると思う人の割合は、ほぼ 9 割を超えている。
8.「共生社会」について知っている人は過半数を超えている
9.行政による「共生社会」のための環境づくりに対しては大部分の人が肯定し
ている
Ⅱ 調査結果のポイント
○ 障害当事者の指摘する差別事例などの周知を含め、差別防止に向けた啓発・
広報活動を推進
Ⅲ 今後の施策
1
1.障害者権利条約の認知度について
ポイント 障害者権利条約に関する認知度は低い状況にある
・条約の詳しい内容は知らないが条約ができたことを知っている人の割合は比較的高
年齢の人に多いが、条約の内容も含めて知っている人の割合は、男女及び各世代を
通じて数%である。




質問1 あなたは障害者の権利に関する条約を知っていますか。
・条約の内容も含めて知っている 2.1%
・詳しい内容は知らないが、条約ができたことは知っている 23.2%
・知らない 74.7%
全体 2.1 23.2 74.7
条約の内容も含めて知っている 詳しい内容は知らないが、条約ができたことは知っている 知らない

2
2.社会における障害を理由とする差別の有無について
ポイント 日本の社会には、障害を理由とする差別があるとする人が、依然として相当 に多い
・障害を理由とする差別があると思う又は少しはあると思う人の割合は、男女及び各
世代を通じて 8~9 割となっており、引き続き差別防止への対応が求められている。

質問2 あなたは、現在、日本の社会には障害のある人に対して、障害を理由とする差別がある
と思いますか。
・あると思う 43.2%
・少しはあると思う 48.3%
・ないと思う 3.7%
・わからない 4.8%
全体 43.2 48.3 3.7 4.8
あると思う 少しはあると思う ないと思う わからない

3
3.障害を理由とする差別を行っている人の意識について
ポイント 障害を理由とする差別は、無意識的に行われていると多く認識されている
・障害を理由とする差別は、無意識又はどちらかというと無意識に行われていること
が多いと思う人の割合が、男女及び各世代を通じてほぼ 6 割となっており、今後と
も広範な啓発が求められる。
質問3 あなたは、障害を理由とする差別が行われている場合、差別を行っている人の意識につ
いてどう思いますか。
・意図的に行われている差別が多いと思う 6.0%
・どちらかというと、意図的に行われている差別が多いと思う 22.3%
・どちらかというと、無意識に行われている差別が多いと思う 54.5%
・無意識に行われている差別が多いと思う 10.8%
・わからない 6.5%
全体 6.0 22.3 54.5 10.8 6.5
意図的に行われている差別が多いと思う どちらかというと、意図的に行われている差別が多いと思う
どちらかというと、無意識に行われている差別が多いと思う 無意識に行われている差別が多いと思う
わからない

4
4.障害者への配慮・工夫を行わないことが差別に当たるかについて
ポイント 障害者への配慮・工夫を行わないことが差別に当たるか否かについては、評
価が分かれている
・障害者への配慮工夫を行わないことが差別に当たると思う又はどちらかといえば差
別に当たると思う人の割合は、全体では 52.8%で過半数を超えるものの、差別に当
たるとは思わない又はどちらかといえば差別に当たるとは思わない人の割合も
35.6%存在している。
・障害者への配慮・工夫を行わないことが差別に当たると思う又はどちらかといえば
差別に当たると思う人の割合は、比較的若年者で少なく特に 20 代で最も少なくなっ
ている。





質問4 障害のある人がない人と同じように生活できるようにするためには、例えば企業や学
校・病院などがスロープを設置したり点字や手話などで情報を提供したりするなどの
様々な配慮や工夫が必要です。あなたは、このような配慮や工夫を行わないことは、過
大な負担となる場合を除けば「障害を理由とする差別」にあたると思いますか。
・差別に当たると思う 13.2%
・どちらかといえば、差別に当たると思う 39.6%
・どちらかといえば、差別に当たるとは思わない 22.2%
・差別に当たるとは思わない 13.4%
・どちらとも言えない 11.5%
全体 13.2 39.6 22.2 13.4 11.5
差別に当たると思う どちらかといえば、差別に当たると思う
どちらかといえば、差別に当たるとは思わない 差別に当たるとは思わない
どちらとも言えない

