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現代日本に蔓延する現実逃避【雑多なまとめ】


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アメリカは法の抜け道を使って日本が何トンものプルトニウムを蓄積することを助けた
ジョセフ・トレント(Joseph Trento)、2012年4月9日
国家安全保障通信社(National Security News Service: NSNS)


高速増殖炉もんじゅ

 アメリカ合衆国は意図的に、日本がアメリカの最高機密である核兵器製造施設に立ち入ることを許し、何百億ドル(数兆円)もの税金を投じたアメリカの研究成果を日本に横流しして、日本が1980年代以降70トンの核兵器プルトニウムを蓄積することを可能にしたことを、米国の国家安全保障問題専門通信社の国家安全保障通信社(NSNS)の調査が明らかにした。日本で核兵器製造計画に転用される可能性のある機密核物質の管理に関して、これらの動きは繰り返し米国の法律に違反した。CIAの報告書により、日本で1960年代から秘密の核兵器計画があることをアメリカ合衆国は察知していたことが、NSNSの調査で判明した。


レーガン大統領とブッシュ副大統領

 アメリカの機密技術の横流しは、レーガン政権下、百億ドルの原子炉を中国に輸出することを許可した後から始まった。日本は、機密技術が潜在的な核戦争の敵国に売却されようとしているとして抗議した。レーガン政権とジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)政権は、このような譲渡を禁じる法律や条約があるにもかかわらず、機密技術と核物質が日本に移転されるのを黙認した。米国エネルギー省のサバンナ・リバー・サイトとハンフォード核兵器工場群でのプルトニウム分離に関する高度な機密技術は、何百億ドルもの価値を持つ増殖炉の研究成果とともに、核拡散に対する歯止めがほとんど無いまま日本に引き渡された。この移転プロセスの一環として、日本の科学者と技術者たちはハンフォードとサバンナ・リバーの両施設へ立ち入りを許された。

 日本が核兵器の配備を自粛し、アメリカの核の傘の下にとどまっている間にも、中国とインド、パキスタンを合わせたより大量の核兵器システムを作るのに十分な核物質を蓄積できるように、日本は電力会社を隠れ蓑として使っていたことが、NSNSの調査で分かった。

 アメリカ合衆国によるこの意図的な核拡散は、従来の核兵器保有国が条約や国際法に反して核拡散に加担しているという、イランのような国による主張に油を注いでいる。アメリカ合衆国とともに、ロシア、フランス、イギリスは、世界中で核兵器工場から民間原子力産業を作り、それらを国有あるいは国の補助を受けた産業にした。イスラエルは、日本と同様に大口の顧客であると共に、こちらも日本と同様、1960年代から核兵器製造能力を有している。

 一年前、自然災害と人災が組み合わさって日本北部で多くの人が犠牲になり、3千万都市の東京が居住不能になる寸前となった。日本の近代史には核災害が何度も爪痕を残している。日本は核兵器で攻撃された世界で唯一の国である。2011年3月に津波が襲来した後、福島第一原子力発電所での水素爆発とそれに続く原子炉3基のメルトダウンで、地域全体に放射能がまき散らされた。広島と長崎に投下された爆弾と同じように、日本は何世代にもわたってその影響と向き合っていかねばならない。原発の20キロ圏内は居住不能と見なされている。ここは国家の犠牲となった地区である。


2011年、東日本大震災津波の後の福島第一原子力発電所

 日本がどのように核の悪夢に至ったかは、NSNSが1991年から調査しているテーマである。日本の原子力計画には二重の目的があったことを我々NSNSは知った。表向きは日本に無限のエネルギー源を開発し供給するというものであった。しかしこれには裏があって、日本が十分な核物質と核技術を蓄積し、短期間で核兵器大国になることを可能にする、非公認の核兵器計画だった。

 この秘密の活動は、原子力計画の裏に隠される一方、地震津波福島第一原発を襲った2011年3月11日の時点で、70トンのプルトニウムを蓄積してきた。民間原子力を秘密の原爆計画を隠すために利用したのと同じように、日本は平和的宇宙探査計画を、高性能の核兵器運搬手段を開発するための隠れ蓑にした。

 原子力が生活の中に入ってくることを日本国民に納得させる唯一の方法は、歴代の政府と産業が一切の軍事利用を隠しておくことであると、日本の政治指導者たちは理解していた。この理由により、日本の歴代政府は結託して、原爆計画を無害なエネルギー計画と民間宇宙計画で偽装してきた。言うまでもなく、1941年に日本は将来のエネルギーを確保するため戦争を始めたのに、皮肉なことに核兵器で攻撃された唯一の国になっただけだった。


東京電力

 エネルギー問題は常に日本のアキレス腱であった。アメリカの禁輸政策の前に、日本は石油を必要としたことから真珠湾攻撃に突き進み、その後も慢性的に続いた石油不足が敗戦の中心的問題だった。原子爆弾を誕生させた核分裂がなければ、日本の屈辱は無かったかもしれない。このとき日本は同じ原子を自国のために使おうとしていた。次の世紀にわたって安定的エネルギー源を確保するため、そして同じく重要なことに、祖国が二度と敗戦の辱めを受けないために。

 日本は、電子産業や自動車産業を振興したのと同じ方法で、原子力の問題に取り組んだ。中心となる企業グループに長期的利益の望める主要課題が割り振られた。そして政府は、課題達成に必要とあれば、いかなる経済的・技術的・制度的な支援をも投入して、これらの企業を育成した。この戦略は輝かしい成功を収め、日本は戦後に忘却された国から経済大国へと、わずか一世代の間に引き上げられた。

 1950年代、米国ドワイト・アイゼンハワー大統領の「平和のための原子力」計画の下にあった日本では、軽水炉が定番となっていた。原子力技術開発を任された5社には、この従来型の軽水炉から大きく飛躍することが求められた。日本はアメリカ人やヨーロッパ人が失敗したことに挑戦しなければならない。それは実験的な増殖炉を経済的に成功させることであった。自惚れから、彼らはそれが可能であると確信してしまった。何といっても日本人はモノづくりの名人なのだから。日本人はアメリカ製よりも優れた自動車、テレビ、半導体を、より高品質・低コストで作り出してきた。原子力事故はほとんど全てヒューマン・エラーの結果である。適切な教育訓練を施されていない怠惰な操作員や、バックアップを設置しなかった人のせいだ。このようなことはアメリカ人やロシア人には起こるかも知れないが、日本人には起こらないのだ。


日本の佐藤栄作首相

 中国、北朝鮮、インド、パキスタン核兵器を開発したとき、日本と西側同盟諸国は、芽生えつつある脅威に対処するため結束を強めた。1960年代に行われたアメリカ大統領リンドン・ジョンソンと日本の佐藤栄作首相、その後何代かの日米指導者たちが参加した秘密会談の後、核技術を秘密裏に移転することは、いっそう激化しつつあった東アジアの軍拡競争に対抗して、日本を強化する国際戦略の一環であった。この政策は、レーガン政権がアメリカの政策を劇的に変化させた法律を制定したことで頂点に達した。アメリカ合衆国は、日本に送られるアメリカ起源の核物質に対するほぼ全ての規制を放棄した。

 日本政府は、広く知られている日本人の核兵器に対する憎悪を、メディアや歴史学者に政府の核兵器活動を詮索させないために利用した。これは世界と人民に対する損害だった。その結果、2011年3月の惨事に至るまで、日本の原子力産業はほとんど批判の目に曝されることがなかった。およそ徹底しているとは言い難い国際原子力機関IAEA)もまた、世界的な核拡散の監視機関であるにもかかわらず、見て見ぬふりをしてきた。

 我々NSNSの調査は、何十年にもわたって最高機密であり続けてきた日本の原子力産業を垣間見て、日本と西側諸国の核政策とこの政策を冷戦下とその後の世界で形成した官僚たちに関して、重大な問題を提起する。国際企業と官僚たちは、この欺瞞を遂行するために、国民の安全と国家安全保障を犠牲にした。平和的原子力計画の隠れ蓑の下で、かれらは巨大な利益を上げた。

F号:日本初の核兵器計画
 1940年代初頭、世界が人類史上最も血生臭い戦いで手一杯になっていたとき、ドイツ、イギリス、アメリカ合衆国、日本の科学者たちは、想像も及ばない力を持った兵器を、原子の中から解き放つことに取り組んでいた。理論を破壊的な現実に変えるこの競争は、工業力戦争を使って何百万人もの命を奪ったこの戦争のサブテキスト(いわゆる行間の表現)を形成した。理論物理学の領域では、日本はヨーロッパとアメリカのライバルに対してリードしていた。日本はただ、原材料と、それを原子爆弾に変える工業力の余力が無かっただけだった。しかし日本の国家軍事力は極めて才能ある人材に恵まれていた。


仁科芳雄

 1940年以降、日本人は核分裂連鎖反応の科学を積極的に研究してきた。仁科芳雄博士は、彼の戦前の原子核物理の研究に対してノーベル賞に推薦されていた。このとき彼と若い科学者のチームは理化学研究所理研)で、アメリカ人を原子爆弾で倒すため精力的に研究していた。2年間の予備的研究の後、F号と呼ばれた原子爆弾計画が1942年に京都で開始された。(訳注:理研・仁科の「ニ号研究」、海軍・京都帝大の「F研究」が混同されている。)1943年の時点で、日本版のマンハッタン計画は原爆級ウランを分離できるサイクロトロンを作り出しただけでなく、原子の知られざる力を解き放つ知識を持った核科学者のチームをも生み出した。アメリカがワシントン州の砂漠に建設したウラン濃縮工場は、あまりの巨大さのためグランドクーリーダムで発電された電力を全部吸い取ってしまうほどだった。そのころ日本人は爆弾を作るのに十分な原料ウランを求めて帝国中を探し回ったが、成果はほとんど無かった。

 日本はナチス・ドイツに助けを求めた。ナチスもまた原子爆弾を追い求めていた。しかし、1945年初頭の時点で連合国はライン川に到達しロシアはプロイセン地方を占領していた。窮余の一策として、ヒトラーは1200ポンド(544 kg)のウランを載せたUボートを日本に派遣した。この潜水艦が到着することはなかった。1945年5月にアメリカの軍艦がこれを拿捕した。潜水艦に乗船していた2名の日本人士官は自殺し、積み荷のウランテネシー州オークリッジに運ばれ、アメリカのマンハッタン計画のために使われた。このウランが無くては、うまくいっても日本は1つか2つの小さな原子爆弾しか作れなかったであろう。

 両国の原爆計画が完成に近づいた1944年、ダグラス・マッカーサー将軍のアイランド・ホッピング(飛び石)作戦は日本本土に迫っていた。B-29爆撃機の編隊が東京や他の大都市に焼夷弾の雨を降らせた。仁科は研究所を現在の北朝鮮にある興南(フンナム)という小さな村に移さざるを得なかった。この移動のため、日本の原爆研究は3ヶ月を失った。

 1945年8月6日、エノラ・ゲイが1発の原子爆弾を広島上空で投下した。その爆発は7万の人々を即座に死に至らしめ、その後数日から数週間でさらに数千人が亡くなった。

 仁科に爆発の知らせが伝えられたとき、彼は直ちにアメリカ人にノーベル賞を奪われたことを悟った。しかし仁科は、彼自身の原子爆弾もまた成功するという暗黙の確証を得た。仁科と彼のチームは原爆実験の準備を整えるべく精力的に働いた。ロバート・ウィルコックスのような歴史学者や、アトランタ・ジャーナル・コンスティチューション紙の記者であるデヴィッド・スネルは、仁科のチームが核実験に成功したと確信している。1945年8月12日、長崎原爆投下の3日後、日本がポツダム宣言受諾を発表する3日前、日本は興南で原爆を実験し、部分的な成功を収めたと、ウィルコックスは書いている。そのときまでは、仁科の研究は象徴的なものに過ぎなかった。ただ日本には、これに続く爆弾を生産する手段と、アメリカ合衆国へ正確に運搬する手段が欠けていた。

 日本が戦後復興を遂げているとき、広島と長崎への原子爆弾投下は、日本人に対するアメリカの非人道性と並んで、日本の帝国主義がもたらした愚挙を象徴するものとなっていた。日本人は核兵器を憎悪した。日本の指導者たちはこの見方に同意したが、核攻撃を受けた側だったことから、原爆の戦略的価値への特別な評価も生まれてきた。

 第二次大戦が終わったとき、何千人ものアメリカの兵士が日本を占領した。日本への核攻撃の後、アメリカ合衆国は核の力を作り出す欲求と能力が世界中に広がって行くことを恐れた。ワシントンがこのとき知ったのは、日本が自力で原子爆弾を作るところまで、以前に考えられていたよりずっと接近していたということだった。日本の核兵器製造能力を破壊することは優先事項になった。国際的な核不拡散を合意する交渉の他にも、アメリカの占領軍はサイクロトロンなどの日本の原子爆弾計画の痕跡を破壊し、日本が核兵器計画を再開できないようにした。占領軍はF号計画の物理的な遺物を壊すことは出来たかもしれないが、仁科と彼のチームが戦争中に蓄積した膨大な知識の集積を破壊することは出来なかった。

日本の核開発計画の始まり
 その後、F号の背後にいた人々は、日本の原子力計画の指導者になった。彼らが最も優先したのは、日本で原子核研究が継続できるために十分なウランを蓄積することだった。

 戦争とそれを終わらせた原爆は、強烈な印象を日本人に残し、それは根強いものとなった。日本人は広島と長崎の破壊を憎悪した。しかし日本の指導者層は、原子力が海外エネルギー依存への代替策になると認識した。エネルギーの海外依存は、工業時代に入って以来、日本の足かせになってきた。

 日本の降伏で、アメリカ合衆国は太平洋での卓越した勢力となった。しかし、1949年に中国で共産党が勝利し、ソビエト連邦による核実験が成功すると、アメリカの地位は脅かされた。共産主義国は太平洋でアメリカに挑戦し、日本は突如として、敗れた敵国から価値ある同盟国へと転じることになった。

 北朝鮮軍が1952年に南へ押し寄せてきたとき、アメリカは全く不意を突かれた。間もなく、軍備と訓練が不十分なアメリカ海兵隊は釜山で包囲され海まで追い詰められた。このとき初めてアメリカ軍司令官ダグラス・マッカーサー将軍は、トルーマン大統領に核兵器の使用を進言し、これは朝鮮戦争の間に何度も繰り返された。

 その核兵器は日本の沖縄に貯蔵された。アメリカ軍が釜山で全滅の危機に瀕しているとき、アメリカのB-29は中国と朝鮮半島の目標を爆撃するためエンジンを回して待機していた。その後の朝鮮戦争で、中国軍朝鮮半島に侵攻したとき、日本から飛んだ核兵器搭載の爆撃機が実際に中国と北朝鮮の空域に侵入した。ジェット戦闘爆撃機が1機撃墜された。

 朝鮮戦争は日本にとって重要な一里塚となった。日本は3千年の歴史で最も屈辱的な敗戦からわずか7年後に、またしても日本を打ち負かしたのと同じ軍隊の舞台になったのだった。当時、日本には自前の軍隊は無いも同然だった。東京の売春宿に足繁く通ってくるアメリカ軍人と同じくらい屈辱的だったのは、日本の国防は完全にアメリカの手の内にあるという認識だった。トルーマンが中国と核の瀬戸際政策を繰り広げていたとき、第二次世界大戦の敗戦を決定づけたのと同じ原子爆弾に、日本の国防は依存していることが明らかとなった。


