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二ビル通信

えげつない問題を勝手気ままに取り上げるブログ


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出版不況はマスゴミの捏造です


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出版不況はウソ!? “新しいかたちの本屋”が熱い


「出版不況」や「若者の活字離れ」といったフレーズをテレビや新聞でよく目にする。たしかに、街の小さな書店は次々と姿を消し、紙の書籍の販売額は2006年から6年連続で減少している。若者も本や雑誌よりもスマートフォンに時間を奪われている。
しかし、実はメディアで謳われていることは、現実とは少し違っている。



出版不況のホント
先に述べた書籍の販売額は、紙と電子を組み合わせて考えた場合、実は2012年から2013年にかけて微増しており、書籍よりも厳しい状況にある雑誌を含めた出版市場全体で見ても、ゆるやかな回復の兆しが出ている(「電子書籍調査ビジネス報告書2014」より)。

若者の活字離れのホント
若者の読書率は決して低下しているわけではなく、特に小中高生に限って言えば、ここ10年でむしろ上昇している(「読書世論調査2014年版」より)。

また、たとえ読書しなくても、若者はTwitterFacebook、ブログなどを毎日のように目にしている。
現在販売されている書籍にはネット上のコンテンツを書籍化したものも少なくないことを考えれば、むしろかつてないまでに活字中毒の時代であると言える。

書店の減少のホント
残念ながら、こちらは年々減り続ける一方。
しかし、たとえ書店は淘汰されども、“本屋”は増え続けていくと、ブック・コーディネーターでクリエイティブ・ディレクターの内沼晋太郎氏は、自著『本の逆襲』(朝日出版社)の中で述べている。

“書店”と“本屋”の違い

「書店と本屋は同じじゃないの?」と思う人もいると思うが、内沼氏にとって二つは違う意味を持つ。
“書店”は、本という商品を扱い陳列している“空間”で、広さと立地とサービスの質で勝負しているもの。
一方“本屋”は、どちらかというと“人”に重きを置いたもので、本を媒介にした人とのコミュニケーションを求め、また、人と本の媒介者的な存在であると定義している。

そして、内沼氏は上記の考えのもと、下北沢に実際に「B&B」という本屋を、博報堂ケトルと協業で2012年にオープンさせている。

これからは“掛け算型”本屋の時代

この本屋では、ほぼ毎日、本に関するトークイベントや講座を開催している。
本の著者や、本を好きな人たちのトークを通じて人と本をつなぐと共に、そのつながりをさらに強める活動をしているのだ。

また、「Book & Beer」の略であるB&Bという店名のとおり、店内はどこでもビール(そしてこだわりのコーヒー)を片手に本を読むことができ、北欧のヴィンテージで揃えられた本棚はどれも委託販売している商品で、お客さんが購入することが可能だという(購入される度にその棚の本をすべて別の棚に入れ替え、陳列も変えているというからすごい)。

つまり、本屋であり、イベントスペースであり、家具屋なのだ。

本以外の商品も取り扱う本屋の先駆けとしては、「遊べる本屋」がコンセプトのヴィレッジヴァンガードがあるが、その後も「SHIBUYA PUBLISHING BOOK SELLERS」(本屋×出版)や「NADiff」(本屋×ギャラリー)など続々と登場し、B&Bはそれらをさらに発展させたものと言える。

こうした複数の収益源を確保した“掛け算型”の本屋が、今後はさらに増えていくと内沼氏は予測する。

そして、本屋の可能性は掛け算型以外にも広がっているという。店舗のようなリアルな空間がなく、直接的に本も売らない、“エア本屋”だ。

本を売らない“エア本屋”

その代表的なものとして内沼氏が挙げるのが、「いか文庫」という名のユニット。
それぞれ本業を持つ3名のメンバーが、まるで本屋であるかのように、自分たちのおすすめの本をTwitterでつぶやいたり、ロゴ入りのグッズを販売したりしていたら、リアル書店からフェアの選書を依頼されたり、雑誌から取材を受けるようになったという。

内沼氏自身も、20代の頃に「ブックピックオーケストラ」という選書ユニットとして活動していた。そして現在も、グラフィック/アート集団のNAMと一緒に、移動式本屋「NUMABOOKFACE」という新たな選書プロジェクトを行っている。
これは、本で顔型のオブジェをつくり、さまざまなスペースに展示するというもので、来場者は展示された本を購入することもできる。ただ、本は来場者が選ぶのではなく、「あなたのことを教えてください」という質問への彼らの回答をもとに内沼氏が選ぶ趣向となっている。