5
5.障害者権利条約における「合理的配慮」に関する認知度について
ポイント 「合理的配慮」に関する認知度は低い状況にある
・「合理的配慮」について知らない人の割合が全体で 4 分の 3 を超えている。
・70 歳代において「合理的配慮」の考え方を知っている又は言葉を聞いたことがある
人の割合が多くなっているものの、「合理的配慮」の考え方について知っている人の
割合は男女及び各世代を通じて数%に止まっており、今後とも広報が求められる。
質問5 障害者権利条約では、障害のある人がない人と同じように生活するために過大な負担と
ならない範囲で行う配慮や工夫を「合理的配慮」としています。また、「合理的配慮」
を行わないことは差別として位置づけられています。あなたは、このような「合理的配
慮」について知っていましたか。
※合理的配慮の定義:「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を
享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の
場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの
をいう。(「障害者の権利に関する条約」より)
・合理的配慮の考え方について知っている 4.3%
・合理的配慮という言葉は聞いたことがある 19.9%
・合理的配慮については知らない 75.8%
全体 4.3 19.9 75.8
合理的配慮の考え方について知っている 合理的配慮という言葉は聞いたことがある 合理的配慮については知らない

6
6.「合理的配慮」の内容の具体的なイメージについて
ポイント 「合理的配慮」の具体的な内容についてイメージを持ち、説明できる人は極
めて少ない
・「合理的配慮」についてイメージを持っており、例を挙げて説明できる人の割合は男
女及び各年代を通じて数%に止まっている。
・「合理的配慮」に関し、抽象的な理解に止まり、具体的内容についてはほとんどイメ
ージを持っていない又は全く理解ができない人の割合は、男女及び各世代を通じて
6~7 割を占めている。
・「合理的配慮」に関し、全く理解できない人の割合は若年者で多く、特に 10 歳代で
は 2 割近くを占めている。
質問6 あなたは、合理的配慮の内容について具体的なイメージを持っていますか。
・具体的内容についてイメージを持っており、例を挙げて説明することができる 1.9%
・具体的内容について漠然としたイメージを持っている 27.1%
・抽象的な理解にとどまり、具体的内容についてはほとんどイメージを持っていない 59.8%
・全く理解ができない



「障害者の原因は親」肯定派に疑問 障害者差別を許す日本の思想

2015年6月25日 13時30分
ざっくり言うと

障害児が産まれる原因は親にあるとする内海聡医師の記事が大炎上を起こした
肯定的な意見も目立ち、障害児を産むことに否定的な意見は増えているという
問題の本質は命の選別をする優生思想にあると倫理学者は指摘した
「障害児を生んだ親は反省しろ」で炎上の医師も...広がる生の選別と障害者差別の思想

2015年6月25日 13時30分 LITERA(リテラ)
野崎泰伸『「共倒れ」社会を超えて 生の無条件の肯定へ!』(筑摩書房)
写真拡大
 先日、ある医師がFacebookに投稿した記事が大炎上を起こした。内容は以下のようなものだ。

〈障害の子どもさんが生まれるというのは、いかに産む前妊娠前に両親が食と生活が乱れているかの証、それは一生かけて反省しなければなりません。それを抱えてその子を一生守り続けていくことが、真の親に課せられた試練なのです♪〉

 障害をもった子どもが生まれた責任は親にある──。こう書き記したのは、自ら"キチガイ医"と名乗る、NPO法人薬害研究センターの理事長であり精神薬の断薬を行うTokyo DD Clinicの院長である内海聡医師。以前から"抗うつ剤覚せい剤と基本同じ"と言ったり、生活保護受給者を"クレクレDQN"と評するなど、ネット上で炎上を繰り返してきたが、今回の彼の主張には産婦人科医の宋美玄氏が〈障害児を産むことは『親のせい』『不摂生』などではないことは改めて説明するまでもありません〉〈産婦人科医としてはっきり否定いたします〉と反論。