国際原子力機関、平和のための原子力

 1950年代の初頭、アメリカ合衆国は、日本が原子力ビジネスに加わるよう積極的に促していた。核エネルギーの破壊力を目撃したアイゼンハワー大統領は、それを厳しい管理の下に置くことを心に決めていた。核分裂の技術をアメリカが完全に独占することを世界は容認しないであろうことも、彼は認識していたので、彼は代替案を提示した。「平和のための原子力」である。アイゼンハワーは、日本やインドのように資源の乏しい国々に、技術的、経済的、道義的支援の形で原子炉を供与した。日本は経済とインフラを再建するための国内資源が不足していた。このため、慢性的なエネルギー不足に陥っていた経済への解決策として、日本はすぐに原子力に向かった。

 アメリカの「平和のための原子力」計画に乗って、日本は本格的な原子力産業の立ち上げを開始した。何十人もの日本の科学者を、核エネルギー開発のトレーニングを受けるためにアメリカに派遣した。国際政治の舞台で足場を築き、戦後の主権と国力を回復することを切望した日本政府は、進んで乏しい資金を研究施設と原子炉に注ぎ込んだ。

 戦争での経験から、日本は原子力産業をゼロから作る準備をしてきたが、「平和のための原子力」の助けを借りれば、完成した原子炉を西側諸国から輸入する方が安く上がった。

 「平和のための原子力」では、アメリカと並んでイギリスとカナダの核技術も輸出の対象になった。イギリスが先行し、マグノックス炉を日本に販売した。GEとウェスティングハウスは急速に残りの業界を押さえ、原子炉の設計図と部品を日本に途方もない値段で売った。日本の産業はすぐに他の「平和のための原子力」締約国のモデルとなった。才能に溢れた若い世代の日本の科学者たちは、この時期に働き盛りの年齢に達し、全員が核エネルギーを完全に利用することに傾倒していた。

 原子力産業が活性化されると、日本はアメリカ合衆国から独立した自前の原子核研究に戻った。アメリカ人に鼓舞されて、1956年に日本の官僚たちは完全な核燃料サイクルを利用する計画を描いた。当時、この概念は理論的なものでしかなく、それは1939年にアインシュタインが悪名高い手紙をルーズベルト大統領に書き送った当時の原子爆弾の考えよりも、現実からは遠いものであった。理論によれば、プルトニウムは従来の原子炉で燃やされた使用済み燃料から分離され、新しい「増殖炉」で使うことが出来る。それに成功した者はまだ誰もいなかったが、これは技術時代の夜明けであった。日本、アメリカ、ヨーロッパの科学者たちは、科学的進歩の可能性に夢中になっていた。日本の中央官僚と計画立案者たちは同様に熱心だった。増殖炉計画は、日本がアメリカ合衆国から輸入したウラン原料の最も効率的な利用を可能にする。これがあれば、日本がアメリカ産エネルギーへの依存から脱却し、最も強力で入手が困難な爆弾材料であるプルトニウムの膨大な備蓄を作り出すこともできる。

秘密の冷戦核政策

佐藤首相とジョンソン大統領

 1964年の10月に、中国共産党は初の原子爆弾を起爆させて世界を驚愕させた。世界は驚きにとらわれたが、日本ほど強い感情が巻き起こった国は他になかった。3ヶ月後、日本の佐藤栄作首相はリンドン・ジョンソン大統領との秘密会談のためにワシントンに行った。佐藤はジョンソン大統領に思いもよらない最後通牒を伝えた。もしアメリカ合衆国が核攻撃に対する日本の安全を保障しないなら、日本は核兵器システムを開発する。この最後通牒で、ジョンソン大統領は日本にかざしたアメリカの「核の傘」を拡大させることを余儀なくされた。
 皮肉にもこの保証は、後に佐藤が、核兵器を持たず、作らず、日本の領土に持ち込ませないという非核三原則を打ち立てることを可能にした。この政策により佐藤はノーベル賞平和賞を授与された。日本人と世界中の人々には、この三原則がけっして完全に実施されることはなかったとは知る由もなく、佐藤は秘密の核兵器計画を進めさせた。

 その後の数年で、何千発ものアメリカの核兵器が日本の港と在日米軍基地を通過していった。佐藤のジョンソン大統領との歴史的会談の前でさえ、アメリカの核兵器が日本に貯蔵されることを日本は公式には無視することに、密かに同意した。日本政府の官僚は一切を紙に書き記さなかったという点で抜け目がなかったが、東京駐在のアメリカ大使エドウィン・O・ライシャワーは、この密約を1981年の新聞でのインタビューで明らかにした。1960年に日本政府は、核武装したアメリカの軍艦が日本の港と領海に入ることに、口頭で同意していた。ワシントン駐在元日本大使の下田武三を含む、現職または引退した何人かのアメリカと日本の官僚たちは、ライシャワー大使の解釈を確認している。

 1980年代にこれらの問題について質問された時、日本政府はそのような理解があることを頭から否定し、条約の条件にアメリカ合衆国とは異なる解釈があるなどとは「思いもよらない」と言った。それでもなお、鈴木善幸首相が外務省に命令して事実を調査させた後、この密約の文書による記録は発見できなかったと言うのが精一杯だった。

 機密が解除されたアメリカ政府文書を見れば、非核三原則は嘲笑の的である。これらの文書は、アメリカ合衆国が日常的に核兵器を日本の港に持ち込んでいた証拠を、日本政府高官が無視したことを明らかにした。アメリカの軍事計画立案者は日本の沈黙を、核兵器を日本の港湾に持ち込むための暗黙の許可と受け取った。何十年にも渡って横浜を母港とするアメリカの航空母艦キティ・ホークは、日常的に小型の核兵器を運搬していた。

 日本はアメリカ軍が核兵器の使用を模擬する合同軍事演習に参加しさえもした。暴露された内容は、日本政府の表向きの政策と核兵器に関する行動の間の分裂を、はっきりと示している。

 1970年代初頭の日本での中心的論争の一つは、核不拡散条約に参加すべきかどうかというものであった。この条約は核兵器保有の現状を基本的に凍結する。5つの核兵器保有国は現在の核兵器を保持するが、その他の国々は核兵器を放棄することを誓った。100ヶ国以上がこの条約に署名した。特筆すべき例外は、核の選択肢を残しておきたいインド、パキスタンイスラエル、日本であった。この議論は、日本でのこれらの問題に関する判断と同じく、公開の場では行われなかった。しかし、アメリカ人はこの議論を聞いていて、彼らが聞いたことは、日本の核兵器への野心に全く新しい光を当てた。

 中曽根康弘は日本の防衛庁長官であった経歴を持ち、新しい世代の原子力推進政治家の一人であった。彼は即時の核武装に賛成しなかったが、日本が将来核兵器を開発する権利を制約するいかなる動きにも、彼は反対した。中曽根は1969年の外交政策大綱の中心的執筆者の一人で、国家安全保障に関する章では「当面核兵器は保有しない政策はとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともに、これに対する掣肘を受けないように配慮する」と書いている。

 6年後、中曽根は再び核兵器論争に巻き込まれた。この論争にかかっていたものは、日本の核兵器保有の能力と、日本の政治で最大の褒美である首相の椅子だった。中曽根は、外面上は核不拡散条約を支持することで首相への道を確かなものにした。日本の協力への対価は、核兵器用に理想的な材料と技術が絡んでいるときでさえ、日本の核計画には干渉しないという、ジェラルド・フォード大統領の約束であった。フォードの確約によって、1976年に日本はついに核不拡散条約を批准した。日本の核物質取引は衰えることなく続いた。アメリカ合衆国は、引き続き濃縮ウランを日本の原子炉に供給し、使用済み燃料がヨーロッパで再処理され、プルトニウムが日本に返還され、将来の増殖炉で使うために貯蔵されることを容認した。

核分裂性物質の拡散を止める

スリーマイル島原発の制御室を視察するジミー・カーター

 1976年にジミー・カーターが大統領選に勝利した後、彼は核分裂性物質の拡散を管理する積極的な政策を策定した。海軍原子力潜水艦の元原子炉技術者として、カーターは、プルトニウムと高濃縮ウランに閉じ込められている莫大な力のことを、世界中のどの指導者よりもよく知っていた。彼は、日本を含む最も親しい非核同盟国にさえも、これらの核物質を渡さないと決意していた。

 カーターのこの政策にはもっともな理由があった。1976年に日本が核不拡散条約を批准したにもかかわらず、翌年にCIAのために行った研究では、1980年の時点で核兵器を保有する可能性が最も高い3ヶ国の一つに日本を挙げた。核兵器に対する日本人の歴史的反対だけが、日本の核兵器配備に反対する主張となっていた。その他の全ての要因は、日本の核軍備能力を支持する主張をしていた。この時点で、CIAとその秘密の姉妹機関であった国家安全保障局(NSA)は、日本の中枢権力の立場を知っていた。

 カーターは、プルトニウムが世界の安定に及ぼす信じられないほど不安定な影響を知っていた。プルトニウムは唯一最も入手困難な原子爆弾の材料である。比較的遅れた国や、一部のテロ組織でさえ、今ではプルトニウムや高濃縮ウランから核兵器を作る技術を持っている。しかしプルトニウムの精製やウランの濃縮は極めて困難でコストがかかる作業である。カーターは、プルトニウムウランの拡散を制限することで、核兵器の拡散を管理できることを知っていた。彼はプルトニウムの拡散防止を核不拡散政策の基本理念に据えた。

 カーターが政権に就いてすぐ、1978年の核不拡散法を議会で成立させたとき、日本人は驚いた。この結果、全てのウランプルトニウムの輸送に議会の承認を求め、多くの機密核技術を日本から遮断することになるからである。カーターは、日本が核兵器製造に使う可能性のある核技術や核物質を移転しないと決意していた。この決断はアメリカの核政策の指導層にも極めて不評であった。アメリカの核科学者たちは、核エネルギーの知識と理解を持つ同胞として、カーターに期待していた。

 カーターの努力はアメリカの使用済み核燃料再処理計画を終わらせた。カーターは韓国や台湾でプルトニウムが蓄積される影響を恐れたので、再処理を止めた。彼はこれが、韓国や台湾だけでなく日本と中国を巻き込んだアジア軍拡競争につながると信じた。

 カーターのアメリカ核ドクトリンは、プルトニウムに基づく核燃料サイクルを核エネルギーの未来と見るアメリカの核科学エリート層に極めて不評だった。石炭による酸性雨や石油不足、石油ショックといった、アメリカ経済の景気にブレーキをかけている諸問題への解決策として、彼らは原子力を見ていた。安くてクリーンで、ほぼ無尽蔵の核エネルギー源があれば、アメリカは疑う余地のない世界経済のリーダーとしての地位を回復できる。しかし多くの人にはそれ以上の意味があった。もしアメリカが核燃料サイクルを完成できれば、全人類が核の恩恵に浴することができる。アメリカ各地の研究センターやワシントンのインディペンデンス・アベニューにあるエネルギー省のフォレスタル・ビルディングでは、増殖炉研究計画への熱狂はほとんど宗教的な盛り上がりを見せていた。

 もし増殖炉が世界の原子力経済に革命をもたらすなら、アメリカ合衆国はそれをヨーロッパと日本の同盟国とも共有しなければならないと、アメリカの核政策指導層は考えた。科学の基本理念はまさに自由な情報交換であり、アメリカの科学者たちはヨーロッパや日本の同僚たちと手放しに情報共有していた。この協力関係は双方向だった。増殖炉は途方もない技術的困難であることが明らかになりつつあり、アメリカ合衆国と同じくらい長期にわたってこの問題に取り組んできたドイツ、イギリス、フランスの失敗から学ぼうと、エネルギー省は躍起になっていた。カーターの政策は、プルトニウムに基づく核エネルギーサイクルを開発し共有するための、アメリカの努力を妨げるものだった。


米国原子力規制委員会

 強い権力をふるう核兵器原子力ロビイストにとっては無念なことに、カーターは新しい原子力ルネサンスの考えを放棄した。カーター政権が導いたのは、核技術・物質の取引が制限され、科学者の間での自由な情報交換が阻害される時代だった。原子力規制委員会のリチャード・T・ケネディーとベン・ラッシュ、米国エネルギー省のハリー・ベンゲルスドーフのような人々にとって、このような自粛は到底受け入れがたいものであった。ジミー・カーターが再選されなかったことで、核政策指導層に新たなチャンスがもたらされた。

進路反転:カーターの政策を堀り崩したレーガン

リチャード・ケネディ

 情熱的な原子力信奉者の一人に、リチャード・ケネディーという名のキャリア官僚がいた。彼は元陸軍の事務官で、世に知られることなく原子力規制委員会で働いたが、カーター大統領の核政策に猛烈に反対したので、彼のキャリアは危うくなっていた。1980年にロナルド・レーガンが大統領に選ばれると、全てが変わった。レーガンが大統領になって最初に行ったことのひとつは、カーターの核ドクトリンを反故にすることだった。それはアメリカ合衆国プルトニウムを友好国あるいは敵国での民間発電計画に利用することを禁じていたからだ。

 レーガンは核問題の右腕としてケネディーを使った。核エネルギー特使という地位から、嫌いだったカーターの政策が解体されるのをケネディーは監督した。新政権は、アメリカと世界がプルトニウムに依存する道を再び活発化させた。

 しかし、カーター時代の遺産の一つがアメリカの国際的な核取引への突入を束縛していた。カーターは1978年に原子エネルギー法を成立させていた。アメリカ合衆国で作られた核物質を外国がどのように輸入し利用するかを厳しく制限する包括的な法律である。この法律の下、議会は国境を越える原子炉用核燃料一つ一つの輸送に承認を与えなければならなかった。束縛されない核取引というケネディーのビジョンにとって、この法律は我慢ならない障害物であった。そこで彼は抜け道を考え出すことにした。

 レーガン政権が勢いを増していく初期の頃、アメリカの通常兵器と核兵器を含む兵器産業への巨額の資金注入が劇的に増加していったとき、この政権は新型核弾頭の設計や、増殖炉の難問に取り組んでいる核科学者たちに、無理やり資金を注ぎ込んだ。


クリンチ・リバー増殖炉の完成予想図

 この計画の中心には、テネシー州の風光明媚なクリンチ・リバー渓谷にあるエネルギー省のオークリッジ国立研究所の実験施設があった。ここアパラチア山脈の麓では、アメリカで最も才能溢れる科学者たちが増殖炉を組み立てていた。この技術には信じられないような未来が約束されていた。発電をしながら、従来の使用済み核燃料を純粋なプルトニウムに転換するのだ。増殖炉は核科学の聖杯(訳注:聖なる探求の対象物)となり、核燃料サイクルを完結させることができれば、ほとんど無限のエネルギー源を開拓することができる。クリンチ・リバー増殖炉計画は最先端の技術で、レーガン政権下でエネルギー省は溢れる資金をここに注ぎ込んだ。1980年から1987年の間に、この計画には160億ドルが費やされた。そしてその後、始まったときと同じく唐突に、議会はこの計画を凍結した。

 アメリカで最も優秀な頭脳とほぼ無限の予算をもってしても、増殖炉計画は成功しなかった。失敗したのはクリンチ・リバーのチームだけではなかった。ドイツ、フランス、イギリスの増殖炉計画も、実験段階から商用炉に飛躍することはできなかった。レーガンの新型核兵器への傾倒は揺らがなかったが、80年代中盤の不況が長引くにつれ、軍産複合体のあらゆる面を議会での経費削減から守ることができなくなった。1987年、議会はクリンチ・リバーへの予算を廃止した。増殖炉をライフワークにしてきた科学者とエネルギー省官僚の幹部にとって、これは大きな災難だった。しかし、技術的な失敗やアメリカの支持が無くなってもなお、彼らは核燃料サイクルの構想に忠実であり続けた。

 その間も、まだ頑固に増殖炉技術を追求している国があった。日本である。1987年、天井知らずに成長していた日本経済には、無限の資金があるように見えた。増殖炉を経済的に成立させることができる国があるとすれば、それは日本だった。しかし、もし日本の科学者たちが成功しようとするなら、アメリカ人が中断した所から始める必要があった。