こうしたものも、彼に言わせれば立派な本屋なのだ。

本屋は“天使的な仕事”

内沼氏は、「出版業界は斜陽産業」と決めつけるのは努力や工夫をしていない人たちだと指摘する。
そして今後、そんな状況の中に新風をもたらす本屋が一つでも、一人でも増えることを期待している。

同著の最後の方で、作家・佐々木中氏の著書『切りとれ、あの祈る手を』(河出書房新社)から引用した以下の一節に、彼のこの仕事への思いが込められている。

「本の出版流通に携わる人々すべてに言いたい。あなたがたは天使的な仕事に従事しているのだ」「天使とは何か。それは[中略]『読み得ぬ』ということの距離そのものであり、この無限の距離が解消される『読みうる』ことの、極小のチャンスなのです」



「出版不況」は本当か?--書籍まわりのニュースは嘘が多すぎる

こんにちは、林です。ここCNET Japanではしばらくご無沙汰してしまいましたが、相変わらず電子書籍まわりで、ごにょごにょ、やっております。


 6月には「なぜ電子書籍は嫌われるのか?」というセミナーをやらせていただきました。そこでも触れてるんですが、常々感じているのは「(電子)書籍まわりのニュースや記事には、ウソが多すぎる!」ということ。

 「通説はこうですけど、ほんとはこうですよ」という記事を、CNET Japanでも何度か書かせていただきました。

書籍にまつわる都市伝説の真相--委託販売、再販制度は日本だけなのか(1)
Kindle価格の謎を解く--ジョブズの伝記はなぜ値上がりし、また値下がりしたのか
 なぜかわかりませんが、書籍、特に電子書籍がからむと、いつもはまともな方も、どうにも現実とずれたことを発言なさったりすることが、この数年常態化しております。

 居酒屋や床屋でつぶやかれる分には私も特にどうでもいいのですが、それが公の場で流布された結果、国策にまで影響を及ぼしてしまうことが多いのです。「床屋政談」ならぬ「床屋出版論」です(もちろん床屋さんに罪はありませんので念のため)。

 業界の片隅で毎日がんばって電子書籍を作ってる身からすると、こういう「イメージ」や「政策」は迷惑この上ない。もともとよちよち歩きの段階の電子書籍の、発展の芽が、こうした間違ったイメージやら政策で摘まれてしまうのを見るのは、忍びないのです。

 というわけで今後この連載は、間違った「(電子)書籍論」「(電子)出版論」を積極的に俎上に載せたいと思いますのでよろしくお願いします。



枕詞化した「出版不況」

 最初に取り上げたいのが「出版不況」です。ここ10~20年、出版界はずっと不況、ということになっていて、出版関係の記事には、まるで枕詞のように「不況」という言葉がついてまわります。たとえば、こんな記事。

出版不況下に日本文学全集…読者広がる、強気見通し : 本よみうり堂 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE
 “古典から近現代文学まで網羅した「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」(全30巻)の刊行を11月から始めると、河出書房新社が発表した。 同じく池澤さんの編集で2007年から出した『世界文学全集』に続く試みだ。本の売れ行きが低迷、出版不況がますます悪化する中、文学への関心を広げる試みとなるだろうか。”

 読売さんばかりではありません。(筆者の勤務先である)朝日新聞もこういう記事を、ブックフェアの時に出しています。

出版不況、切り札どこに 東京国際ブックフェアで議論 - 本のニュース | BOOK.asahi.com朝日新聞社の書評サイト
 “出版不況が長引き、電子書籍もいま一つ人気が高まらない中、日本の出版界はどうすればいいのか――。東京都内で3~6日に開かれた国内最大の本の展示会「東京国際ブックフェア」で熱く語られたのは、こんな話題だった。同じ場所で開かれた「国際電子出版エキスポ」とあわせて報告する。”

 新聞・雑誌の過去記事データベースを「出版不況」で検索すると、2002年くらいから多数の記事がヒットします。つまり、この十数年、「出版」といえば「不況」、「不況」といえば「出版」、そういう記事が大量に書かれていたわけです。

