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二ビル通信

えげつない問題を勝手気ままに取り上げるブログ


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東アジア声調言語と日本語の高低アクセント


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東アジア言語(ひがしアジアげんご)とは、狭義には中国語、日本語、朝鮮語ベトナム語といった漢字文化の影響を受けた言語群(漢字 ... 声調:中国語やベトナム語ビルマ語、タイ語ラオ語東南アジア大陸部と中国南部の言語のいくつかが声調言語である。

東南アジア島嶼部と大陸部の諸言語のイントネーションの類型的研究
本研究は,会話においてイントネーション(声の高低)がどのようなパタンを持ち,それぞれがどのような機能を担っているかを,言語ごとに分析して比較することで,共通点と相違点を探ろうとした.東南アジアの3つの言語(ビルマ語,タイ語,インドネシア語)を対象として行ったが,声調言語(ビルマ語とタイ語)ではイントネーションと声調の区別の仕方を知るために,声調を詳しく調べた.声調言語でないインドネシア語についてはイントネーションのパタンとしてどのようなものがあるかを調べた.


音響分析に基づく ヴィエトナム語声調の. 《St。Bk。rreーati。n》に関する研究. ー' 小 麦ー. 東アジアから東南アジアにかけて, 言吾彙的な声調体系を有する諸言語が広く分布する。

1月25日:気候と言語(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年1月25日
無生物から生命が誕生する過程と同じく、言語の発生は間違いなく21世紀科学の最重要課題だ。ただ、この問題は短い論文で切り込めるほど簡単ではなさそうで、私のような分野外の人間の目に触れるようになる論文は、どうしても生理学的視点から言語を調べている研究が多い。特に、言語成立と複雑な音声を可能にする発生のための解剖学的構造は研究が進んでいる。今日紹介するマイアミ大学を中心に、ドイツ、オランダが参加した共同論文もそんな例でアメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。「Climate, vocal folds and tonal languagees: connecting the physiological and geographic dots (気候、声帯、声調言語:生理学と地理学のデータを結合させる)」という興味を引くタイトルで思わず読んでしまった。現在実際に使われている言語の地理学は政治や民族の移動に影響されることが多く、気候の影響を受けることはないとされている。とはいえ私の直感でも、気候は確かに影響があると思う。同じラテン語系のオペラでも、口を大きく開けられるイタリア語と比べて口を閉じたように話すフランス語の歌は歌いにくいのではと思う。また、英国英語のほうが米国の英語と比べて明らかに口の開け方が少ない。おそらく寒いほど口を開けない言語になるのだろうと勝手に思っていた。この研究では気候、特に湿気と言語の関連を調べている。タイトルの声調言語(Tonal languagee)とは中国語の四声のように、音の調子を使って単語を区別する言語で、中国語以外にもタイ語など東南アジアの言語はこれに属している。まずこのグループは文献調査を中心に、声調言語のような微妙な音の高低の使い分けには声帯が常に湿っていることが重要であると結論している。その上で、ドイツマックスプランク研究所が収集した世界の言語地図に、複雑な声調を使うかどうかを重ね合わせ、複雑な声調言語のほとんどが高温多湿地帯に分布していることを示している。実際、声調の複雑と湿度が相関することや、モンテカルロ法を使ったシミュレーションで温度と湿度との相関を検証して、彼らの仮説の確かさを確認している。これらの結果から、声調言語は多湿でないと維持できないとい事、低温地区でも空気が乾燥しているため、複雑な声調言語の可能性は少ないなどの結論を引き出している。内容はこれだけだが、この論文を読むと声調言語が中国、東南アジアだけではなく、インドネシアカシミール地区、そしてサハラ以南のアフリカに集積していることがわかり、物知りになる。その多くは消滅の危機にあるだろう。これを集め、データベースを作っているマックスプランク研究所にも敬意を抱く。しかし、声調言語がこれほど気候に影響されるとすると、地球温暖化の影響で言語がどう変わっていくかも今後は面白いテーマになるように感じた。中国語の未来を予想するのもまた言語生理学の使命だろう。