 次に起きたことを理解するためには、アメリカ政府が本当はどのように働いているのかを理解する必要がある。政権と議会、とりわけ下院は4年か8年で交代して定期的に構成人員が入れ替わるが、官僚機構はほとんど一枚岩ともいえる連続性をもって進み続ける。官僚機構の中では、キャリア官僚は子飼いのプロジェクトの陰で政権が変わるまで身を隠して待つことができる。議会が増殖炉計画を打ち切る前に、レーガンはその将来をリチャード・T・ケネディーの手に託した。

 ケネディーは、ハリウッド映画の配役担当責任者をワシントンのインサイダーにしたようなものだったと、長年の政敵であるデーモン・モグレンは語る。「ケネディーは、たばこの煙が立ちこめる裏工作の部屋で一生を過ごしてきた男らしく醜い赤ら顔で、彼の態度には斡旋収賄の臭いがぷんぷんしていた。彼がタマニー・ホール(訳注:1800年代後半から1900年代前半、汚職とボス政治で政治的に支配しようとした民主党内の政治組織)から出て来るのを見ても不思議ではなかったろう。」ケネディーの友人たちはもう少し肯定的だった。原子力規制委員の同僚だったベン・ラシュは、ケネディーの政治的本能を賞賛した。「おそらく同業者の誰よりも、彼は内外の政治的現実に良く順応していた。」友人も政敵も同様に、ケネディーは彼の行く手を遮る官僚たちを踏みにじることは少なかったと同意する。アメリカの増殖炉計画を、重要部分を日本に移転することによって救済するという動きを組織するという目的のために、彼は完璧な男だった。

 この計画には、ワシントンの複雑に入り組んだ官僚手続きを巧妙に操作することが必要だった。この規模の技術移転ともなると、数十の省庁、数百人の官僚からの承認を必要とする。しかしまさに、あまりにも巨大で複雑であるが故に、抜け目のないインサイダーは子分にしている少数の幹部の助けを借りて、狭い隙間をすり抜けることができる。日本との8年間の共同増殖炉開発は、大義のために情熱的に身を捧げる若い科学者と官僚たちの集団を養っていた。さらに、ケネディーはありそうもない勝利を手にしようとしていた。1985年、彼は原子炉を中国共産党に輸出することを議会に許可させることに成功した。

両面作戦:中国と日本への核取引

中国のウェスティングハウスAP1000型原子炉

 1984年、ウェスティングハウス社は100億ドルにのぼる原子炉を中国に供給する契約を結んだ。この契約はアメリカの原子力産業にとって信じられないような「たなぼた」であり、アメリカ合衆国が世界の核取引で主導権を握るためにケネディーが払った努力の要となるものだった。唯一の問題は、中国が金さえ出せば核機密を誰にでも漏らすという、とんでもない前科であった。

 民主党の多数党院内総務補佐だったアラン・クランストンは、上院議事堂での重苦しい会議で次のように糾弾した。ケネディー在任期間中のレーガン政権は「行政部門に広く知れ渡っているように、組織的に情報を秘匿、隠蔽してきた。議会がこれを知ったら困惑するであろう」と。核の無法国家5ヶ国、つまりパキスタン、イラン、南アフリカ、ブラジル、アルゼンチンに、中国は核技術を売り渡したことが知られていた。1984年の時点で、クランストンとアメリカ政府の大部分は、中国が高性能の核兵器の設計図をパキスタンに与えたことを知っていた。北京は南アフリカ原子爆弾の材料となった濃縮ウランも売っていた。中国はアルゼンチンの原爆計画で使う重水を売り渡し、同時に最大のライバルであるブラジルにも核物質を売り、イランとも核交渉を進めていた。中国の核拡散の実績は、これより悪いものはない程ひどいものだった。しかし完全無欠の予防策を要求する代わりに、両者が好きなように解釈できるほど曖昧な合意文書を携えて、ケネディーは北京から戻った。中国は、核不拡散条約に署名することを拒否し、また中国が原子炉で燃やした燃料を再処理して核兵器プルトニウムにすることを禁止する権利をアメリカ合衆国に与えることも拒否していた。


民主党、多数党院内総務補佐アラン・クランストン

 ケネディーは核不拡散条約交渉でアメリカ側を指揮するため、1985年6月に北京に戻った。彼は最初の合意とほとんど同一の文書を持参した。しかし100億ドルの計画はワシントンでしぶとく生き残り、中国が鄧小平のワシントン訪問をキャンセルすると脅したので、ケネディーは求めていた突破口を手に入れることになった。中国の核の脅威を封じ込める最良の方法は、中国への最大の売り手になることであるという主張をレーガン政権は展開していたので、ウェスティングハウス社は政治家の人気を取れるように多くの下請け契約を出した。

 中国での合意はケネディーの一派を行政の絶対権力に押し上げた。ロビー団体と日本資本のシンクタンクの中心人物になれば巨額の報酬が約束されているにも関わらず、ケネディー一派の核心人物たちは政府に残った。このとき日本の増殖炉計画が検討対象になったので、国務省でのケネディーの右腕であるフレッド・マゴールドリックと、エネルギー省契約業者のハロルド・ベンゲルスドーフは、政府内の増殖炉信奉者の一門を説いて回った。彼らの目的は、アメリカの納税者の160億ドルを注ぎ込んだクリンチ・リバー計画の技術を、日本の大手電力会社に、千分の一の値段で移転することであった。この計画は、日本の5大企業に雇われている日米のコンサルタントが、主として承認したものであった。

 彼らの前には2つの大きな障害が横たわっていた。アメリカの法律と国際法は、クリンチ・リバー計画で開発された技術、特に使用済み燃料からプルトニウムを分離するために使われる再処理技術を、厳しく規制していた。そしてこの計画には、核兵器プルトニウムと高レベル核廃棄物を何百回も船で国際輸送することが必要になる。


軍備管理軍縮庁のルイス・ダン

 1986年の始め、ケネディーは毎日のように軍備管理軍縮庁(ACDA)の中級職員のルイス・ダンと面会していた。ACDAは核拡散脅威評価書を作成する契約をしており、これが日本との取引が生き残れるかどうかをほとんど決定づけるものだった。

 ダンは核兵器の拡散に反対するために彼のキャリアを捧げていた。しかしケネディーと同じく、核技術を管理する最良の方法は世界で指導的な核技術の供給者になることであると、彼は信じていた。物静かで決意に満ちた態度で、ダンはケネディーと同様に日本との合意を力強く主張していた。ダンがケネディーと頻繁に持った会合の記録は未だに公開されていないが、ケネディーのスケジュール帳はこの二人の並外れた蜜月関係を示している。

 ダンは、フォギー・ボトムの国務省の中にある半独立の政府機関、ACDAで働いた。一年近くの間に少なくとも週3回、ダンは3階のACDA事務所から長い距離を歩いてケネディーの事務室まで通った。議会が日本への技術移転を許可するかどうか決定するために使う脅威評価について、二人は何時間も話し合った。


米国軍備管理軍縮庁(ACDA)

 ダンが起草した報告書は1986年半ばに年次報告にまとめられたが、すぐさまペンタゴン、CIA、原子力規制委員会から疑いの目で見られた。日本には核武装する技術と、そしておそらく意図があることを、CIAは何年も前から警告していた。アメリカ政府内での通説に反して、日本は核武装する法的権利を放棄したことはなかった。事実、1950年代初頭にさかのぼる一連の政策文書と政府内部の議論では、日本の政策決定者はきっぱりと核オプションを確保していた。最も説得力があるのは、日本政府の最高レベルで1969年に配布された内部向けの政策大綱で、日本は核兵器を開発する技術的・経済的手段を保持し、必要なら開発すると記されている。不吉な付言には、「いかなる外圧がかけられようとも」そうするのだと宣誓している。

 CIAはこの1969年版政策大綱のことを知っており、日本がもし脅威を受けたなら核武装の意図と手段を持っていたことを示す他の証拠を突き止めていた。1960年代以来CIAが歴代大統領に送ったこの問題に関する報告書は、1965年にリンドン・ジョンソン大統領が佐藤栄作首相に約束した核の傘を、さらに強化することにつながった。ジョンソン大統領以降のすべての大統領は、日本の核ポテンシャルについて知っていたことをCIAは確認した。しかしこの警告は、クリンチ・リバーの実験装置や研究結果の移転といった基本的な判断を日本側と共に行う、官僚組織の担当者レベルまで届くことはほとんど無かった。

国防省の迂回
 CIAは日本の原子力計画に対し何十年も前から疑いの目で見てきた。CIAとNSAはアメリカの敵国のみならず同盟国をも日常的に盗聴した。日本は核武装する潜在能力と、状況によっては核武装する意思を持っていることを、CIAは何年にもわたり一貫して報告していた。

 しかし1987年、日本との核機密と核物質の取引を加速させようとケネディーが精力を傾けていた頃、CIAは締め出しを食っていた。皮肉にも、日本の核武装潜在能力について最もよく知っていた官庁が、日本への核技術移転についてアメリカ合衆国内部でどのような検討がなされていたかについて、ほとんど知っていなかったのだ。CIAには外国政府を監視する任務が課されていた。ライバル省庁に対する諜報活動を完全に自粛していたわけではないが、この件では日本にクリンチ・リバー計画を移転しようとするケネディーの国内での動きについて、CIAはほとんど何も知らなかった。最終的には、CIAは意志決定から排除されてしまった。ケネディーの敵役はペンタゴンということになった。

 州政府、エネルギー省、ACDAは日本との全面的な協力関係を支持した。しかしペンタゴンは、ヨーロッパと日本の間を海上輸送される原爆級プルトニウムをテロリストが強奪する可能性を恐れた。ペンタゴンの論陣を主導したのは、レーガン政権の核兵器計画担当国防次官、フレッド・アイクルであった。アイクルのテロ攻撃についての懸念は本物だったが、公には議論されない水面下に、はるかに大きな懸念が潜んでいた。その問題はあまりにも政治的に不評なため、ペンタゴンの外部で取り上げられることはほとんど無かった。何年にも渡り国防省とCIAの敵国情報に関するアナリストたちは、日本が恐るべき核兵器システムを開発する能力を持っていると信じていた。政権内で日本の技術的能力を疑う者はほとんど無かったが、日本が核武装の政治的ポテンシャルを持つと信じたアイクル他数名は少数派だった。


ジェームズ・アワー大佐

 ペンタゴンにはケネディーの味方が一人いた。ジェームズ・アワー大佐はアメリカ国防長官官房の日本担当職だった。彼はペンタゴンで日本の全てにかんする一番のオーソリティーだった。アワーは海軍での20年間のキャリアのほぼ半分を日本で過ごした。最初は、横浜を母港とする誘導ミサイル・フリゲート艦の指揮官を務め、その後は日本版の海軍兵学校(訳注:海上自衛隊幹部学校)で学んだ。日本文化に親しんだ多くの西洋人と同じように、アワーは宗旨替えをした。彼は日本語を話し、文学を読み、日本の古典舞踊である歌舞伎の通となった。

 日本をめぐってアメリカの軍事官僚が国務省とエネルギー省に対立していた1986年に、彼の才能はペンタゴンで大いに役立つものだった。文民官僚たちは、特に核エネルギー分野で、日本を国際関係における躍動的で有能なパートナーと見ていた。これに対し、ペンタゴンの武将たちはずっと暗い展望を持っていた。朝鮮戦争以来、アメリカ軍は日本をほとんど居候と見なしていた。ソビエト、中国、北朝鮮を追い詰めていたアメリカ兵士たちの背に乗って、日本は経済を構築し、怪物的な成功を収めたのだ。証拠を検証するまでもなく、ワシントンの他の主要省庁に比べ、国防省が日本の主張に同調する可能性は極めて低かった。

 この最大の例外がアワーだった。熱心な親日派である彼は、日米協定をペンタゴンに認めさせるために打って付けの地位にいた。1986年始め、アワーの名前がケネディーのスケジュール帳に現れるようになる。日本担当の防衛事務官として、提案されたプルトニウム取引に関するほぼ全ての書類と首脳会談に、アワーは内々に関与していた。彼は、日本大使館だけでなく、陰の日本在外公館として機能した五大日本企業のオフィスで、多くの友人や同僚とも毎週のように接触していた。ペンタゴンでの議論や戦略を、アワーがケネディーや日本人に漏らしたかどうかは定かでない。日米協定に関するペンタゴンの最大の関心事は、膨大な量の核兵器プルトニウムと核廃棄物を、適切に防衛することは不可能な海路で輸送するということだった。

 ペンタゴンは安全保障問題でケネディーと対立した。国防省はいくつもの報告書で、少なくとも駆逐艦を護衛に付けなければプルトニウム輸送を適切に防衛することはできないと結論した。海軍で20年の指揮経験を持つリチャード・スピアーのような男たちは、自らの警告をケネディーと同僚たちがルイス・ダンのACDA分析報告書に基づいて覆すのを目の当たりにした。日米協定が発効する前にパナマ運河を通った唯一のプルトニウム輸送で、海軍は運河通過の安全を確保するため小艦隊を配備した。この作戦はイラン・コントラで名高いオリバー・ノース中佐が立案したものだった。アメリカ合衆国はこのとき、フォギー・ボトムの国務省の密室でほぼケネディーとダンだけの手で作られた分析報告書のみを根拠に、何百トンものプルトニウムその他の核分裂性物質を、数人の警察官だけで警備された貨物船に載せて、公海上を輸送することを許可する準備が進んでいた。

 当時の防衛副次官補だったフランク・ガフニーは、この輸送計画に対するペンタゴンの反応が、ほとんど全面的な反対だったと回想する。「そのような輸送を護衛できる方法など全く存在しなかった。これではまったく譲歩のしすぎだった。もし世界を回る輸送の途中で敵に決然と攻撃されたなら、日本人にはこれを止める意思も能力もない。」

 アイクルとガフニーは、足が遅くて武装もほとんど無く、一隻の沿岸警備艇さえ撃ち払うことができない核物質輸送船のことを憂慮していた。第二次大戦時代の駆逐艦や武装モーターボートでも手に入れた国家やテロ組織なら、プルトニウムを積載した船をなすがままにできたはずだ。

 ペンタゴンプルトニウムの空輸を支持したが、墜落に耐えるはずのキャスクが試験で壊れ、この選択肢は行き詰まっていた。グリーンピースがその試験結果を入手し、メディアに公表した。これでプルトニウムと高レベル核廃棄物の空輸というペンタゴン好みの選択肢は潰えた。国防省は、日本人がプルトニウムを自国の核兵器計画に使うのではないかという懸念も持っていた。CIAを除けば、アメリカ政府のどの省庁も日本が将来核武装するとは確信していなかった。しかし他の省庁にとって核武装した日本が想像もできない掟破りであったのに比べれば、国防省は違和感を持っていなかった。そのとき継続していた産業・経済・イデオロギー的な反共産主義キャンペーンの中で、日本はおそらくアメリカの最も強力な冷戦同盟国だった。日本の軍隊は専守防衛で、1986年当時は軍事力を行使する意志を持っていなかったが、国防省の長い記憶には、かつて日本が極めて強大な軍事力を持っていたことが刻まれていた。多くのトップクラスの士官たちは保守的な軍人家系の出身で、第二次世界大戦で日本人と戦った軍人を父親や伯父に持っていた。国務省は日本を巨大な平和主義経済マシンになぞらえ、エネルギー省は日本を愛しい増殖炉の代用子宮になぞらえたのだとすれば、国防省はいまだに日本を眠れる巨人と見ていた。しかし今回は、その眠れる巨人はアメリカ同盟国だった。