 しかし「不況」というのは、何に比べて不況なんでしょうか? 何がどうなれば「不況」でなくなるのでしょうか? このあたりが、どうも不透明なのがもやもやします。何かをきちんと論じて、それに基づいて対策なり対応を考えるには、まずは「定義」がはっきりしないといけません。しかし、それが明確になっている例を、あまり見た記憶がないんですね。

 一口に「出版」といっても幅は広いですよね。コンテンツだけとっても、“文字もの”の本、文芸や評論の単行本や雑誌もあれば、ビジュアル主体の美術本、ファッション雑誌、子供向けの絵本もあります。

 日本が世界に誇る「コミック(マンガ)」だってもちろん本ですし、文字よりおまけの方が目立つ「週刊●●」といったパートワークも、本か雑誌かはともかく、「出版」物であることは間違いないと私は思います。

 そしてわれらが「電子書籍」。これだって「本」のはずです。なんといっても「書籍」ですし、海外では、紙だろうと電子だろうと、一つの統計として発表しています。

 次の図表は、国際出版社連合(International Publishers Association)による英国の出版統計を表したものです。

英国の出版統計 英国の出版統計
※クリックすると拡大画像が見られます
 ご覧のように、紙(physical)と電子(digital、e-book)をまとめていますね。

 さて、日本の統計がどうなっているかというと……。「出版不況」を論じるほとんどの記事が依拠しているのは、「出版年鑑」(出版ニュース社)か、「出版指標 年報」(出版科学研究所)のデータです。どちらも、紙の本だけの統計です。

 ここでは、より新しい出版年鑑の書籍統計を紹介します。

書籍実売総金額(出版年鑑による) 書籍実売総金額(出版年鑑による)
※クリックすると拡大画像が見られます
 (追記:2ページ目「書籍実売総金額」と3ページ目「雑誌実売総金額」のグラフの単位を「万円」から「億円」に修正しました)

 これを見ると確かに、1997年をピークに、売上がかなり下がっていることがわかりますね。97年の売上は1兆1006億円。それに対して2013年の売上は8430億円。約24%の減少で、97年を基準にとれば、確かに深刻な縮小です。

 しかし、先に触れたように、これには諸外国の統計と違って、電子書籍が入っていません。電子書籍の市場統計は、インプレス総合研究所と野村総合研究所が集計していますが、ほとんどのニュースは、インプレス総研のデータを紹介しています。



2015年以降の合計と、各カテゴリ(「新プラットフォーム」など)の合計にずれが生じていますが、これは同総研が昨年まで実施していた各カテゴリごとの予測をやめてしまったため。「ガラケー向け」と「PC向け」はグラフ上は「0」となっていますが、実際には「0」ではなく、いくばくかは残るものと考えていいでしょう。「新プラットフォーム」の予測値は昨年公開されたものを参考のため載せました。最新の予測値は、すべてのカテゴリーを含めた合計ですので、そこを見てください。

 さて、これまで「電子書籍元年」という言葉だけが踊り、実態としての市場はなかなか立ち上がらなかった電子書籍ですが(そのせいで、「電子書籍元年は何度くるんだ」といったジョークというか揶揄するような言葉が、業界の内外でよく聞かれました)、2013年の市場規模は、KindleKoboのような「新プラットフォーム向け」と、ガラケー向け、PC向けを合わせて936億円に成長しました。前年比+207億円、28%の増加です。

 この数字は、紙書籍の売上が8430億円ですから、紙本に対して約11%の規模。決して「多い」とまでは言いませんが、かなりのところまで来た、という感じが個人的にはします。

 さて、ここからが本番です。諸外国と同じように、紙本と電子本を合わせて「本」と考え、集計してみると、どうなるでしょう? 「紙+電子」の書籍市場を、仮に「総合書籍市場」と名づけてみましょう。



2012年の「総合書籍」は、9343億円。そして、2013年の「総合書籍」は、9366億円になります。

 あれ? 増えてませんか? 増えてますよ……ね?

 +23億円、率にすると+0.2%ですが、確かに増えてます。

 出版って「不況」じゃなかったんでしょうか? 「不況」って売り上げが減ること……ではなかったですか?

 インプレス総研は、2018年までの市場予測も発表しています。仮に、まったく仮にですが、紙の本の市場が2018年まで横ばいだったとしたら、総合書籍市場はどうなるでしょうか?