 一方、乙武洋匡氏もTwitterで「うちの親にも深く反省するよう、よく言っておきます(笑)」と反応し、こちらも話題を呼んだ。

 しかし、内海医師は炎上後も〈障害者の親は一生反省してもらってけっこう〉と述べるなど、発言をますますエスカレートさせている。自らのオカルト的信仰を主張するためには、障害者を差別し、傷つけることもいとわない。そのメンタリティは「障害者は前世の因縁」などというインチキ新興宗教の教祖とほとんど変わりがない。

 さらに愕然とするのは、この内海医師に対して「障害があるとわかって産むのもおかしい」「言ってることは間違ってない」「一生国に迷惑かけるんだからね わかっていて生む奴は批判されて当然」などという肯定的な意見が目立つことだ。

 こんな差別丸出しのグロテスクな意見が大手をふってまかりとおるとは......。しかし、こうした「障害児は生むな」という反応は、近年、とみに増えている。とくに、妊婦の血液を採取して胎児の染色体や遺伝子を調べる「新型出生前診断」が2013年4月から導入されるようになってからは、"異常が分かれば中絶すればいい"という意見が散見されるようになり、事実、導入開始から1年半で1万2782人が出生前診断を受け、羊水検査などで異常が確定した176人のうち、人工妊娠中絶をしたのは167人、妊娠を継続したのは4人という。

 内海医師は障害のある子を育てることを〈試練〉と表現したが、出生前診断の結果による中絶率の圧倒的な高さを見ても、多くの人が「障害をもった子は生めない」と考えていることがわかる。だが、なぜ障害をもった子を生めないと思うのか、その社会的背景が論じられることは少ない。

 今年3月に発売された『「共倒れ」社会を超えて 生の無条件の肯定へ!』(筑摩書房)は、こうした問題と真正面から向かい合う。著者である野崎泰伸氏は自身も〈肢体に先天的な障害〉をもち、現在、立命館大学大学院で教鞭をとる倫理学を専攻とする学者だ。

 野崎氏は、この出生前診断について、〈じつはこの社会は、「新型」検査が、生命の選別を行うツールであるということから目を逸らしているのではないか〉と指摘。そして、問題の本質は〈費用対効果の良し悪しをひとつの判断基準とする制度設計をし、障害があるとコストがかかるという理由で〈望ましくない生命〉であるとする優生思想にあります〉と述べる。

 まず、よく知られているように、ナチスドイツにおいては優生思想に基づいて〈「生きるに値しない」重度の障害者や遺伝病、あるいはアルコール依存の人たちをガス室に閉じ込め、抹殺した〉という歴史がある。他方、日本でも同様、戦中に「国民優生法」を施行し、障害をもつ人々への不妊手術を実施した。さらに戦後には「優生保護法」と名を変え、〈「不良な子孫」を産ませない〉政策がとられた。しかも、「遺伝性疾患」に加えて、精神病や精神薄弱、ハンセン病なども対象となり、本人の同意もなく行われた不妊手術の件数は、法改正がされた1996年まで約1万3000人にのぼる。

「障害をもつ人は、いないほうがよい」......このような考えには〈優生思想が深く関わっています〉と野崎氏は述べる。だが、ここで忘れてはいけないのは、「優生保護法」が運用された理由は「不良な子孫を産ませない」だけではない、ということ。そこには戦後の人口増加を減らしたい、福祉による経済負担を減らしたいという思惑もあったのだ。いわば、国家の経済的な都合を、「産んでいい子ども、産んではいけない子ども」という"命の選別"の問題にして広めたのである。

 そして、いま、新型出生前診断の導入によって、国家による〈直接的な管理〉から、〈個人やカップルが、障害をもつ胎児を「自発的」に中絶するように〉変わった。なかには、当事者に選択権が与えられるようになったのだからいいのでは?と思う人もいるかもしれないが、むしろ、いま浮き彫りとなっているのは、"当事者への責任の押しつけ"だ。