 日本が核武装すればアメリカの軍事負担は軽減される。中央ヨーロッパ平原での全面戦争に備えることがペンタゴンの主要任務だった。しかし韓国に2個師団を維持するとともに、中国やソビエト極東のミサイル基地に対する防壁とするため、核兵器を搭載した艦船と航空機を太平洋に配備する必要のあることが、ペンタゴンを悩ませていた。レーガン政権の戦略は、ソビエトの国家軍事力を崩壊まで押しやり、ソビエト連邦と衛星国を共倒れにさせようとするものだった。より攻撃的で核武装した日本は、アメリカのこの戦略にとってすばらしい財産になるはずだ。したがって国防省が戦術的観点からプルトニウムの海上輸送に反対して争ってはいても、プルトニウムと核技術の日本への移転に対する国防省の反対は、単に形だけのものだった。



日本人は優秀、と自画自賛するばかりで反省がない。それが原発被害を招いた原因だ!
2011年05月12日(木) 00時11分48秒
テーマ:ブログ
日本人の『誇り』が『自惚れ』になってしまってはならない。
日本人は『自分たちは優秀だ』と自負している。これは、別に悪いことではない。自国民の能力を誇りに思わなければ、いい国も造れないだろう。そして、日本人ばかりではなく、実は世界の民族がなんらかの形で『自分たちは優れいてるものがある』と思っているのである。
それはそれで問題のないことなのだが、自分には、最近の日本人は少しばかり自負心が強くなりすぎて、いわゆる自信過剰、あえて言えば『自惚れ』になってしまっているように思う。
自負心や誇りは必要だが、自惚れは怖い。そうなると、自分たちが実は間違ったことをやっている場合にも気がつかなくなる。マンガの主人公ではないが、なにかにつけて『これでいいのだ』と、反省なく現状を肯定するようになってしまうのだ。

60年以上の稼働実績を肯定するのか反省するのか。

原子力発電についても、そうした間違った判断に陥っているような気がしてならない。なにしろ60年以上の稼働実績がある。その実績を肯定している限り、日本人は原発国家から脱皮することはできない。
しかし、よく考えてみれば60年も必死になって、反対派を封じるあらゆる手段を使って政府と電力会社が原発普及に力をいれてきたのに、中部電力は約15%、東京電力は約23%、最大の関西電力で約45%しか原発に依存していないのだ。
日本全体では約25%の依存率に過ぎない状況である。通常の技術なら、政府の肝入りで電力会社がコストが安い(利益が上がる)と判断しているものが、60年経ってもまだこれだけしか普及していないというのは、『何かおかしい?』ということになる。

三拍子そろっていた原発の『何がおかしい?』のか?

原子力発電の何がおかしいのか? 『・安全で ・コストが安く ・環境にやさしい』と三拍子そろった原発なのに60年もかかってなお日本の電力の25%しか生産できていないのはなぜか?
これは、結局、安全で経済的でクリーンなエネルギーという政府や電力会社の原発讃歌が、実はウソだったからだ。政策的に無理やり原発を推進していたので、様々な障害にあって計画どおり原発を増設できなかったのである。
アメリカという国柄が好きな自分としては、言いにくいのだが、この日本政府の原発推進計画は、実はアメリカ政府の要請によって始められた。これは、ふくしま事故によってすでに一般常識になったところだが、なにしろ、日本列島はアメリカ大陸とは全く違う地理的条件になっている。

日本には不向きな原子力発電、政策の誤りを修正する時だ。

原発建設に都合が良いのは、原発に必要な水(海)が豊富なことくらいで、土地はせまく人家を完全に避けた立地はないし、何よりも恐ろしい地震多発地帯でもある。原料のウランも輸入しなければならないのだ。
また、日本は経済的にも技術的にも電気エネルギーを原子力に頼る必要が全くない状況になっている。それなのに、あれだけの放射能被害を起こしても、なお、原発を捨てきれないのである。
『自分たちは違っていた』と率直に認めるだけの度量がないのは『自惚れ』があるからだ思う。謙虚に反省する素直さに欠けているだ。連日、大々的に原発の被害と故障の報道が行われていても、大きな反対運動が起きないのは、原子力発電の推進を政治家のせいだけにはできないのではないか。
とこかに、日本人は『間違ったことはしていない』という自惚れを持っているから、現状を改革する反省と決意がなかなか固まらないのだ。そう感じているのは自分だけなのだろうか。


2015/02/19 - 技術力です。ハードウェアは日本の方が低いです。 よく日本は素晴らしい技術を持っていると言われますが、ハッキリ事実を言った方が良いと思います。 知識も技術力も現在取り組んでいることも、日本のほうがレベルは低いと思います。


参考:武井咲「韓国の方は日本語を話せる方が多いですが、逆に日本人が話して違う国の方とコミュニケーションをとるのはなかなか少ない」

「ディズニーパレード」が放送されディズニーパークが人気であるなど、占領期から高度経済成長期に定着したアメリカ文化の影響力は今なお強い。21世紀に入って、ジョージ・W・ブッシュは対日占領(=親米保守・対米従属化)を「最も成功した占領」と呼んだ。



戦後日本の洗脳の正体
投稿者 nico830 投稿日 2013/2/18
形式: 単行本(ソフトカバー)
この本は原発に関する洗脳のみならず、戦後日本がアメリカ(GHQ)から受けてきた国民の洗脳についての解説書である。
原発利権ピラミッドの頂点にはアメリカがいる」
東京電力経済産業省はその下である。原発問題の核心はアメリカの安全保障問題にある事実を理解して掛からないと、脱原発運動は違うベクトルに向かってしまうという。
「50ヘルツと60ヘルツ問題はすぐに解決できる」
経済産業省が電気代を下げる競争を、東京電力関西電力にさせないための方便である。
「日本の原発技術レベルは低い」
日本が持っている原発技術は、原発メンテナンス技術であって、炉心開発&制御ではない。しかも古すぎる。たった4%の濃縮ウランの制御すらできない。対するアメリカは95%の濃縮ウラン空母や潜水艦の中という悪環境でも管理できる。
「そもそも日本のテレビメディアはアメリカの情報操作のために作られた」
電通やテレビ局の歴史を振り返る時、そこにGHQとの密接な関係が見えてくる。1951年の独立後もその関係は続いている。
東電は実質的に国有化されている、というのは目くらましのトリックだ」
政府が東京電力に対して影響を持つのは25.055%だけ。外資投資銀行の悪知恵に経産省民主党が飛びついた。
計画停電は政府が国民を脅すために実施された」
原発が無くても電力供給量は需要に対して全然問題が無かった。そこは国民の無意識洗脳が目的だった。
などなど洗脳の専門家、苫米地博士が原発問題から透けて見える洗脳の仕組みを解明。
脱原発に興味のある人には必読の書。


日本人は中国のパクリっぷりを笑えない!「日本のパクリは中国の50年先を行っている」―中国メディア

2015年8月12日、中国メディア・観察者網は、「日本のパクリは中国の50年先を行っている」と題する文章を掲載した。

【そのほかの写真】

日本が発展し始めた頃、“メード・イン・ジャパン”が“粗悪品”の代名詞だったことは、日本の若い人々の間でも知られていない事実だ。当時、日本はパクリ大国として食品やファッション、マンガ、家電や自動車などあらゆる業界で「他をまねする」という行為が行われていた。日本が経済大国になってからこの称号は韓国などに引き継がれ、中国もようやくこれを外される兆しが見え始めてきた。

不二家の「ペコちゃん」は米バーズアイの「メリーちゃん」に、明治「マーブルチョコ」は米国のチョコレート「M&M」にそっくりだ。水木しげる氏のような漫画界の巨匠もかつては海外作品によく似たキャラクターを描いており、サンリオの「キティちゃん」やその友達の「キャシー」も海外のキャラクターに似ている。その他にもアニメのキャラクターや音楽グループ、国産初の東芝製掃除機や冷蔵庫、カメラ、おもちゃから戦時中の銃、さらにはバイクや自動車など、日本はあらゆるものをパクってきた。

パクリ大国の称号は不名誉なものと思われがちだが、かつてこの称号を持った国は今や一流の工業国に発展している。能力のない国はパクリ大国の名前を冠することさえ許されず、パクリ行為が指摘される中国は正しい道を歩んでいると言える。(翻訳・編集/岡田)



【ネトウヨ死亡w】 韓国では日本より3年早く電車・電話・電気が開通 日帝ジャップがそれを模倣した事が判明

ソウルの電車は東京より3年早く開通・・・“近代化は日本統治以前から”
「朝鮮には近代化の意思と力」「日本を助けたのは我々なのに...」


韓国・光州毎日新聞は12日、ソウルの電車は東京よりも3年早く開通しており、朝鮮の近代化は日本に
よる統治以前に始まっていたと主張する寄稿文を掲載した。

国際環境天文台科学館のパク・ジョンチョル館長が寄稿した文章は、1901年に朝鮮を訪問したドイツ人
地理学者が、
「北京や東京、バンコク、上海にもない電報、電話、電車、電気照明を同時に享受できるのがソウルである」
と記していることを紹介し、当時のソウルが
「アジアで最も華やかに近代文明が繁栄していた」と主張。
朝鮮に電車を建設し、近代化をもたらしたのが日本の植民地時代の業績とみなされていることに異を唱えた。

パク館長はこの電車について「高宗皇帝が積極的に朝鮮に誘致し、建設させた」と紹介、鉄道を建設した
国がどこなのかという点には触れないまま「近代文明のスタートラインが日本の植民地時代の文化ではなく、
国際的な流れの中の独自の歩みだった」と強調している。

これに対し、韓国ネットユーザーからは様々なコメントが寄せられている。
「いまからでも日本帝国主義の遺産ではなかったことを知ればいい」
「高宗の近代化の意思は強かった。日本が来なくても近代化はできた」
「日本があったから韓国が近代化できたと主張する植民地肯定論者は、頭が空っぽだと思う」
「日本を助けたのは我々なのに、侵略して国をボロボロにするとは・・・何があっても我々の手でやりたかった」
「日本が侵略して来なかったら、すでに高宗皇帝の時代に、日本を追い抜いたはず」

こんな文章の繰り返しで日本の若者が混乱するのは情けないな

まあその時代までは確かに日本は技術的に後進国で、
欧州から技術を買ってはコピーするを繰り返していた時代なので
標準軌を採用出来た満鉄の方が技術的に有利ではあったはず。

明治維新以降、日本は一貫して欧米の高い技術力、高品質製品を目標に努力を積み重ねてきた。


【経済】アップル技術者 「日本のハードウェアの技術レベルは低い。台湾や中国の方が高い」 [転載禁止]c2ch.net

日本のハードウェアの技術レベルは低い

――シリコンバレーで働く楽しさはなんでしょうか?

エンジニアにとって評価がフェアだということでしょう。できる人が評価されて、できない人は切られます。
言葉であいまいに見せかけることはできません。みんないつ切られるかピリピリしながら働いています。
昨日まで一緒にいた同僚が次の日の朝に荷物をまとめて出て行く、そんなことも日常茶飯事ですから。

――日本とシリコンバレーのエンジニアの違いはなんでしょうか?

技術力です。ハードウェアは日本の方が低いです。
よく日本は素晴らしい技術を持っていると言われますが、ハッキリ事実を言った方が良いと思います。
知識も技術力も現在取り組んでいることも、日本のほうがレベルは低いと思います。

その理由は単純です。ソニーパナソニックが元気だったころ、量産体制を作り上げるために、
それまで社内で設計していたのを、台湾や中国といった海外に委託しました。
日本は仕様書を書くぐらいしかしなくなり、重要な設計の部分は外国に流れたわけです。

いま日本人の若手技術者は「ここになぜコンデンサーが必要なのか」を理解せずに、
「このコンデンサーを外してはいけない」ということだけを知っているのです。
しかし、台湾や中国の技術者は「なぜ必要なのか」をきちんと理解しています。
設計する技術力は、いま日本ではなく、台湾や中国にあるのです。

ハードを設計したいなら、日本に機会はありません。台湾など技術の高いところでキャリアを積んでいく必要があります。

一方、シリコンバレーのエンジニアは、新人からすでにレベルが高い。
大学の研究室から自分でCPUを作って、コンパイラも作って、といった経験をしています。
大学の研究と企業の研究のレベルが同じぐらいで、修士修了の新卒は入社翌日から回路図が書けます。

逆に、日本の強みとして、真面目さや緻密さといったものはあります。
しかしこれだけでは、「ただのいい人」で終わります。エンジニアですから、技術力があってこそのものでしょう。

――Appleのエンジニアのレベルも相当高いですか?

非常に高いです。同僚から受ける刺激は強いですね。問題があったらその日のうちに直します。
知識も豊富で、本当にみんなよく知っているなあ、と感心します。

Appleとはいえ、開発の日常でやっていることは超地味で、
抵抗を一個減らすとか、コンデンサーを一個減らすとか、エンジニアは日夜それに命を賭けてやっている。
そうしてサイズの小さくなった分がバッテリーのスペースになって、iPhoneの充電の長持ちにつながる。
本当に「こんなことまで」って思うぐらい細かいことを泥臭くやっています。

また、Appleは研究熱心な企業だとも感じます。
あのAppleも、かつては日本の小さな町工場まで行って、ビデオに撮って研究していたんです。
そんな本気の企業に簡単に勝てるわけがないんです。
もはや日本の企業は負けている、日本の企業にはつくれない、ということをまず認めないといけないと思います。