「紙の書籍が今後5年間横ばいを維持する」と仮定すると、今後、総合書籍市場は右肩上がりの成長軌道に入り、来年には1兆円台に復帰、2018年には1兆1220億円に達します。これは、過去最高だった1997年をも凌駕する数字です。

 「紙の書籍が今後横ばいだなんてありえない」? はい、確かに。では、紙書籍の予測値を2002年以降の平均減少率(年率-1.5%)で補正してみましょう。そうすると、どうなるでしょうか?



はい。こちらでも、やはり今年から来年にかけて「総合書籍市場」は回復し、2016年には1兆円を突破します。2018年には1兆61億円。これは1998年とほぼ同額です。

 どうでしょうか? これでも「不況」と言えますか?

 少なくとも書籍に関しては、国際的な基準(紙+電子)で見た場合、極端な話、「出版不況」は終わった、とさえ主張することもできる、ということは理解していただけたのではないでしょうか?

 ここまでは「書籍」の話。書籍以上に不振が伝えられる「雑誌」についてはどうでしょうか? まず、紙の雑誌について、「出版年鑑」のデータを見てみましょう。



本だけの時と違って、こちらのグラフは「右肩上がり」というわけにはいきませんが、ゆるやかな回復を見せています。

 いかがでしょうか? 少なくとも、数字で見る限り、「出口の見えない出版不況」というイメージとは少し違うのではないでしょうか? 



記事中で示唆されているように、電子コミックには最近増えた「期間限定無料」本が含まれていると思われます。そのため売上ベースでは、まだ紙のコミックが電子を超えたわけではないと考えられますが、エポックではあります。

 こうしてみると、前年比27%増というインプレス総研の調査結果は、決して浮世離れしたものではないように思いますが、いかがでしょうか?

 そして電子書籍の市場規模が、この調査のとおりに拡大していけば、「出版不況」と言われる状況は、少なくともコンテンツに関しては早晩脱するシナリオが見えてきたとも言えるのではないでしょうか?



他の産業と比べてみると

 バブル崩壊以降、日本経済全体が縮小過程に入り、「失われた10年(20年)」などと言われているのはみなさんご存知のとおりです。低迷に陥っているのは、別に出版業界だけじゃありません。というかもっと急激な縮小を経験している業界は、たくさんあります。

 市場規模の変化をビジュアルに表示する「市場規模トレンド」で、建設業を調べると、、一時はピークの半分近くまで落ち込んでいることがわかります。


この場合の「音楽産業」には、電子配信、カラオケ、ライブなどもすべて入っていることに注意してください。それでも、落ち込みが続いているのです。

 これらと比べて、電子配信を加えるとほぼ横ばいに向かいそうな出版界というのは、なかなかどうして健闘しているように思うのは私だけでしょうか?



「出版不況」の嘘、大盛況の新書マップ
お気に入り記事へ保存23:20 01/01 2010渡邉正裕


大盛況の新書マップ

 出版の売上が下がり続け、今年はついに80年代まで逆戻り、だそうな。だが、新刊の刊行点数は89年の約3万8千点に比べて、昨年は約7万6千点と倍増、今年も10月末時点で昨年より3.2%増えているというから、言論・表現の自由多様性という点で消費者・国民にとって非常に好ましい状況といえる。では、なぜ「出版不況」という嘘が出回るのか。
 販売部数 はどうなっているのかというと、
 1989年 94,127 万冊
 2008年 75,126 万冊
であるから、確かに2割減っている。

 朝日によると、20年間で新刊の刊行点数は倍増、売上は同じだ。

書籍・雑誌販売 2兆円割れ
 今年の書籍・雑誌の推定販売金額が2兆円を割り込むことが確実になった。出版科学研究所の分析で明らかになった。1989年から20年間にわたって「2兆円産業」といわれてきたが、最終的には1兆9300億円台に落ち込む可能性がある。

 バブル期に比べ、発行点数が倍増して売上を維持しているのに「出版不況」とよく言うものだ。昭和的価値観、提供者の論理。ヤフーまでトピックスを作っている。消費者、著者、国民全般にとってはよいことなのに。

 単純化すると、データ上は販売部数が2割減って総売上が同じだから、本1冊の平均単価は25%上がった計算になってしまう。これは既刊本の影響が大きいためだろうが、実感と異なる。実際には明らかに、安い新書が書店で入手しやすくなっている。