〈「新型」検査を利用するかどうかを、カップル、とくに妊婦の選択にゆだねることによって、つまり、「妊婦の自己決定」とすることによって、大半の責任を当人たちに押しつけているように思えるのです〉

 しかも、検査によって障害が認められ中絶を選択する人は、前述したように圧倒的な数字だ。なぜ中絶を選ぶのか、その理由を野崎氏はこう分析する。

〈(検査結果によって中絶を選ぶ人は)心のどこかで、障害をもっていることは、いのちの質が劣っていることだと思っているはずです。ここで言う「いのちの質」は、多くの場合、育児に要するコストに見合うだけの成果が見込めるかどうか、で決まっています。つまり、ここでは、より多くのコストをかけて育てなければいけない生は、資源を無駄遣いする劣った生であると捉えられているのです〉

 コストの問題ではなく、障害をもって生まれれば、その子が苦労するから産まないのだ──そう反論する人もいるだろう。だが、それでも野崎氏は〈しかしそれは、あまりに一面的な考え方ではないでしょうか〉という。

〈百歩譲って、障害をもつ人がこの社会で生きようとすれば苦労が絶えず、かわいそうなこと──私はそう思いません──だとしても、そうした見方は、今の社会はけっして変わりはしないという前提に立っています。そこまで障害者に苦労を強いて、かわいそうな存在にしてしまうこの社会とは、いったい何なのでしょうか。(中略)そこを問わないまま、妊婦やカップルによる「自発的」な選択の是非を論じても、問題の本質は何も変わりません。障害があるというだけで、障害者が犠牲の構造に巻きこまれていることこそが問われなければならないのであって、それこそが出生前診断に関する真の問題なのです〉

 選別される生などない。障害をもつことが"生きづらい"、その社会のあり方そのものが問題なのだ。しかし、一方で社会は、このような意見に耳を貸さない。〈現安倍政権は、異質な人間を排除し、同質な人間をのみ成員とする社会を作ろうとしているように思えてなりません〉と野崎氏も言うように、排他的な〈閉じた社会〉化はよりいっそう進んでいる。

〈この社会において私たちは、「生そのもの」を一般化・抽象化していく圧倒的な権力に巻きこまれています。しかも、その状況は、「どうせこの社会は、すぐには変わらない」「そんなことをしても仕方ない」と口にしてしまいたくなるほど、深刻なところまできています。福島第一原発が起きても原発がなくならないのは「仕方ない」、ヘイトスピーチがあるのは「仕方がない」、この社会の役に立たない人間に社会保障なんて必要ないし、死んでいったとしても「仕方がない」......。こうした風潮が、「生そのもの」を一般化・抽象化し、私たちに「犠牲」を強いたり、自ら率先して「犠牲」を受け入れるよう仕向けたりするのです〉

 いまの日本の社会では、〈社会のあり方に疑問があっても何も言わないのが美徳〉とされ、〈異論が出ても黙殺されてしまい、社会の「同質性」はそのようにして保たれ〉ていく。言っても無駄、言わないほうが得......そう思い込ませる社会は、無論〈権力の作用〉によってつくられている。これを突破するのに必要なのは、このお手盛りの構造に抗うことなのだ。

「障害をもった子どもの責任は親にある」という主張や、「障害をもった子は産まれなくていい」という論調がまかり通る、現在の社会。それがいかに思考停止の状態か、ぜひ本書を読んで多くの人が考えてみてほしい。
(田岡 尼)



探偵ファイルから引用

ももクロのライブで障害者差別?屈辱の体験をブログで暴露



ももいろクローバーZのライブで不当な扱いを受けたと、ファンの男性がブログで暴露した。

2012年4月23日の更新によると、男性が列に並んでいた時、杖は危険であるとスタッフから注意を受けたそうだ。チケット購入時に確認をとったと話したが、会場への杖の持ち込みは危険なので控えてほしいと言われたという。周囲からも非難の声が相次ぎ、結局は会場に入れなかったとのこと。