「日本の技術力は高いってほんと?」

イデオ・アクト株式会社 代表取締役 葉山 博昭: 6月号
 近年の不況に直面して、マスコミでは日本の技術力は高いので国際競争力は高く将来も心配ないというような論調をよく目にする。かねがね筆者は疑問を感じていたが、日本の技術力はほんとうに高いのだろうか?
 液晶テレビ国際競争力を失いシェアを落とし、殆どの国産メーカーが大幅な赤字になったことは新聞報道のとおりだが、先日非常にショックを受けたのは、液晶テレビの製品自のシェアが落ちていることだけではなく、液晶製造装置のシェアも落ちているとの報道に接したことである。液晶ディスプレイのパネルの製造は韓国、台湾勢に追い上げられていることは何年か前から気がついていたが、露光装置に関しては、2002年までは外国勢の追随を許さず高いシェアを確保しており、まだまだ日本の技術は高いと思っていたが、その露光装置さえも外国勢にトップの座を奪われるようになってしまった。液晶パネルではフィルムだけは日本のフィルムメーカーがトップシェアを確保しているだけのようになってしまっている。液晶テレビがシャアを落としたのは日本の量販店との販売戦略が負けたからと説明している評論家がいるが、低価格を量販店との争いにより低価格を国際的に先導したということは確かだろうが、いつの間にかどの国でも出来る技術(コモデティ化)となってしまったこと、グローバル化により低コストで製品化できるようになったことが原因であって、販売戦略に原因を求めるのは誤りのような気がする。販売戦略の問題であるならリカバリーするのに技術的問題は無くなってしまうが、そうでは無いように思う。
【リストラの問題】
 外国勢の追随を許したことの原因の一つに国内メーカーの優秀な技術者がヘッドハンティングされ、近隣の国に流出しことが原因となっていることは業界では有名な話である。筆者の知人にも、国内企業から韓国の企業にヘッドハンティングされ今日の液晶テレビの隆盛に力を貸した例がある。電気メーカーはこの10年の間に縮小する内需の影響で弱体部門をリストラした結果、競争力のある部門の優秀な技術者に対しても終身雇用への不安を醸成したことが流出の原因となったとのではないだろうか。バブル崩壊後大幅に売上げを落とす中でリストラを行ったことがある企業の経営者は、リストラはそれを行う時点では生産に寄与度の低い人員に対して行われ、短期的な業績に寄与するが、全社員に終身雇用に対する不安を潜在意識として植え付けてしまう。そのため一度リストラを行った企業では、優秀な技術者は転職に有利な年令(20代後半から30代前半)で転職する人員が常に発生することになってしまったと言っていた。日本では安易なリストラは優秀な社員にまで、冷たい企業、リストラという安易な手段を取る能力の低い経営者が経営する企業という印象を与えてしまい、日本では、リストラは決して長期的視点にたった場合、企業にとって良い戦略とはなっていないと思われる。最近の調査では、一生涯同一の企業に勤務したいという若い人が急増し、10年前の20%台から60%台に増えたそうである。このことなどはリストラに対する恐怖心が企業で何をするかより、一生涯安定した収入を得たいという萎縮した気持ちを若い人に与えた結果かもしれない。日本の技術者をヘッドハンティングし急成長した韓国の企業では、自前の人材育成が重要という認識があり対策を講じ始めたそうである。
【技術者の処遇の問題】
 一方、日本での人材育成はどうなっているのだろうか?日本では大卒の給与は大学、学部による差はないが、欧米では大学による格差はかなり大きい米国では大学により2~4倍の給与格差がある。リーダーシップを発揮する人材には初めから高い処遇を与え、リードする責任を求めている。また理系の大卒の初任給は文系に比較するとかなり高い、これは理系の大学での授業料が文系に比較しかなり高額であり、高い初任給でないと大学での高額の投資を取り返せないからで、欧米では、だれも不思議とは思わないことである。では日本ではどうだろうか、日本では行き過ぎた公平感から同一学歴では同一初任給となっている。筆者が大学を卒業し就職した40年前、技術者は技術手当が加算される企業が多く、筆者の入社した企業では10%程度高い初任給を得ることが出来た。また生涯賃金も技術者は経営者になれる可能性は低いが、非技術系より技術者のほうが高かったこともあり理系進学の理由の一つになっていた。現在では技術系は非技術系より生涯賃金で下回ってしまっていることを知っている人は少ないが、なんとなく世間一般でも、苦労して技術系に進学しても高い給与を得られる保証はないと分かってしまい、理系が不人気になった時期があった。ただここ2、3年が理系の大学入学時の志望者は増えているが、これは生涯賃金が近年高くなったからではなく、単に就職率が高いことが原因である。
 技術系が生涯賃金で非技術系と逆転したのは、この20年くらい大卒初任給が抑えられているにも関わらず経営者の年収がほぼ倍増した、(統計情報を探したが明確な根拠になるもの無かった)筆者の経験からすると20年前の経営者の年収は1500万円から2000万円程度だったのが最近では2000万円から4000万円程度に倍増したように感じる。それに伴いライン管理職の年収も幅は拡大したが経営者の収入に引きずられ、1.5倍から2倍程度になったようだ。それに比較し大卒初任給は月額18万円~20万円が19万円~21万円になっただけであり、最近の不景気で賞与が低い分年収では下がってしまっている。また技術者のライン管理職のポストは増えず、技術者としてのキャリアパスがライン管理職になる道以外には収入を増やす道を作らなかったため、技術者の生涯賃金は低いものとなってしまった。技術者もラインマネジャーの道を歩まないと高収入化出来ない為、収入を増やしたい技術者は、技術者としてその道を極めることを捨てラインマネジャーとして会社の中で出世する道を選ばざるを得なくなった。このことは優秀な技術者を養成するのに決定的に障害となってしまった。優秀な技術開発、研究を行う人員が少なくなった企業が増加し、技術の底が浅くなり、いつの間にか国際競争力が低下してしまうことなったと思う。
 高い収入を得たからといって優れた技術が実現できるとは限らないが、技術を軽視したような収入から高いモチベーションは得られないといのも真実ではないだろか。人件費の高騰は国際競争力を失うという一見正しそうな言葉に乗せられ賃金を抑えすぎたことにより、いつのまにか年収200~300万円が主流派となってしまい、物価を考慮すると近隣諸国と比較して低収者が多い国になってしまっている。製造業に於ける原価に占める人件費は極めて低く10%20%賃金を上げても売値にそうは影響しないものだ。一億総貧乏では消費税をいくら上げても間に合わない。消費税を10%にするより新入社員の初任級を10%上げることのほうが若い人から不景気の陰気を吹き飛ばし、景気も浮揚し、少子化の是正の一助になるのではないだろうか。
【日本の技術は高いという盲信】
 「ジャパン アズ NO.1」はアメリカの陰謀ではなかったのか?「ジャパン アズ NO.1」という言葉をまともに受け、慢心し油断している間にアップルにはやられ、液晶テレビ、メモリ、ハードディスクも負け、自動車も中国では売れず、このまま慢心させられ、技術力を高めることをしないと、日本は食えなくなる。「ジャパン アズ NO.1」が流行ったころ、もう米国に学ぶべき物はなくなったなどという尊大な発言をする日本人は多かった。日本はこの数十年前まで、国内で全国民が食えず外国に移民をしてきた国であることを忘れてはいけない。日本の技術は一流ではない、頭脳を駆使し、いかにして食って行けるかを考えないと、又移民で人口を減らすか、鎖国して3000万人くらいが自給自足する国戻るかしかない国であること自覚しないと、次の一手は打てないのではないだろう。
「世界一でなければいけないのですか?」これほど科学技術を愚弄した言葉はないが、かなりの影響を及ぼしたことも事実である、やはり「世界一でなければいけないのですか」は「世界一でなければ、日本の国益は守れないのです」という言葉に変える必用がある。
 日本の技術が低くなっているのは、日本は特別、日本人は優秀、日本の技術は最高という根拠の無い日本人優越主義である。日本人優越主義を捨てて頭脳を駆使し、自らの手を汚して初めて世界で通用する技術を培うことが出来る。
【自らの手を汚さない風潮の問題】
 作る側より作らせる側になりたがる、作らせる方が偉い、額に汗し自らの手を汚して物・サービスを行うことを嫌う風潮が最近見受けられるが、物作りでは額に汗し、自ら手を汚して初めて改善、新たな発想を得られることが多いが、最近の日本では出来るだけ自らの額に汗をせず、手を汚さずに高収入を得る方法を考えることをよしとしている傾向がある。事実自ら手を汚さず、額に汗しないほうが高い収入を得られることもあるが、これでは真のイノベーションは出来ず、真に顧客の満足を得られるものは作ることは出来なくなり、技術の立ち後れに繋がるのではないだろうか。
【プロジェクトマネジメントはもう必要ないのか?】
この2、3年海外の流れに反して、日本ではPMP取得者は極端に減っているが、その必要性が無くなったのだろうか。確かにこの2、3年の不景気感からシステム開発業界は、新規開発の大型案件が減少することにより大型プロジェクトが減っていることは事実だが、システム開発に於けるトラブルが減少しているわけではない。昨年の調査では、米国で収入の多い職業の1位はソフトウェア開発のSE、プログラマであり活況を呈している。ハードウェアはコモデティ化で利益が出ないものとなっているが、デザイン、ソフトウェアはコモデティ化出来ずITの進化に伴い需要は増している。日本のソフトウェア業界は個別企業・組織のオーダーメードソフトの開発が主流であったが、不景気感から新たなシステムの開発は著しく減少している、その間にITは進化し、日本の企業のシステムは改善を怠り旧いものになっている、世界的にはERPが急速に進化し、企業別に開発しているより数段優れたソフトウェアが席巻している、その流れに日本は完全に乗り遅れている、10年前のERPとは比べようもないほど進化している、日本でも企業別システムの開発から新時代のERPを採用し国際的流れに乗るべき時期になっている。日本の中小企業のシステム化は非常に遅れておりワープロ表計算程度の使い方で止まっているが、これも中小企業向けERPを安価に提供すれば本格的なIT化を開始することが出来る。
 いままで開発してきたシステムを、ERPを採用し迅速に作り替えるにはより的確なプロジェクトマネジメントを行う必要性がり、今までに合格したPMPは既にその任離れた団塊の世代も多く、新たなPMPの必用性は高いものと思われる。
【あまり根本を見直し過ぎると?】
 この2,3年の閉塞感、昨年の東日本大地震以降根本的なところで自信を失い、物作りは出来ない、日本はどうあるべきかと悩み考えがまとまらない時代になってしまったが、考えることは一見良いことのように思われるが、国民全員が立ち止まり根本的なことから考え直していると、国際的な競争の激しいこの時期、競争に負け日本の国益が毀損してしまうのではないだろうか。小資源国日本は原材料を輸入し、付加価値をつけた製品・サービスを輸出する以外に生きのびる道はないと思うのは筆者だけだろうか?
以上


日本の技術力ってよくすごいすごいと騒がれてますけど、実際世界の各国と比べるとどれくらいすごいんでしょうか?
メディア、特にテレビがすごいと騒ぐほどうさんくさく感じてしまいます。


現在の日本の技術は大したことありません。あなたのおっしゃる通り、日本の技術をメディアがおおげさに騒ぎ立てているだけです。確かに一昔前は日本の技術は世界に大きく評価されていました。特に液晶テレビ。しかし今では海外の製品もそれなりの機能を持つようになり、かつ安い値段で手に入るため日本製品の需要は低下してしまいました。


そして、西欧近代から見れば、中国は「古代的な国家」としてしか見られていません。そして今度の『中国ロック本』に詳細に書かれているとおり、金融ユダヤ人たちは、自分たちの「宿り主」をアメリカから中国に代えるには、「中世的な国家」である日本の技術やノウハウの中国への移転がどうしても必要だと考えている。「宿かり」である金融ユダヤでの総帥(そうすい)である「デイヴィッド・ロックフェラー」が決めたのだ」と、今回の講演を理解しています。「なるほど」と思いました。

 そして、だからこそ次の「宿り主」としての中国を生産指導し「金儲け」するには、中国と日本を「分断して統治する論」により、「日本の憲法改正を5年以内に実施して、日本に徴兵制がひかれること」が計画に入っていること。

そして、日本人のTQC品質管理が、中国でも「合利」的になるのです。その手段として、「徴税」も「徴兵」もを押し付けるためには、日本を「植民地」にする必要があるのだ、ということになります。かっての大英帝国がインドを植民地にしたように、です。

また、そのために「日本のガンジー」たらんとする副島隆彦は、「道教(タオイズム)、老子様の思想(陰陽道=おんみょうどう、陰陽五行などもその一部)を勉強しようと思い立った」と言われました。「この中国に発祥した東アジアの古代からの思想が、無益な争いや憎しみを超えてゆく思想として、重要だと思うようになりました。それに較べて、神道、仏教、儒教の「神、仏、儒」は、どうも支配階級の思想であり、上霞(うわがすみ)の高級な思想以外は、ほとんどが実は道教で出来ている。神道シントウイズムは、日本化した道教に過ぎない。そういうことを、講演の中でお話したのですが、あまりに唐突だったかもしれません」と、その後の副島隆彦の発言がありました。

中国の成長は計画的に育てられていた!日本人の知らない衝撃の真実が明らかに!!


この者たちは、一体、この先、どうするつもりか? 自分自身の愚かさを恥じて、私たちに謝罪するか? まだ強気で、匿名・仮名のまま書きなぐり続けるのか。既に内部分裂が始まっているだろう。ある者は既に、副島隆彦への中傷、悪口をやめて他の場所にいってしまっただろう。ある者は知らん顔をして、いつの間にか態度を変えて、まだ月面着陸を信じて疑わない理科系の技術者たちを中心とする愚鈍な日本人ロボット工場人間(アシモ君たち)のことを馬鹿呼ばわりすることになるのか。


日本は1945年以降アメリカの属国
日米同盟は「帝国―属国関係」

20世紀は、イギリス帝国(ロスチャイルド財閥)の没落とアメリカ帝国(ロックフェラー財閥)への世界覇権の移行
1914年に世界覇権がロスチャイルドからロックフェラーに移った

近代日本はイギリス帝国(ロスチャイルド財閥)が育てた
伊藤博文井上馨松方正義高橋是清渋沢栄一
大正から昭和初期にテロで殺された政財界人のほとんどは三井=ロスチャイルド

司馬遼太郎の「坂の上の雲」は嘘
日露戦争日本海海戦で実質的に指揮を執ったのはイギリスの観戦武官

日本にかしかけて中国と戦争させたのはロックフェラー財閥
ロスチャイルド財閥から極東を奪い取ろうとした

三菱=岩崎弥太郎=ロックフェラー vs. 三井=渋沢栄一ロスチャイルド

ロックフェラー財閥は、サラエボ事件、ブラック・サーズデー、井上準之助の金解禁、ナチスドイツ、スターリンに関与

ロックフェラーの手下として働いたのが、帝国海軍
山本五十六米内光政井上成美
特に、米内光政がアメリカの傀儡
「陸軍悪玉 海軍善玉」論はウソ
東京裁判で海軍軍人は1人も絞首刑になっていない

南京大虐殺で4万人が殺された

真珠湾攻撃」は奇襲ではなく、仕組まれたものだった

日本は2つの戦争を同時遂行し股裂きにされて敗北した


陸奥は、フランス・ロスチャイルド家が育てた旧幕臣榎本武揚と共に動いた人物だ。 政友会の ... 明治の初めから、三菱財閥は米国ロックフェラー家の日本総代理人であった。だから、民政党政権は米国ロックフェラーの息のかかった政権なのである。

日本と言う国は大きな枠組みで掻い摘むと「明治維新」と言うのは
ロスチャイルド家資金を使って日本を開国し当時の「日本のドン松方正義
が仏ロスチャイルド家の承認を受けて日銀を設立し日露戦争でも
ロスチャイルド家の潤沢な資金と諜報力をバックにして勝ったと思っている。

だから司馬遼太郎の「坂之上の雲」なども三分の一位は歴史的な事実
だろうが他は司馬の作り話だと思っているというか、それが事実だろう。

その日本を「金のなる木」に育てたところで米石油、金融財閥の
「ロックフェラー家」が第二次世界大戦で日本を横取りして、
日本は目出度く「アメリカ様の植民地」になったという大きな枠組みでの
考え方だ。
勿論、J.Dロックフェラー一世が成り上がるまではロスチャイルド家から
お金を借りそれを資金にして成功したのも事実だろう。

本当の歴史と言うのは「お金の流れ」なしでは語れないのだ。
奇麗事ではない。何をするのも要はお金なのだ。
決して「男のロマン」などのハリウッド映画や歴史小説のレベルではない。

1914年にFRB(連邦準備銀行)が設立された時までは
アメリカもロスチャイルド家が実質を握っていたと思われるが
多くのロスチャイルド家の代理人が恐らく賄賂や恐喝により
ロックフェラー家に乗っ取られアメリカが「ロックフェラー帝国」になる準備
が整い「1929年ブラックサーズデイ(世界大恐慌)」をロックフェラー家が
意図的に起こしロスチャイルド系が大火傷した。
そこからはアメリカは「ロックフェラー家」が支配する帝国になった。

そして第二次世界大戦でロックフェラー家はブッシュ家を使い
ナチスヒトラー」を支援しユダヤ人を虐待(ホロコースト)しヨーロッパの
金持ちユダヤ人の財産を没収しヒトラーを叩き潰し、日本も叩き潰し
「ロックフェラー家の時代」に世界はなった。

満州国」はロスチャイルド家により極東にユダヤ人国家を作る計画で
日本に統治させていたのだが米内光政などのロックフェラー家のスパイ
がロックフェラー家の指示に従い満州国を超え中国侵略へ向かい、
すぐに真珠湾攻撃である。

おかしいではないか?
こんな無茶な作戦を取るほど日本人は馬鹿なのであろうか?
恐らく唆されたであろう。案の定、日本は「ゴキブリホイホイ」の如く
アメリカの戦略に嵌り敗戦国となり、実質的に日本はアメリカの植民地
になった。




第6回
日本人は勤勉ではない
~本当に新しい歴史教科書・PART1~
お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●頑張りスパイラルの恐怖

 世の中には、ときどき、おかしなことをいう人がいます。「おまえだろ」という意見は脇に置いときまして。で、おかしなことをいう人がなぜおかしいのかと申しますと、自分がおかしいことに気づいていないのです。当人は百パーセントの正論を述べてると思いこんでるものだから、おかしなことをいう人は、おしなべてエラそうな顔しておかしなことをいい張ります。

 先日も、こういう意見をおっしゃる方がいました。

「この不況をなんとかしようとみんなが頑張ってるというのに、ホームレスが昼間っから寝ていたりするのを目にすると、腹が立ちます」

 じつは、みんなが頑張ってるから、不況が深刻化しているのです。それをこの方はおわかりでない。いえ、この方ばかりではないでしょう。いまこの文章を読んで、そんなバカな、と思われた、善良にして勤勉な方たちも少なくないのでは?