 現実は、単価が安く、かつ2倍になった選択肢のなかから消費者が選び放題、という出版デフレにあり、憲法21条を擁する国の国民視点では「出版大盛況」と言うほかない。

 これまで再販規制にあぐらをかいていた出版社が殿様商売で無駄に高いものを売りつけていただけで、全体としては正常化に向かってめでたし、めでたし、というべきだが、なぜかそういう論調で語られないのは、どこも新聞社が系列出版社を持っているからだろう。そして読売・毎日・産経から記事配信を受ける「影響力ナンバー1企業」ヤフーが、その増幅装置として機能している。

 新聞-テレビ-出版を同じ資本で持ててしまうクロスオーナーシップな状況では、このような言論統制が簡単にできてしまう。日経-テレ東-日経BP、朝日-テレ朝-朝日新聞出版。おそらく多くの国民は、根拠もなく出版不況だと思いこまされている。正しくは、<出版「社」不況>、<雑誌不況>である。

 不況を煽る動機は、このままでは出版文化を守れないぞ、と言いふらすことで、政府の保護を引き出したい狙いがある。ましてや公正取引委員会による新聞の再販規制の撤廃などとんでもない、という世論を作りたいわけだ。こういうデマにだまされてはいけない。


 さて、新刊点数が倍増しているということは、ざっくりいって、出版社の1人あたりの仕事量も倍増しているということである。その最たるものが、続々と量産されている「新書」シリーズだ。

 新書といえば、昔(といっても90年代半ばの話)は「岩波」「中公」「講談社現代」だった。学生時代によく読んだ、というか授業で参考図書に指定されていたことが多かった。

 講談社現代新書『ヨーロッパ「近代」の終焉』、中公新書『象の時間ネズミの時間』、岩波新書『大臣』あたりは記憶に新しい。岩波の『超整理法』は続編も含め影響を受け、記者になってからそのまま実践した。資料を封筒に入れ、机の上に押し出しファイリングを作っていたし、名刺はA4にまとめてコピーして原本は捨てた。

 その時代に比べ、出版点数が倍増したことで、出版のハードルは下がった。需供バランスは崩れ、著者になるハードルも下がり、こんな新ビジネス が大盛況である。

 出版社が著者を選ぶのと同様、著者のほうも適切な出版社を選ぶ必要性が高まっている。では、新書ブランドは、どういう軸で選ぶべきなのか。

 新書は、数年前からのブームで各社が得意の横並び経営で続々と参入し、書店の新書コーナーを食い合っている。大手は月4冊ペースで出すから、1社で年48冊。大手10社合計なら480冊にもなる。まともな本を書ける著者がそんなにいるわけがない。

 そうかといって出版社不況で各社とも台所事情は厳しく、編集者1人が2ヶ月に1冊ペースで出すか、幻冬舎みたいに新書編集部専属制にしないで「全部署の編集者、何でもいいから知り合いの著者に面白いもん書いてもらえ」というのが現場の実態で、流れ作業的に手間をかけずに、どんどん出しては引っ込めていく。ほとんどの新書は1ヶ月で消えていくから、月刊誌みたいなものだ。ここ数年の新書ブームで一通りネタが尽きたのか、ヒット作も減った。

 著者から見ると、一般的に2つ重要なポイントがある。「営業力」(とにかく売って欲しい)と、「ブランド力」(出すことでブランド価値が高まる)である。言い換えれば、量と質。または、短期的な金銭的・数量的価値と、中長期的な目に見えないリスペクトを含む価値。


各エリアの特徴
 

 

 

 この2つの軸でマッピングしたのが上記図である。さらに、右記図でそれぞれのエリアごとに名前をつけ、個別に解説を加えていく。

 著者は多大なる労力で本を書くので、ちゃんと売ってもらわないと困る。都内で私が書店を見ている限りでは、営業力という点では、①PHP②光文社③文春・新潮・幻冬舎⑥ちくま⑦岩波・角川・小学館の順だ。

 著者としては、自分の価値を下げるようなマネは普通はしたくない。そこで、このなかで個人的な印象でブランド力の順位付けをすると、①岩波②ちくま・PHP④文春⑤光文社⑥幻冬舎・角川・小学館・新潮社、となる。