東南アジア

チベット人は昔から羌族の一派と見なされ、チベット語(500万人)は、七世紀に吐番建国と共に北インドの文字を参考にデヴァーナーガリーに似たチベット文字を考案し、チベット仏教ラマ教)の本拠地として、仏教文献を中心に膨大な文献を伝えています。チベットの仏教は、九世紀吐番の滅亡時に壊滅状態に陥ったのですが、それ以前の文献が敦煌で発掘されています。面白いことにその歴史書中の吐番の天孫降臨神話は、後世の史書と一致しています。吐番だけでなく、元代に権勢を誇ったパスパらのサキャ教団や明代に強勢を誇ったパグモドゥ派などいずれも先祖が天から下ったとの伝承を持っています。チベット仏教は、ブータンなどのヒマラヤ南麓、カシミールのラダク、モンゴリアに広まり、小さいながらもチベット文化圏を形成しています。チベット人というと、西蔵自治区にだけ住んでいると思われがちですが、四川省西部の甘孜自治州はチベット東部とともにかって西康省を構成しカム方言を話すカム人が住み、甘粛省南部の黄河源流地帯の黄南自治州やその南の四川省西北部阿自治州にはアムド方言を話すアムド人が住み、青海省の大部分もチベット人の地です。チベット語は、語頭に複子音があり語末にも複子音が来るという昔の発音どおりに綴りますが、現代ラサ音ではそれが簡略されると共に声調が発生し、文字との関係はほぼ規則的ですが文字を読むのは慣れるまで大変です。ブータンやシッキムのジョンカ語、ボティア語(100万人)はチベット語(36語)の方言で、筆記体のウメ文字が使われています。

ビルマ西北部からバングラデシュ東北部とインドのアッサム州周辺を経てヒマラヤ南麓に至る地域には、チベットビルマ語派のボド・ナガ諸語が分布しています。近年アッサム州からナガランド州、マニプール州、トリプラ州、ミゾラム州、メガラヤ州が独立しました。このうちマニプール(インパール)のメイティ語が交易語として広く使われています。ネワール人(73万人)は、紀元前六世紀に建国したと伝え、十八世紀にインド・アーリア系のグルカ人 (ネパール人) に征服されるまで、長年にわたってネワール=ネパール王国の主人公でした。

ビルマ語(3100万人)は、ビルマ・ロロ語支としてロロ語などと比較的近いとされています。上ビルマには六世紀からチベットビルマ語派に属すると見なされるピュー族が国家を建て碑文を残していますが、ビルマ族がこの地に入ったのは比較的遅く十一世紀になって建国し、北のタイ系シャン人や下ビルマのモン人と覇権を争い続け、十八世紀になってやっと統一を達成しました。ビルマ南西部のアラカン(ヤカイン)人は十八世紀に併合されるまでずっと独立国家を形成していましたが、その言語はやや古風なビルマ語方言とされています。ビルマ文字はモン文字を受け継いだ南インド系統のもので、円を基礎とする丸い文字ですが、二種の声調符号を考案して三種の声調を表しています。ビルマ語は、形容詞が後置される点以外は日本語とよく似ており、終助詞が発達していることも我々には親しみやすいものです。ビルマ地域にはピュー時代から仏教が広まっていましたが、十一世紀にスリランカに留学僧を派遣して以来、上座部仏教小乗仏教)が根付き、タイ、カンボジアラオスにも広まっていきました。そのため寺院ではパーリ語が学ばれ、その語彙が多数採り入れられています。ビルマ東部のカレン人(330万人)は、ビルマチベット語派のうちで独立のグループをなしていますが、早くから宣教師が入ってキリスト教に入信するものが多く、イギリス占領時代には多数派のビルマ人を抑えるための兵士や下級官吏に採用されました。独立後カレン人が最も強硬な反政府勢力として武力闘争を続けてきたのは、大英帝国お得意の分割統治の後遺症なのです。