 タクシー業界を例にとりましょう。景気の良し悪しを敏感に感じ取るのがタクシーの運転手とのことで、彼らの意見が景気判断の指標にもなっているくらいです。このタクシー業界がいま、空前の不景気に苦しんでいるのです。

 なぜ、そうなったか。景気が落ちこむとタクシーの利用者が減ります。すると、一台当たりの売り上げが減ります。タクシー会社は売り上げの減少をカバーするために、タクシーの台数を増やします。すると、ただでさえ少ない客を、多くなったタクシー同志が奪い合うことになります。結果として、ますます一台当たりの売り上げは落ちこみます。あとはこの繰り返し。

 もうひとつの例。東南アジアでは、ゴムの木を栽培して天然ゴムを採取しています。ところが天然ゴムは現在、世界的に供給過剰でありまして、値段がどんどん下がっています。すると労働者はそのぶんを数でこなそうと、毎日一人で1000本のゴムの木に傷をつけ樹液を集めるという、重労働をするのです。これまた、結果的には供給過剰に拍車をかけてしまうのです。

 これが、みんなが頑張れば頑張るほど、不況が深刻化する仕組みなのです。私はこれを「頑張りスパイラル」と呼んでいます。この原理は、多くの製造業や販売業で当てはまります。単価の落ちこみを増産でカバーしようとすると、こういう悪循環におちいるのです。

 つまり、みんなが目一杯に頑張ってしまうと、全員共倒れになる危険性があります。だれかが脱落してホームレスになってくれたおかげで、残った人が食いつなげるわけでして、勝ち組の人は、負け組の人に感謝しなければいけない立場にあるわけです。それなのに、なんですか。いうにこと欠いて、ホームレスが昼間っから怠けている? まったく、近頃は自分勝手な日本人が増えたもんだ。(エラそうな顔で)

●「働かざる者、食うべからず」の起源

 国や都道府県、市町村などには、ホームレスを援助したり、貧しい人に生活保護を受けさせたりする義務があります。これは、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と憲法に定められたことを実行しているのです。

 ところが、これを不服に思っている人がいるのです。「怠け者を税金で助ける必要はない。そんな連中がくたばったところで、自業自得だ。働かざる者、食うべからずというではないか」と。

 働かざる者、食うべからず。よく耳にする言葉です。なんだか、どえらい昔からある金言・格言のひとつと思われがちですが、じつは日本人がこんなことをいい始めたのは、明治以降のことなのです。少なくとも、江戸時代以前にこんなことを口にした日本人はいません。なぜなら、江戸時代にこれを口にしたら、お上に引っ立てられていたでしょうから。

 なぜかといえば、この言葉、聖書の中の一節だからなのです。もし、江戸時代に「働かざる者、食うべからずだ」などと口走ったものなら、「きさま、隠れキリシタンだな! 引っ立てい、改宗せねば、打ち首獄門じゃ!」というハメになったはずなのです。

 新約聖書の「テサロニケ人への手紙」の中で、パウロが宛てた手紙に登場するのが、「働かざる者、食うべからず」の言葉です。文献中に見られるうちでは、これが最も古いようです。このパウロさん、キリストの孫弟子くらいにあたる人で、やたら手紙ばっかり書いてた筆まめな人です。ただし、この言葉のコピーライトがパウロにあるかといいますと、それは疑問です。当時そのへんで使われていた言葉を、自分の手紙に引用した、と考えるのが自然です。(ちなみに、聖書で「なになに人」というのが出てきたら、「なになにびと」と読んでください。「なになにじん」ではありません。)

 日本では明治以降に、西洋文化とキリスト教にかぶれた人たちが「働かざる者……」といい出したのです。

●そして怠惰は罪になった

 宗教というものはすべてそうなのですが、教祖が死ぬと、弟子たちの中で権力を握った物が都合のいいように宗旨を変えていきます。キリスト教も例外ではありません。独断と偏見をどんどん拡大させていき、人間を救うどころか、人間を差別化し、おとしめることばかりに熱心になります。

 12世紀ごろ、ヨーロッパのある教会が作成した「卑しい職業ブラックリスト」を見てみましょう。宿屋、肉屋、吟遊詩人、内科医、外科医、兵士、売春婦、商人、職工、菓子屋、庭師、税関吏……。簡単にいいましょう。要するに、聖職者と農民以外は全部、怠惰で傲慢で卑しい職業とされたのです。なんとも自分勝手な物の見方です。働かざる者どころか、働いてても蔑まれるのですから、どうしたらいいのやら。でも、われわれ現代人がこれを笑えるでしょうか。自分以外の人間はみんなラクしてる、とたいした根拠もなく憤慨してる人は、けっこういますよ。

 今村仁司さんの著書によれば、西欧で怠惰や乞食が法で罰せられるようになったのは、13世紀以降のことだそうです。14世紀、ルネサンス期になると、アルベルティーなる人物が「時は金なり」というキャッチコピーを考え出します。神の所有物であった時間を、人間が労働のために売り買いするようになったのです。労働者が時間で管理されるようになりました。ルネサンスというのは、人間性の尊重、個性の解放などを目指した文化の革新運動だったはずです。でも、尊重・解放されたのは金持ちだけで、貧乏人は皮肉なことに、一層キビシク管理されるようになったのです。

●江戸時代、日本人はフリーターだった

 さて、舞台を日本に戻しましょう。フリーターという言葉が流行、定着したのは、1987年ごろのことでした。それまではアルバイターなどと呼ばれていたようです。それより、日本では、おばちゃんのアルバイトだけをパートといって区別する習慣があるのですが、これはなんとも不思議です。英語だと全部パートタイムですね。この辺には、なにか民族学的な理由が隠されているのかもしれませんが、それは専門家の研究を待ちましょう。どんなささいなことにも噛みついてくるフェミニズムの人たちが、これを女性差別だと騒がないのも、また謎のひとつです。

 言葉そのものが比較的新しいため、そういう人種も最近登場したものと思われがちです。新しいものは、常に叩かれる運命にあります。運命といえばベートーベンですが、彼の音楽も当時は、やかましいだけのクズ音楽、と酷評されていたのです。まるでジャズやロックが誕生した頃のように。

 新しいものを疎んじる守旧派のみなさんに、残念なお知らせがあります。フリーターは江戸時代から存在した、由緒正しい生き方なのです。

 杉浦日向子さんの『一日江戸人』によれば、江戸時代、生粋の江戸っ子の中には定職に就かない人間がずいぶんいたということです。結婚して子供がいる男でさえ、食う物がなくなるとひょこっと町に出ていって薪割りなどをやって日銭を稼いでいました。まさに食うために必要なだけ働くという生き方ですね。

 そういってもまだ信じない人がいると困るので、この話の裏を取るために、別の資料も参照しましょう。江戸時代には人別帳といって、いまでいう住民票みたいなものが作られていました。南和男さんの『幕末江戸社会の研究』に、様々な例がわかりやすく解説されていますので、それを使います。

 慶應元年(1865年)、麹町12丁目。143人の戸主(世帯主)のうち、38人が日雇い仕事で暮らしていました。約26%です。同年、四谷伝馬町新一丁目では96人中13人で14%。こちらは住民に武士が多い土地柄なので、数字が低くなっています。慶應3年、宮益町では172人中69人で40%にものぼります。さすがに現代の日本で、世帯主の4割がフリーターという話は聞きません。江戸の世では、結婚してもフリーターでいるのがおかしくなかったのです。

 そもそもこういう生き方が可能だったのは、江戸時代の職業が非常に細分化されていたせいなのです。先ほどの資料の中から、日雇い仕事だったものの内訳をあげてみましょう。時の物商売、按摩、車力稼、日雇稼、鳶日雇、棒手振、賃仕事、などです。時の物商売というのは、季節ごとの商品をかついで町中を売り歩く商売です。朝、親方のところに出掛けていって、物売りをやりたいんですけど、といえば、まったくの未経験者でも道具一式を貸してもらえ、すぐに始めれられるというものです。そうとうにいいかげんな商売です。時代劇によく登場する駕籠かきも、日雇い仕事のひとつだったのです。

 当時、世界的にも非常に人口の多かった江戸という都市では、仕事を細分化することでワークシェアリングが実現されていたのです。そしてアルバイトが職業、生き方のひとつとして認められていました。現代のオランダが導入して成功し、オランダモデルと呼ばれるようになった雇用対策が、江戸の町ですでに行われていたのです。日本は雇用形態の先進国だったのです。日本人はこの歴史的事実を世界に誇るべきです。

 ついでに、大工や商人のような、長年の修行が必要な職業についても触れておきましょう。江戸時代の職業観、労働観は、現代とはかなり異なっていました。大工にしても、毎日真面目に働くということはあまりなかったらしく、みんな自分の懐具合に応じて仕事に行ったり休んだり、適当にやっていたのです。大工は雨の日は仕事にならないというのはいまも同じですが、江戸の大工はもっとわがままです。夏場は暑いといっちゃ休み、冬場も今日は寒いからやめたとか、悪くいえば怠け者ですが、良くいえば人間らしい生き方であります。こういう偉大な先祖を持つ日本人は、やはり素晴らしい民族です。

 いまでいう大手商社のサラリーマンが、大店の奉公人です。でも当時は終身雇用制度はなく、一生勤めあげるのは番頭とかほんの一握りの出世頭だけでした。その他大勢はどうしたかといいますと、ある程度仕事をおぼえると独立したのです。家族を養っていけるだけの稼ぎをあげられる小商いをやっていければ、十分だったのです。滅私奉公などという非生産的な労働形態は存在しなかったのです。会社に奉仕することしか能のない現代のサラリーマンのみなさん、昔の人に向上心と独立心を学びましょう。江戸時代はベンチャー起業家精神にあふれていました。これまた、現代のビジネスモデルを先取りしています。日本人に生まれたことが誇らしく思えてきますね。

●事実はひとつ、解釈は無数

 江戸時代の町人たちは、経済発展などとは無縁でも、適当に楽しく暮らしていたのです。日本人がもともと勤勉な民族だったというのがウソッパチであると、納得していただけたことと思います。古くは、平城京建設に駆り出されたものの仕事がつらくて逃げ出した人たちがいました。それがあまりにも多かったので、取り締まる専門の役所が必要だったくらいです。当時の大人たちも、「近頃の若いやつらは、仕事がつらいからって、すぐにやめやがる」となげいていたのです。

 しかし今回私は、資料を見つけるのにけっこう苦労しました。それは私が日本史の専門家でないせいもあります。でもそれにしても、です。職人や商人の生き方や長屋の暮らしぶりなど、真面目な町人の生活についてかかれた資料は山ほどあるのです。反対に、最下層の貧民や犯罪者に関しての本にも事欠きません。問題は、その中間です。違法とまではいかないけれど、不真面目でいいかげんなフリーターのような町人が少なくなかったにもかかわらず、そのことに触れている資料はごくわずかしかないのです。

 その理由は明らかです。江戸時代に関する資料や本を執筆した人たちが、日本人勤勉神話に洗脳された現代人だからです。しかもそのほとんどは中高年なのです。彼らはこどもの頃から日本人勤勉神話を教えこまれ、それを美徳として育ってきました。ですから、自分の常識からはみだしたものは、見たくもないし、調べもしないし、書きもしません。職人や商人が一人前になるまでどれだけ苦労したか、なんて話は現代の労働美意識と合致するので喜んで書きますが、その日暮らしを謳歌していたという事実は、労働美意識に反するので無視します。歴史的事実はたったひとつですが、歴史の解釈は、のちの世の道徳・倫理観によって異なるという見本です。

 というところで、今回はここまで。この続きは次回。

今回のまとめ

頑張れば頑張るほど、不況は悪化します。
「働かざる者、食うべからず」は、明治以降に日本に輸入された言葉です。
怠惰を罪にしたのはキリスト教と西欧の金持ちです。
江戸時代、江戸の町人の3割はフリーターとして気ままに生きていました。



第7回
続・日本人は勤勉ではない
~本当に新しい歴史教科書・PART2~
お知らせ

 この回の内容は、『反社会学講座』(ちくま文庫版)で加筆修正されています。引用などをする際は、できるだけ文庫版を参照してください。

●甘ちゃんだった明治っ子

 江戸時代まで、日本人はさほど勤勉ではなかったというのが、前回の結論でした。これは歴史的事実ですので、異を唱える余地は、まったくありません。日本人は昔から勤勉な民族だった、とする過去の歴史認識こそが、捏造された史観だったのです。

 人間らしく、身の丈を知って、平和に暮らしていた日本人が、いったいいつ、どのようにして変貌していったのか。今回は、その歩みを明治から高度成長期まで追っていきたいと思います。

 明治の詩人、萩原朔太郎の『孤独者の手記から』には、こうあります。

労働の讃美は、近代に於ける最も悪しき趣味の一つである。
 江戸時代にはほとんど見られなかった労働の讃美が、明治時代に始まっていたことを示す一例です。ご存じの通り、明治政府は富国強兵政策を打ち出し、国の発展を最優先事項にしました。基本的には、工場で製品をどんどん生産し、輸出して儲けるという仕組みです。当時は、内需拡大しろ~などと余計な口出しをしてくる外国人がいなかったので、好きなだけ邁進できたのです。

 しかしこのためには、当然のことながら低賃金の労働力が多量に必要とされます。ここにおいて、江戸的な個人の自由裁量に任せた労働形態が、終止符を打つのです。江戸時代までは有効だった、今日は暑いから休みにしよう、なんて考え方をみんながしていたのでは、生産性ががた落ちしてしまいます。

 アメリカの白人は、この問題を解決するために、アフリカから黒人を連れてきて奴隷として働かせるという荒技を考えました。しかし残念ながら明治時代、すでにアメリカでも奴隷は解放されていました。がっかりした明治政府は、日本人を奴隷化することにしたのです。それがつまり、教育です。こどもの頃から、勤勉さこそが美徳であると、叩きこむようになったのです。

 これはわりと簡単なことでした。すでに日本人には、金に執着しないのが美徳だ、との考えが浸透していました。なにしろ「宵越しの金は持たねえ」が江戸っ子の心意気だったのですから。あとは、労働の素晴らしささえ刷りこめば、低賃金重労働を尊ぶ理想的単純労働者の出来上がりです。

 もともとが素直な日本の民衆は、すっかりのせられてしまいました。ところが、はた、と気づくのです。おや? 江戸時代よりいっぱい働いて収入も増えたのに、なぜ前より生活が苦しくなったんだ?

はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る
 萩原朔太郎と同時代の歌人石川啄木の歌です。江戸時代には、こんな内容の詩や歌はほとんどなかったはずです。富国強兵政策は、文字通り国だけが富んで国民にはなにも恩恵をもたらさなかったのです。

 ただし、ここで念のためいっておかねばならないことがあります。石川啄木はずいぶん悲愴感漂うことをいっとりますが、彼自身が貧乏だった理由は、芸者遊びが大好きだったせいなのです。啄木は友人から借金してまで、芸者遊びのどんちゃん騒ぎに明け暮れていたとのことで、いいかげん野郎の代表選手みたいな男です。同情や尊敬は不要です。むしろ、日本ダメ男列伝に列せられるべき人物なのです。

 貧者がいれば富者もいるのが、世の道理。なにしろそれまでが鎖国していて経済発展なし、ゼロ成長だったのですから、明治には爆発的な経済発展がありました。成金が登場します。日清・日露戦争を経て、さらに金持ちは太ります。第一次大戦では、日本は軍需景気に沸きかえったのです。

 ついでにいうと、戦争を始めた理由を、正義や大義に結びつけて語られることがままあるのですが、すべてでたらめです。戦争を始める理由はたったひとつ、金です。金持ちケンカせず、というのは事実無根で、戦争は常に金持ちの莫大な利益を守るために行われるのです。そもそも戦争には巨額の資本金が必要なのですから、貧乏人が戦争なんかできるわけがないのです。

 そんなわけで、明治時代は金持ちにとっては素晴らしい時代でした。その時代に生きた彼らは現在、日本の最高齢者層になっています。俵孝太郎さんは、その老人たちに対し、かなりきびしい指摘をしています。いわく、明治の末に生まれた彼らは、1920年代の青春期に第一次大戦後バブルを謳歌した、元祖新人類である、と。当時、明治生まれは「明治っ子」といわれ、苦労知らずの甘ちゃん扱いされていたのだそうです。しかもいま、自分たちはろくに納めもしなかった年金を、たっぷり受け取っているし、老人医療など、至れり尽くせりの福祉を享受してる虫のいい人たちとのことです。

●イヤな仕事はすぐやめた若者たち

 時代は跳んで戦後の高度成長期。高度成長期とは、第二次大戦後から昭和47年までのことです。47年で終わったのは、翌年のオイルショックが原因です。それまでずっと続いていた経済発展が、戦後初めてマイナスに転じました。

 おじさんたちが「昔はよかった」という場合、それは高度成長期を指します。年功序列が原則なので、能力主義とは無縁です。めざましい活躍をしても、二階級特進したりはしません。それでも基本的に終身雇用ですから、普通に適度に働いていれば、上司にハッパをかけられたりはしましたが、クビになることはないし、給料だって毎年上がります。多くのいいかげんな人たちにとっては、夢のような時代だったのです。

 しかし、その陰には暗い事実もありました。当講座の第2回で明らかにしたように、現在の6倍もの少年凶悪犯罪が起こっていました。実際、当時の新聞を読むと、社会不安を憂う内容の記事の多さに驚かされます。でも、カネの力とは恐ろしいものです。景気が良ければ、だれも文句はいいません。所得倍増は、社会不安の口止め料だったのです。

 日本人は勤勉なので、戦後の焼け野原から驚異的な回復と発展を遂げたのだ――これは、「昔はよかった名言シリーズ」の中でも、最も好まれるもののひとつです。でもはたして、本当に高度成長期の日本人は真面目で勤勉だったのでしょうか。

 ここに、『証言・高度成長期の日本』という資料があります。これは、当時の状況を冷静に振り返った証言がつづられている、貴重な資料です。日本人は昔から何ひとつ変わっていない、進歩も改革もないことがはっきりします。

 たとえば、昭和30年代、すでに学力低下の兆しが見えていたこともわかります。工業大学が、物理・化学を履修していない受験生が多くて困ると高校側に訴えているのです。日本の学校教育は、以来ずっとちぐはぐなままで現在に至ったようです。

 そんなことより、勤勉さの検証です。加藤日出男さんはこう語ります。昭和40年代には店員や職人の給料がもの凄い勢いであがりました。そのため、苦労してつまんない職場にいるのはバカらしい、といって、イヤな職場はすぐにやめる人が多かったのです。

 また、こんな話もあります。農家の息子が家を継ぐのをいやがります。父親は「ばかやろう、農家をやらないのか」と叱りますが、息子は都会へ出ていきました。数年後、息子が帰郷すると、父親は農業をやめて、ドライブインのオーナーになっていました。

 勤勉の象徴であるはずの農家でさえ、土地を売ってガソリンスタンドやレストラン経営に鞍替えする例が少なくなかったのです。

 イヤな仕事はすぐやめて、楽そうな仕事、おもしろそうな仕事に就く。これは、いまに始まったことではないのです。捏造民族観に洗脳された方は、この事実を不愉快に受け取ることでしょう。しかし、私の提唱する「人間いいかげん史観」に則れば、当然のこととして理解できるのです。イヤなことをやめるというのは、人間の本性です。自然な姿です。そこには自然淘汰の力がはたらいているのです。

 たとえば、カリスマ美容師を志す若者は大勢いますが、その大半は途中でイヤになってやめてしまいます。それをとやかくいっても始まりません。仮にもし全員やめずに残ってしまったら、日本中美容師だらけになってしまい、人口1人当たり1.5人の美容師がいるなんて事態にもなりかねません。これはこれで困った世の中です。

●日本人は高度成長期に魂を売った

 高度成長は本当に日本人の実力によるものだったのでしょうか。昭和25、6年には朝鮮戦争による特需がありました。31年にはスエズ戦争。40年頃はベトナム戦争桜田武さんの談――「他人の不幸によるもうけですな。決してほめたことじゃないですよ」

 さらに桜田さんは分析します。1・戦争特需。2・石油が安かった。3・軍事費がただだった。この3つが重なって、高度成長を支えたのです。なんてことはない、日本はむちゃくちゃ運がよかっただけなのです。下駄を履いた状態でスタートできたのですから。

 高度成長期ファンクラブのみなさんからの反論。「運がよかったのは事実だ。だが、勤勉さと実力があったからこそ、運をつかんで活かすことが可能だったのだ」

 そうでしょうか。現在、日本中で鉄筋コンクリート建築が崩壊の兆しを見せています。小林一輔さんの『コンクリートが危ない』によれば、そういった手抜き工事のほとんどが、東京オリンピック(昭和39年)以降の高度成長期に作られたものだとのことです。材料をケチり、工期を短縮し、ただひたすら純利益をあげることにのみ邁進する。これが高度成長期の「勤勉」の正体だったのです。どんなインチキ仕事でも、やっつけ仕事でも、数さえこなして金が儲かりゃいいんだ。会社は慈善事業じゃねえんだよ――

 高度成長期とは、職人気質がカネの力に負けた悲しい時代でもあったのです。

●人間いいかげん史観

 私は、基本的に人間というのは、いいかげんで適当で間抜けな存在だと考えています。だからこそ人間という生き物はおもしろいのです。近頃の小説やテレビドラマには、前向きにがんばる真面目人間ばかりが出てきて、必ず努力が報われる結末になります。そんなものを見て、なにがおもしろいのか、私にはさっぱりわかりません。むしろ、それこそ石川啄木のように、めざましい業績も残すけど、じつは二枚舌でいいかげんなやつみたいな、そういう変わったキャラクターが出てくるのが、フィクションのおもしろさ、豊かさなのですが。道徳的な型にはまったキャラクターにしか感情移入できないのは、現代人の感性がにぶってきている証拠です。

 「人間いいかげん史観」によって歴史を見ないから、多くの歴史家や有識者歴史認識を誤り、互いの解釈をめぐってギクシャクするのです。「新しい歴史教科書」問題もそうです。擁護派、反対派、両者ともに頭が偏見で凝り固まっています。彼らは、昔の日本人を偉人か犯罪者のいずれかに決めつけようとして争っているのですが、なんともバカげた論争です。どちらでもありません。昔も今も人間は等しくいいかげんなのです。

 というわけで、前回と今回の講義は、「人間いいかげん史観」に基づいて歴史を見てみようという、いままでにない試みでした。日本人はもともと勤勉な民族なんかではなかったのです。そして現在もそうですし、未来永劫変わらないと思います。明治以降に捏造された日本人像にとらわれ、余計なプレッシャーにさらされ続けることで、日本人の生き方はゆがんでしまったのです。

 ここいらで認めたらいかがですか。日本人はいいかげんな民族なのだ、と。そして、そこからまた始めるべきです。がむしゃらに働き、敵を食い尽くすという欧米の白人エリートのようなやり方は、日本人の体質にはマッチしないのです。だって、休暇もそうじゃないですか。白人は何週間もまとめてガッととりますが、日本人はそのやり方に馴染めません。週休3日くらいのペースで、適度にちびちび働き続けるのが、日本人の性格に合っているのです。

 昔はよかった。たしかにそうです。西洋文明のサルまねを始める以前の日本人の生き方は、本当に素晴らしかったのです。

今回のまとめ

明治時代に、日本人は勤勉と奴隷労働の区別がつかなくなりました。
明治生まれの人と現代の若者は、苦労知らずの甘ちゃんという点で似たもの同士です。
高度成長期の若者も現代の若者も、イヤな仕事をすぐやめる点では共通です。
高度成長はたまたまラッキーだったのです。
高度成長期に、日本人は職人気質を失いました。
人間はいいかげんです。
昔はよかった。



「谷本真由美 - 2015 - ?Business & Economics
ごく少数の、奇想天外な発想をする優秀な人々は、自分のアイディアを実現できる国や街を好んで移動していきます。海外メディアで指摘される日本の失敗は、国際機関の定期的な調査でも明らかになっています。起業家というのは、社会に仕事を作り出す人々」

Q.94 日本の社会福祉に一言。(法律、教育、行政など)
米国隷属の戦後政治は、終わる。愚民化した日本人よ覚醒せよ!

Q.11 どんな分野の仕事をしていますか? アスペの人に向いている仕事(職種)って、何だと思う?
技術者(設計設計) 職業は人それぞれの好みがある


「砂上の楼閣」とは、砂の上に建てた楼閣は、見かけは立派に見えるが、土台が弱い為、風雨や波によって脆くも崩れ去るという例え


鑑 定 の 虚 構 と 愚 か し さ


町 人 鑑 定

 昔、桑名松平家の家中では、武士の刀剣は必ずお抱えの刀匠及び研師に見させて、けっして町人鑑定者には見させない厳しい法度
があった。
 今日では、刀の姿、地紋、刃紋の具合を見ただけで、これは何々だとあっさり云うことを鑑定の仕方だと思っている者が多い。
 所詮入札鑑定と云うが、刀屋の卵を養成する町人道であって、武士の道ではない。

 昔は他人の差し料を見て、一見何々だろうという事は、禁中の禁、無礼中の無礼とされて居た。
 本阿弥家というのは、古来からこうした態度であったと見えて、近衛三藐院信尹(さんびょういんのぶおさ)公が、その頃有名であった光悦
の軽率な鼻柱をくじいてやろうと、密かに京の鍛冶に命じて、所持の短刀を寸分に模造せしめて置き、ある時光悦がやって来たの
で、これを極めよと云って出した。
 すると本阿弥がちょっとそれを抜いて見るなり即座に「正宗です」と云ったので、こっぴどく叱りつけられて当分出入りをさせな
かった事が「橘窓自語」及び他の二三の書に書き残されている。

 水心子正秀がある刀の模造をした事があった。
 果たしてその作に見えるかどうかを試みる為、無銘のまま中心に古い錆をつくり、当時鑑刀で名高かった鎌田魚妙に見せたところ、何々という折り紙をつけた上に誉(ほ)めあげたと言うので、水心子が弟子と顔を見合わせて笑ったという事を彼の手記で見た。

 嘗(かっ)て水戸義公から扶持(ふち)せられた刀匠大村加卜(かぼく)が、粟田口久國を模造して佩刀中、明暦の大火で焼き身となり、これ
を古備前に焼き直した物を偽物師正信小右衛門が五両で買い取って本阿弥光温に見せたところが、光温は「此の刀は久國の思い寄り
はあるが見た處古備前なり」と云って、代三百五十両と折り紙つけた事、及びその越中則重の模造を白銀師勘兵衛が買い取り、更に
某家の家老安藤氏に七両で売った物が、同じ本阿弥がこれを則重と鑑定して一躍名刀の列に入った事等が彼の手記に残されている。
こうした実話は幾らでもある。刀というものは一寸見て本当に解るものではない。
 故今村長賀翁ですら、贋物師かじ平が明治二十年頃鍛えた虎徹の偽物を本物と鑑定した事さえある。

「百草屋(もぐさや)老人語」の中に、「本阿弥家で無銘の刀に誰彼と中心(茎)に象嵌(ぞうがん)銘または朱銘を入れ、或いは無銘そのまま
でも折り紙を出すのは一向の拠(よ)り所もなき無益の所業である。
刀の造りたる人と交わりて其の作りの刀を目に見慣れてすら、出来口の違いたるに至っては目利(めきき)の違う事もある。
 まして、日本国内上古より今に至る迄幾千万という刀鍛冶の作を、誰か確かに見定むべきや。
 本阿弥が家にて、これは正宗が掟に似たり依って正宗に極む、これは貞宗の押形に似かように依って貞宗と定まる、というような
事でほんの当(あて)推量である。
 其の証拠には、是迄志津の極めのついた刀などを高位の人か富家かが手に入れて折り紙を隠し、本阿弥の目利にやれば、謝礼の多
きにつれて正宗にも貞宗にもきまる。
 無銘は無銘でも其の刀さえ良ければ、誰作と極めずとよいのであるのに、作名がなければ刀が役に立たぬ様に心得ているのは笑う
べき事である」という意味の事があった。
1
正 宗 刀 と は


 嘗(かっ)て皇室の御物御蔵刀鑑定に参与した斯界(しかい)の権威者今村長賀という人が、明治29年、「在銘及び真性の正宗と信用すべ
き物は一つもない」と読売新聞紙上に発表して、「正宗抹殺論」にまで発展し、爾来(じらい)正宗という人間と刀の“有無”が議論さ
れ、やがて半世紀に垂(なんな)んとする今日になっても、未だに本当の鳧(けり)がつかずにいる。

「注進物」(昭和16年から629年前、正宗50歳の時)に「政宗、備前三郎國宗ガ子、後ニ銘ヲカヘタリ」とある。
 備前三郎國宗は、粟田口國綱と共に相洲鍛冶の創始者であるところから、(政宗が)正宗同人と断定して差し支えない。
 慶長以前に判明している事は、当時「政宗は一名正宗」で通っていた事、五郎入道と称した事、備前三郎國宗の子か又は國宗の弟
子の國光に師事し、行光とは相弟子で、刀の作風は大たはなる乱れ焼であった事だけが明らかで、且つ名匠として知られていた事は
確かである。以上が慶長以前の文献の總てから得られる正宗の情報である。

 正宗の刀が、鎌倉北条氏中期に出現しながら、其の後の諸戦争に武功記や物斬り話しの出ていないのは不思議である。
 そんな事を考え合わせて、正宗は、鉄と水と技術を求めて生涯の大半を全国遊歴に送り、其の作刀は当時極めて少数であり、其の
時々の変名で銘を打ち、正宗と称したのは晩年の事であり、且つその作刀は殆ど指を屈する程ではなかったろうか。
 正宗を粉飾作為した張本人は、万事に抜け目の無かった豊臣秀吉石田三成で、その手先となって活躍したのは、足利幕府の御刀
所に勤仕していた本阿弥光刹・光徳父子であった。



 日本刀に研磨の美が現出したのは、足利時代に入ってからの事で、そうした発明者としての本阿弥氏の功績は刀剣鑑定法の伝統的
記載學の完成と共に不滅の足跡を残したが、太閤の手先に踊って、正宗一類を製造乱発した事だけは、功績と切り離して検討決別し
なければならない。