 4つの象限に分かれたなかで、右下に位置するのが営業力はあるがブランド力が低いエリア。

 新潮は『バカの壁』400万部の成功に味を占め、俗に「女・子供でも読んで楽しめる分かりやすさ」で、数打って当ててけ、みたいな本が乱造されており、確かに書店ではいい場所に並んでいることが多いが、ブランド的にどうよ、と思う本が多い。羊頭狗肉な本が半分以上はある。最近では『「文系・大卒・30歳以上」がクビになる』はビックリするほど中身のないトンデモ本だった。

 ただ、初版1万部で重版なしの本が半分以上もあるなかで、たった1冊でその400倍売り上げる可能性があるのだから、下手をすると、たった1冊で10年分の利益が出る。

 新潮は、その後も『国家の品格』『人は見かけが9割』などミリオンを連発しているから、経営的には、こういう宝クジまがいの手法も間違っていない。「千3つ」のベンチャー投資みたいなもので、3年で計150冊出して1冊ミリオンが出れば十分利益が出る、というビジネスモデルなのだ。

 このベンチャー投資的新書ブランドから本を出すと、著者のブランド価値は下がるけれど、別にブランドなんかどうでもいいじゃん、売れりゃーいいじゃん、カネ儲けしようよ、的な人も多いから、経営的にはアリだろう。


論点をまとめてみますと、

①出版(漫画・雑誌等含む全体)自体は電子と合わせると微増している。そもそも紙媒体と電子書籍を分けるのが間違い。

②そのため他業種(音楽界等)の下落と比べるとまだまだ将来性がある。

③出版マイナス情報を流すと売れるので不況ばっかり言う。

④そもそも電子書籍の専門家がまだ少ない。

⑤アマゾンの一人勝ちを懸念しているが、現在の取次である日販、トーハンの独占状態とそう違いはあるか?


というものですね。

ぼくも大体はそうなんだろうなと思って読んでましたが、なんか違うなーという気持ちでいました。それはやはり、出版全体で物を言ってるからだと思います。

出版というと、活字文化をすぐ思い浮かべますが、この論評では漫画、ビジュアル誌(ファッション)、DVDなどオマケ付きの売り切り誌など、活字とはあまり関係ない分野が含まれています。実際、出版全体でいうと、実は活字とは関係ない分野がとても多いのです。

ぼくは思うのですが、出版不況というのは、実際のところは「活字不況」だと思うのです。漫画などを含めて、電子と紙を合わせると微増と論評しているのですが、それは事実だろうと思います。しかし純粋な活字系出版は確実に減っていると思います。

ぼくの手元に統計などはありませんが、まず雑誌は確実に減りました。雑誌を出している各社とも、電子に力を入れてるところはありますが、あまりかんばしくありません。

出版=活字と連想しているのはぼくだけかもしれませんが、少なくとも、出版不況と活字離れは連動していると思います。それが「微増」という統計結果とのズレになっているのではないでしょうか。

ただ、上記の出版総合統計をもとにした「実は出版業界は不況ではない」という論評に一理あると思うのは、単行本・文庫本・新書の点数自体は減っていない実感があるからです。雑誌は全滅状態ですが、そこにまだ救いはあると思います。

しかしこれは、活字不況ではあるけども、出版は続けていかないと、という出版社の事情があるからで、決して活字本が全体的に売れている、という意味ではありません。

ぼくは活字分野に関しては、「ようはコンテンツ(本)次第」という立場をとっているので、時代が活字離れであろうと、「ノンフィクション冬の時代」と呼ばれようと、よりよいコンテンツを提供することしか手はないと思っています。ですから、あまりこの手の話には実は興味ありません。

とはいえ、自分も出版界にいるのですから、全体を俯瞰することくらいはしようと思っています。興味はないけど、ある程度は全体の実情をつかんでないとダメだという立場ですね。

それで上記の朝日の記事(論評)を取り上げたのですが、統計をうまく使っているものの、全体的におおざっぱで(肝心の活字分野に対する記述がない)、楽観的すぎるのではという印象を受けました。

やはり出版の根底は、活字文化にあると思うのです。

活字媒体の雄である当の「新聞」の部数減については、一体どう考えているのだろうかと、ちょっと疑問に思いました。これもネット版を含めると微増なのかな?と。

まあ、本書きとしては今後もよりよいコンテンツを出していくしかないので、どうでもいいのですが、ちょっと面白い記事だったので、取り上げてみました。逆説的ですが、こういう多角的な論評も今後は必要だと思います。それをもとに、こうしていろいろ話ができますからね。