タイ語族(68語)(6700万人)もインドはアッサム州から広西省よりさらに東北まで広く分布しています。中国の春秋戦国時代の越王勾践は浙江省紹興が本拠でしたが、当時の民謡の漢字表記と漢語訳が残っています。それによれば越人はタイ語に近い言葉を話していました。越の国を詳しくは烏越と言い、福建にはミン越、広東からヴェトナムにかけては駱越と、古代の南中国は越人=タイ族の地でした。そしてインドシナタイ族が進出するのはもっと後のことです。その間中国文化と接触してきたため、例えばタイ語の数詞は漢語そっくりです。今も中国には少数民族で最大の広西壮族自治区のチュワン族(1500万人)、それに近いプイ族(220万人)、海南島の黎リー族(86万人)、やや古い系統のカム(トン)族(200万人)、スイ族など多数のタイ族が住んでいます。皆昔から水田稲作民です。チュワン語には南北両方言があり、言語学的に北方言は中部タイ語、南方言はシャム語などと同じ南部タイ語に属し、ヴェトナムの儂ヌン語と近い関係にあります。十一世紀に今の中越国境地域で儂智高が南天国を建て同族の糾合を謀りましたが、両国の討伐を受けて長続きせず、結局このチュワン族は民族国家を形成することができませんでした。一般に民族によって、商業に秀でたもの、宗教に熱心なもの、軍事と支配が得意なもの、外国文化を採り入れるのが得意なものと、いろいろ特徴を持っていますが、南方に進出したタイ族は国家を建てる能力があり、インドシナ進出後様々な国を建てています。タイ(4900万人)ではまず北部のチェンマイ付近でいくつかの侯国を建て、その後スコータイ、次いでアユタヤに進出しました。チェンマイはその後も、時に中央に従属し、時にビルマに従属しながらも十七?世紀まで王国として存続し、その地のユアン語はシャム語とは別の言葉として続いています。南下したシャム人は、それまで中部タイで栄えていたモン人の文化を吸収し、クメル帝国の後を受けて強国になりました。シャム文字はクメル文字に基づく角の丸まった四角い文字ですが、パーリ語音価の清濁と声調符号の組合せで声調を表す複雑な形で声調を表しています。ラオスは百象の国と呼ばれ、チェンマイと同じく開国伝説では南詔の王子を祖先としています。タイ東北部イサーンではラオ語(1600万人)が話されていますが、これは数世紀前にラオスから移住したものです。ビルマ東部のシャン人(300万人)は、傭兵としてビルマ王国に地歩を占め、十四世紀にはビルマ人に取って代わってアヴァ朝を建てました。ビルマ独立まで数十の藩王国に分かれていました。アッサムに進んでその地を征服したシャン系のアホーム人は十四世紀以来アホーム王国を形成していましたが、今ではインド・アーリア人に同化しアホーム語は宗教行事などに使われるだけだそうです。ただし、アッサムという地名はアホームの訛だと言われています。タイ系諸民族は総人口八千万人近く、互いにかなり通じるそうです。タイ諸語は典型的な単音節の声調言語で、語順はSVOのフランス語型です。

メオ・ヤオ語族(32語)(840万人)は、焼き畑農業を営む山の民で、湖南省の山地に住んでいたことが三苗の名で中国古典に見え、神犬盤瓠を祖先としています。山伝いに西南に広がって、十七世紀頃からヴェトナム、ラオスにも移住してきました。山の上で生活し、谷間で稲作を営むタイ族とは同じ地域内で水平に住み分けています。内戦時代のラオス右派軍の猛将として勇名を馳せたバンパオ将軍はこのメオ(フモン)族の人で、右派壊滅後部下数万人と米国に亡命しました。メオ語(600万人)は鼻音や流音に清濁の対立があります。オーストロアジア語族と関連づける説も出ています。

オーストロアジア語族(180語)(7500万人)、なかでもモン・クメル語派(156語)に属する諸民族は、往時はインドシナの主人公でした。クメル人(800万人)はカンボジアの他にヴェトナム南部のメコン・デルタや、ラオス南部、タイ東北部を版図としてアンコールワットで有名なクメル帝国を築き、モン人(タライン人、70万人)は下ビルマ、タイ中部に勢力を張っていました。そのペグー王国は断続しながらも十 世紀まで続きました。今では大部分のモン人はビルマ人と融合したものと思われます。この両民族は現在は大勢力ではありませんが、タイ、ビルマ文化の母体を提供しました。モン・クメル諸語は、他のインドシナ諸語のような声調言語ではなく、複音節語が多いので、発音の点では取っつきやすいものです。ただし、クメル語などは母音に緊張音と弛緩音の対立があり、文字からかなり離れた発音になっています。ヴェトナム、カンボジアの山地には多数の小言語がありますが、ラオス北部のラワ族などかってはかなり高い文化を持っていたのではないかと考えられています。最も西のカシ語はインドのメガラヤ州の公用語になっています。ベトナム語(6300万人)は、典型的な単音節の声調言語ですが、モン・クメル語派に入れられています。語尾が脱落して単音節になり、その代償として声調が発達したものです。現在はアクセント記号の沢山入ったローマ字を使っていますが、かっては民間で漢字を真似た字喃チュノムが使われていました。