ももクロのライブで障害者差別?屈辱の体験をブログで暴露

「会場で歓声が上がるころ、帰途についた。そのまま外で聞くこともできたが、チケットを持っているのに外で聞く屈辱に耐えられなかった」、「今頃は生でパフォーマンスを見ている時間だと思うと、涙が出てきた」、「私がそこにいなければ、皆楽しい気分で入場できたんだ」、「かたわが人様と同じ夢をみてしまい、すみませんでした」。

ももクロのライブで障害者差別?屈辱の体験をブログで暴露

男性は16日の時点で、問い合わせたら身体障害を理由に断られたと述べていた。「『会える』ということを売りにしているのに、いまだに健常者しか相手にされないんですね」。22日にも「本気じゃない、ただのリップサービスの人気とりだな」と怒りを顕にする一方で、「五体満足な人と同じところで、同じものを見て、笑って泣いて、一体になって、感動を分かち合える日が来ますように」と書いている。

ももクロのライブで障害者差別?屈辱の体験をブログで暴露

ももクロのライブで障害者差別?屈辱の体験をブログで暴露

さらに、ももクロのスタッフブログにも23日に「障がい者は邪魔だと思う方も多いでしょうが、同じ人間と思ってもらえば幸いです」とコメント。この内容は賛否両論となり、男性のブログにも意見が殺到した。予想外の反響に驚いたようで、男性はブログを削除してしまった。

ももクロのライブで障害者差別?屈辱の体験をブログで暴露

26日、ももクロが所属するスターダストプロモーションに取材した。同社では、本件を把握していなかったという。スタッフブログでの論争も、知らなかったそうだ。そこで、関連情報をメールで提供することになった。それらに基づいて、詳細を確認するという。



大槻義彦の叫び

テレビタックル特番収録
恒例の年末特番、『たけしの超常現象マル秘Xファイ
ル』の収録をやった。詳しくは22日日曜6;56から
20;54の放送をごらんください。この放送の後、詳
しいテレビタックル特番余聞をメールマガジンに書きま
す(1月10日発行予定)。ただしこの放送の前半の
『吸血鬼』の部分などは出演しておりません。
 オカルト肯定派は例によってたくさん並んでいました。
合計6人ものUFOバカ、オカルトバカ、その他のバカ
が6名です。その中でも笑えるのは『かぐや姫』のお友
達という男が出たことでした。
 オカルト否定派は私がただ一人。昔は少なくとも3人
で対決したのでしたが、今は私ひとりでお相手です。そ
れでも6人であろうと10人であろうと負けるわけはあ
りません。
 それでも6人のうちにはひどい男が一人。この男、自
称『作家』と名乗っていますが、私が韮澤さんのUFO
批判をやりだしたとたんに大声でがなりたて批判の声を
罵倒して、まともな批判をやらせませんでした。あげく
この男、ひどい障害者『差別用語』をがなりたてました。
どんな言葉だったか、ここでは書けませんし、放送では
カットされているでしょう。こんな差別用語も平気で使
う『作家』とは一体何者でしょうか?
 私の親友の一人娘が実はこの障害者です。頭脳明晰で
筑波大学を卒業しましたが、このテレビタックル特番の
フアンです。友人はこの娘をかかえて苦しみ抜きました。
会社から海外勤務を命じられさらに苦労を重ねました。
海外では日本以上の差別を受けました。日本人としての
人種差別に加えて視覚障害者への差別でした。収録で突
然、自称『作家』からいきなり視覚障碍者差別用語をが
なりたてられ、そのとたんに友人の娘さんを思いだして、
わがことのように怒りました。
 自分で作家と名乗るのですから直木賞候補にでもノミ
ネートされたことがあるのでしょうか?直木賞作家がこ
のような障害者差別用語は使うはずはないのですが。
 いつもいつもこのテレビタックル特番が終わると思いっ
きりしゃべれていい気分で帰宅できるのですが、今回は
この『差別用語作家』のためにいやな気分で帰りました。
今後はなるべくこの『自称作家』とは同席しないように
心がけることにしましょう。