インド東北部のムンダ語派(24語)(900万人)もこの語族に属します。主な言語はサンターリー語(500万人)とムンダーリー語(170万人)で、西ベンガル州、ビハール州、オリッサ州に跨るチョータ・ナグプール山地に分布しています。その多くは最近まで部族制度を維持し、アーリア系、ドラヴィダ系の少数語を話す諸部族と共に、ヒンドゥー社会からアウトカーストとして差別されてきました。ニコバル諸島のニコバル諸語も同じ語族です。

マレー半島から、海を越えてインドネシア、フィリピン、さらに太平洋の島々にはオーストロネシア(南島、マライ・ポリネシア)語族 (1236語)(2.2億人)が広がっています。台湾の高山族(23語)(40万人)、かっての高砂族、アミ語やアタヤル語もやや遠いがこの仲間です。マライ・ポリネシア諸語は、インドシナ諸語とは違って声調がなく複音節語や開音節が多くて発音は簡単です。文字もかってはインドネシアの一部でインド系文字やアラビア文字が使われていましたが、現在はすべてローマ字で近づきやすい言葉です。ただし接頭辞、接尾辞、さらには接中辞による派生語が多く、また言語によっては多数の小辞が使われます。単語が変化しない中国語のような孤立語で、語順はフランス語に似たマライ語のSVO型、VSO型を中心とするタガログ語など様々です。西のインドネシア(ヘスペロネシア)語派(672語)には、スマトラ島に由来しシュリーヴィジャヤ海上帝国以来通商語として発展したマライ語 = インドネシア語(1800万人, 1.5億人)、シャイレンドラ王朝からマジャパヒト朝を経て農業生産を基盤とする階級制度に基づき敬語を発達させたジャワ語(7600万人)の二大言語を始め、ジャワのスンダ語(2600万人)とマドゥラ語(1000万人)、スマトラでオランダ人に最後まで屈しなかったアチェ人のアチェ語(300万人)と母系社会で有名なミナンカバウ人のミナンカバウ語(600万人)、セレベスの海の傭兵ブギス人のブギス語(400万人)など有力なものが多数あります。二世紀から長く中部ベトナムに栄えた海洋国家チャンパのチャム人は現在ベトナムカンボジアに二三十万人いますが、チャム語はアチェ語に近いそうです。またマダガスカルのマラガシュ語(1200万人)はボルネオ島のマアニャン語に近いとされています。フィリピン(166語)では、国語フィリピノ語の基礎となるタガログ語(1300万人, 4300万人)と、セブアノ語(1300万人)などのビサヤ諸語が有力ですが、いずれも態 mode を拡張して意味上の主語や目的語だけでなく場所や道具なども主語にする「焦点」表現が発達しています。


──東南アジアの言語にはどのような特徴があるのでしょうか。
三上 直光 言語文化研究所教授
東南アジアには、系統的に異なった5つほどの言語グループがモザイク状に分布していますが、その特徴の一つとして系統の違いを超えた類似性が構造全般にわたって認められるということがあります。たとえば、何を指しているかが相手にわかれば、主語や目的語も言わなくてよいこと、文の主題を文頭のほうに置くこと、ものを数えるときに助数詞を使うこと、人を呼ぶ言葉が多様で、相手との関係によって使い分けること、などの現象が広く見られますが、これらは東南アジアの北に位置する東アジアの言語とも共通する特徴です。
東南アジア大陸部・東アジアに限定して言うと、形態的に、中国語、ベトナム語タイ語などの「孤立語」タイプの言語が優勢で、そのほとんどは単語が単音節的で、声調があります。孤立語とは、語形変化がなく、語順によって語と語の関係が表されるタイプの言語のことで、複雑な語形変化がさまざまな機能を担う西洋の言語とは対照的な性格を持っています。


中国語の特徴は、なんといっても声調という音の高低があることでしょう。広東語では9種類もの声調がありますが、共通語では4つになります。東南アジアに広がる声調言語のうち、例えばベトナム語は6つ、タイ語は5つの声調がありますので、4つの声調からなる中国語共通語は比較的マスターしやすいといえます。中国語の授業では、どの先生も音読を重視します。何回も読む練習を繰り返して、この声調をマスターすることが、中国語の習得には欠かせないからです。


東京式アクセントの共通語では、一音(一拍)の中に(中国語の声調のような)上がり下がりはない筈なのですが。
 また単独の語と複合語ではアクセントも変わります。

「や/せる」(低高高)=平板式
「こ/け\る」(低高低)=起伏式

 で、二つが複合すると

「や/せこけ\る」(低高高高低)=起伏式

 になります。
 さらに東京式の特徴として“常に一拍目と二拍目の高さが違う”という点は、念のため。

〔2〕わかったこと・気にいたこと アクセントには、大きく分けて強弱アクセントと高低アクセントがあるが、東京式アクセントは高低アクセントである。高低と言っても、ドレミのような絶対的な音の高さではなく、前の音節よりも高いか低いかという相対的な高さである。 東京式アクセントの体系は、語において音の高さの下がり目が有るか無いか、有るならばどこに有るのかが区別され、語ごとにこれが決まっているものである。ピッチの上がり目は区別されない。ピッチの下がり目のみを区別するという点では垂井式アクセントも同様である。感情表現に関わる高低はイントネーションという。アクセントは音素の一つであり、単語ごとに決まっていて意味との結びつきが必然性を持たないのに対し、イントネーションは文単位であり、アクセントの上にかぶさって疑問や肯定などの意味を付け加える。 アクセントが単語の弁別に用いられる例は多くの言語にあり、日本語も「橋・箸・端」でわかるようにこの部類に入る。ただし日本語でのアクセントに位置による区別は主に名詞にかぎられ、形容詞や動詞では、アクセントのあるなしのみの対立である。また、基本的にピッチが落ちる場所は単語内で一つに限られ、中国語のような単音節語根をもつ声調言語(声調なしではコミュニケーション不可能)に比べると対立の数は少ない。

日本語のアクセントは方言差が激しいが、多くの方言は高低アクセントであり、音の下がり目の位置によってアクセントが区別される。近畿地方四国地方のアクセントでは、これに加えて語頭の高低を区別する。早田輝洋などは、近畿・四国などのアクセントは、高低アクセントと単語声調の組み合わせであるとしている。また、東北地方南部・関東地方北東部のように、アクセントの区別を持たない方言もある。 共通語のアクセントでは、「鼻」と「花」はどちらも単独の場合は「はな」と発音されて区別がないが、助詞を付けて考えると「(鼻)はなが」、「(花)はなが」と発音され区別がある。この例では、「鼻」はアクセント核の置かれない平板型であるのに対し、「花」は2拍目にアクセント核が置かれる型である。起伏式のうち、「花」のような単語の最後の拍にアクセント核があるものを尾高型と言い、その後に付く助詞が低く発音される。一方、平板型では後に続く助詞のピッチは下がらない。また、アクセント核が1拍目にあるものは「頭高型」と呼ばれる。 語を単独で発話した場合や文頭などでは、1拍目と2拍目は必ずピッチが異なる。しかし、これは東京式アクセントの特徴とは言えず、これに当てはまらない方言が各地にある。共通語では、頭高型以外の起伏式の語および平板式の語は、「あずきが」(尾高型)・「さかなが」(平板型)のように、1拍目と2拍目の間にピッチの上昇がある。 しかし、各地の方言では「あずきが」「さかなが」のようにピッチの上がり目が後にずれたり、「あずきが」のように上がり目がなかったりする場合がある。また、共通語においても文中では「このさかなが」のように、前に付く語によって語頭のピッチの上昇が失われるときがあり、上昇の有無はアクセントを弁別する要素にはならない。


>韓国語は日本語のように語順は自由ですか?



カンコク人です
自由です!

買いました本屋で彼と2冊

2冊、本屋で彼と買いました

文脈的に可笑しいですけど意味は通じます~