 四囲の事情から推して、鎌倉時代の刀は、かすかに地肌や焼がわかる程度であったろうと思われる。
 足利時代初期までの大部分の日本刀は、今日のように、鏡の如くに研磨された物ではなく、俗に鍛冶屋研といわれた粗雑な物に多
少手の加わった程度(白研ぎ)のものらしく思える。
 だから、正宗の頃などは、地肌、鉄色、沸、匂、刃文等の美を意識的に作った物では無かったのだが、足利中期から末期に至り、
研磨の術が進歩して来て、綺麗に仕上げて見ると、偶然にも正宗の刀が異彩を放ち、古来名工中第一位の美術刀となって現れたか
ら、そこえ目をつけたのが一因となった。
 研磨の功によって顕現された正宗が一躍刀の王とされたのは、天正十四年に秀吉が太政大臣となり、豊臣の姓を賜うてから慶長三
年に死去する迄の平和な九年間がその一期であって、此の間に正宗の新系図及び伝記の原型が作成され、本阿弥光徳は正宗掘り出し
に都合の良い相洲伝鑑刀の掟三十ケ條を定め、盛んに似通った刀を集めては正宗をつくったが、本阿弥の掘り出し正宗だけでは事欠
くに至って、國廣をして正宗を偽作させた。弟子の出羽大掾國路も同様に担当させた。
 
 であればこそ、慶長を境として正宗が素晴らしい勢いで声価を上げるに至ったもので、それ以前の正宗にも増して、粉飾作為がそ
の素性にまで及んだのもまた止むを得ない事と思われる。實に、正宗歿後約二百五十年後に突然降って湧いた話しである。

 何が故に秀吉が正宗に目を付けたかと云うに、足利以降豊臣時代にかけては、武功の将士に恩賞として土地を濫賞した結果、もは
や余す所の寸土も無きに至ったので、窮余の一策として刀剣の恩賞が重視さるるに至ったのである。
 たまたま研磨の発達から正宗が有名になり、手当たり次第に華美壮麗な刀を探し出しては、諸大名の刀剣知識に暗いのを奇貨(きか=もっけのさいわい)として恩賞刀としたのであったが、此の政策が図に当たって、正宗の名が天下に宣伝されるに至ったのである。
 本阿弥家は正宗刀3,000振りと云うが、全部無銘であって、正真銘は一振りも確認されていない。
 武器に銘を打つのは「延喜式」朝廷の掟である。正宗程の名工で、朝命に反して銘を入れない事は受け入れられない。
 本阿弥一類十二家でやった正宗の公然の折り紙、内々の小札等は3,000振りを遙かに超える。
 一家一代で2~30振りの折り紙を出しただけでその數である。
 同時代、備前、城州、武州、備後に正宗と称する刀工は十数名いた。この刀匠達は不思議に作風が似通っている。
 当時の作刀は最短21日(鋼材から卸すと更に必要)掛かるとして、この3,000振りを完成するには、172年を必要とする。
 正宗は81歳で死去しているから、生まれて一日も休まずに作刀したとして、死後、尚 91年はあの世で作刀したことになる。
 慶長以降、鑑定公許が本阿弥一家の独占であった。この事から本阿弥家折り紙が如何なる物かが窺える。

筆者注 成瀬関次氏は「実戦刀譚」の中で、膨大な古文書を駆使して37ページに渡り正宗を論じている
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鑑 定 の 疑 問


 足利幕府に使えた本阿弥家は研ぎを通して刀身の姿や地刃を帰納法で体系化したのであろうが、刀匠に確認したものはいざ知ら
ず、室町末期から遡る何百年間も前の刀匠銘や、直接本人に確認出来ない刀匠銘をどうやって真正と見極めたのであろうか。
 素朴な疑問である。
 同一刀匠といえども時代の環境変化で鋼材も変われば技能も変化するであろう。
 一生かけて作風や銘を全く変えなかったとは信じ難い。
 作風一つをとっても刀匠の数とその組合せは無限に広がる。利刀も鈍刀もあったであろう。これを見極めたのならとても人間技と
は思えない。恐らく、超能力者か神様だったのだろう。どうしても呪術、占い、八卦の世界と重なってしまう。

 現物の刀身を目の前にして姿や地刃を見るのに銘が如何ほどの意味を持つのであろうか。
 刀の偽名は常識であり、判断の元となる銘が不確かなら銘の鑑定自体が無意味である。
 その銘に依る格付け自体にも疑問が付きまとう。
 その為に、銘の生半可な知識を持てば刀身を見る目が逆に曇るという弊害を引き起こす。銘で刀身を判断するのは百害あって一利
もない。刀身の現物こそが総てであって、それ以外の雑音は邪魔ですらある。無銘で構わない。

 山田英研師の言う「日本刀禅的鑑賞」とはそうしたことを含んでの示唆のように思える。
 茎の銘に拘らない人には刀の透明な見方ができる。刀身が語りかける素性と内容を素直に感受できる。
 刀剣界が創り上げた鑑定寓話の蟻地獄から脱出しないと、刀身の真の姿は掴めないように思うのだが・・・・・。

3
千 代 鶴 是 秀 の 刀


 「洋鉄考」で記した千代鶴さんの逸話である。天田刀匠(人間国宝)が感銘を受けた小刀の作者である。
 刃物製作にはスウェーデン鋼を使った人だが若い頃は玉鋼を使ったという。
 千代鶴さんは明治三十三年の刀剣会(後の中央刀剣会)に刀を出品した。
 当日、公開鑑定会を傍聴に行ったところ、鑑定員の間で次のような遣り取りがあった。

 本阿弥琳雅・・・「備前伝の作風だが、新作刀のようじゃないところがあります」
 松平頼平子爵・「あたしの考えでは、これは無銘の古刀に今の人が銘を切ったもので、出品者が我々の鑑定力を試されたように思
 いますな」
 と最後に言った。
 「そういう物なら、この作は出品作として記録には留めない事にしょう」と誰かが言い足し、千代鶴の新作刀の合評はそれで終わ
った。

 千代鶴さんは後年、楠瀬日年先生に、刀工の家に生まれながら刀を鍛(う)たぬ所以を尋ねられ、上記逸事を物語った後、「あたしはこの時以来、刀を鍛っておりません」と締めくくったという。(白崎秀雄著「千代鶴是秀」より)

 千代鶴さんが50年も前に生まれていれば、間違いなく幕末の名刀匠になっていたと天田刀匠が評した人である。
 これは、刀剣界の愚かしさと空しさに対する千代鶴さんの無言の反抗であったと云える。

 これらの例は、美術刀剣界の実態を端的に浮き彫りにしている。刀の評価や鑑定は将に「砂上の楼閣」と言えよう。
 現代も尚、某財団法人を中心に、刀の架空の価値を高める為に「折り紙」が乱発され、利権に群がる連中が血眼になって「泡沫(バブル)」を追いかけ廻している。
 刀剣に趣味を持つ人達が賢明にならない限り、この空しい鑑定遊技は終わらないだろう。



中乃井みあき/東北の科学@nakanoi_miaki
瞑想で得た知識ですか @asagi126 これくらいの高性能の装置が既に公的に投入されていたことを考えると イルミナティの持っていた秘密兵器や科学技術がそれの100年先をいくような桁違いの技術であることは想像に難くない。 そもそも人工地震とかHAARPだって半世紀前の技術なのだし
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2014年05月05日 15:07:50
中乃井みあき/東北の科学@nakanoi_miaki
@azkdeathcore @kemukemman @ken2001ken 陰謀論やオカルト調べるなら、リアルな日本社会とは全く無縁なイルミナティなんぞより、神道系の団体調べるほうが面白いですよ。なんせ意外と身近なところに信者がいたりしてリアルさが全然違うからw


中乃井みあき/東北の科学@nakanoi_miaki
ユダヤヘイト大好きなユダヤ陰謀論マニアは、何故かロシアのプーチン大統領を反ユダヤ、反イルミナティの旗手として持ち上げることが多いけど、クリミア編入も反欧米の行為だから高く評価して、欧米の抗議はは批判するのが正しいという立ち位置なのかな。

苫米地英人が宇宙人技術だと豪語する100年先の核融合!!ロックフェラーが化石燃料事業から撤退をする理由が明らかに!!


その後も2世紀後半には,進んだ鉄工技術と太陽祭祀をもつ朝鮮人集団が断続的に日本に渡来し,3世紀の大和政権は彼らに媒介されて朝鮮南部(辰韓弁韓など)産出の鉄を確保し,鉄工技術を独占して勢力を拡大していった。


ユダヤ米国がキューバと急速に国交回復を進めたのはがんワクチン潰しか。ユダヤ米国の行動に悪が潜んでいると云う悪い考えの癖が付いた今日この頃。

米・キューバ がんワクチン実用化へ協力



【ニューヨーク=東條仁史】米国の老舗のがん研究施設であるロズウェルパークがん研究所と、キューバの分子免疫学センターは、肺がんの治療ワクチン実用化で協力することで合意した。米国とキューバの歴史的な和解が進む中で、具体化した。
この最新ワクチンは、キューバ側が開発。今回の合意により、臨床試験を米国でも行うことになった。
社会主義国キューバは、ワクチン開発に関する世界的な先端技術を持つ医療大国。一方、米ニューヨーク州に本拠を置く同研究所は、米国初のがん研究施設として一八九八年に設立された。両国の医療研究機関が連携することで、がん関連のワクチン開発に弾みをつける。



 江戸時代の日本というのは連合国家である。「藩」というのは幕府に従ってはいるものの、一個の「国」と受け取っても問題のない性格のものである。
(中略)
すなわち、藩は一個の国家であるから、外国との交易は本来自由である。しかし、江戸幕府に従属しているという状況から幕府の命令には従わざるを得ない。実は、江戸幕府による鎖国の真意の一つめとしては、実は国内における海外貿易を出島に限定させることにより、幕府が海外貿易を独占しようとしたということにある。海外貿易は、国家に多大な利益と海外の先進技術をもたらしてくれる。これを幕府が独占することで、各藩の飛躍的な発展をさまたげ、幕府のみの強化を計ることになる。
鎖国にみる江戸幕府の真意 より】

征夷大将軍になったものの、家康にとっては藩主=大名の存在が、天下統一における障害・敵であったということです。南蛮貿易によって利益を得た九州のキリシタン大名を中心として、経済的基盤を持つ大名に対し、まだまだ大名統制に気が抜けない状況だったのです。
そこでキリシタン(大名)への弾圧と併せて、その経済的基盤を根こそぎ削ぐために、貿易の利を彼らから奪う必要があったのです。
引用文にあるように、江戸は藩を一つの国家とみなした連合国家体制です。ゆえにこの藩主の貿易権を奪えば、貿易による利益を獲得できないため、大名の資本力は小さくなります。同時にキリシタン弾圧により序列秩序を揺るがすキリスト教も排除できます。目的の②です。

※4つの窓口
この結果、貿易の利を幕府が全て手中に収めることができる。当時、長崎の出島のほかにも、日本には4つの窓口(貿易港)がありましたが、とりわけ長崎に関しては奉行を置き、江戸幕府が貿易管理→利益独占する体制を構築したのです。
言ってみれば、江戸幕府=国家が総合商社の役割を担ったわけです。
以上のように、経済的側面から鎖国を捉えると、貿易管理することで大名の経済力を奪うと同時に、貿易の利を幕府が独占するという極めて強い支配力を持つ政策となったのです(更に言えば、参勤交代によって大名に金を使わせるという二重支配構造もあります)。
もはや“鎖国”と言う言葉(概念)自体、従来の定義には当てはまらないように思えてきますね。
次回は、政治・経済といった多方面に亘った抜かりない家康の支配体制についてお送りします。
お楽しみに。


日本人は優秀か?


 東日本大震災被災者の方々に謹んでお見舞い申し上げます。一日も早く復興されますことを心よりお祈り申し上げます。

 さて、筆者は日本のアナリスト協会の代表ということで、IASB(国際会計基準審議会)のIFRS諮問会議(AC)とアナリスト代表者会議(ARG)に定期的に出席している。最近、ACでは自らのパフォーマンス評価、ARGではこれまで無かった組織規定の整備が行われ、それぞれ議長が用意した叩き台の文書について会議の前にメールでの検討が行われた。筆者は日本人としては相当に理屈っぽいほうだと思っているのだが、とても付いていけないほど基本的な問題に立ち返った真剣な議論が交わされたことに感心した。それ以来、「日本人は優秀か?」と自問自答している。

 多くの日本人がエズラ・ヴォーゲルに『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とおだてられたためか、自分達は優秀だと思っているのではないだろうか。ヴォーゲルの本が出版されたのは1979年だから、執筆は70年代。当時のわが国は多くの国際競争力のある産業を抱えていたが、今日では見る影もない。かろうじて自動車だけはまだ一定の競争力があるようだが、ここでも韓国の追い上げや中国やインドの地場企業の勃興が見られる。ツイッターフェイスブック、グーグル、アイパッドといった最近流行の舌を噛みそうなサービスや商品は皆アメリカ生まれである。ヨーロッパは一部の国が信用リスク問題を抱えているが、多くの人が毎年4週間の休暇を楽しみながら、国民経済はまずまずの成長を続けている。私達は休暇もろくに取らずに働いているのに、国は巨額の財政赤字に喘ぎ経済は20年間もゼロ成長を続けている。日本人は本当は無能なのではなかろうか。


kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:06:46
茨城にもキリスト学園てのがあって、幼稚園から短大まで同じ敷地にあるので萌えアニメの舞台に最適なのだが、洗脳どころか生徒も教師もクリスチャンですらねーですわ
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:08:33
確証はないけど膨大なツイート群からプロファイリングするに、ツイミー(QQIQ)ってたぶんそこの学生さんだったんじゃないのかな
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:13:26
江戸時代のキリシタン弾圧は形を変えて今も続いてるんだと思う。
ネトウヨは「キリスト教反日ブサヨは「キリスト教は植民地支配」
俺がいつも言ってる「ウヨとサヨは同じコインの裏表」という説も、ウヨとサヨは「アンチキリスト」で一致するの見ればよくわかると思う
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:15:47
あきらかにキリスト教(というより欧州社会のキリスト教贔屓)を批判してるシャルリーエブドの絵をどいつもこいつも「イスラム差別」と逆に浮けとったのも、日本人が右から左から上から下から老若男女みんなキリスト教差別者であるのが原因
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:18:22
そして日本人はバカで単細胞だからイスラム教については「大嫌いなキリスト教徒どもから差別されてる可哀想な人々だから擁護する」というスタンスのようだが、イスラム教の思想を正確に知ったら一斉にイスラム叩きをはじめそう。
イスラムキリスト教以上に徹底した「一神教」だから
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:20:40
まぁあと100年くらいは「日本人によるイスラム叩き」は起きないから安心していいよ。
ネトウヨは「イスラム親日ブサヨは「イスラムは邪悪な欧米白人キリスト教文明の帝国主義的植民地支配の犠牲者」として何が起きても全力で擁護する。
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:23:25
仮に日本でイスラム過激派によるテロが起きたとしても、ネトウヨは「犯人はイスラム教徒になりすました在日韓国人!」と決めつけ、ブサヨは「そもそもの原因はアメリカによる侵略とアメリカ追随の自民党政権!」として、誰もイスラムのことは恨まないから。ほんと。
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 19:26:03
俺もイスラム過激派のテロは「イスラムが悪い」とは思わない。
大部分のイスラム教徒はテロにいっさい関与してないんだし、イスラム教そのものが原因ではない。
一部のイスラム教徒に陰謀論を吹き込んでる反米ブサヨのしわざだ。
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:32:10
あと、日本人が根本的に勘違いしてるのが一神教多神教の違い。
これをたいていの奴は真逆に解釈してる。
日本人が「一神教の特徴」と思ってるのは実は多神教の特徴で、日本人が「多神教の特徴」と思ってるのが逆に一神教の特徴、ということがありがち。
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:35:07
例えば日本人がよく得意になって自慢するのが、「一神教は自分たちの神様だけ大事にして、他のし宗教はゴミみたいに扱うから宗教の違いで差別や戦争ばかりしてる」「そこいくとた多神教の我々は異文化を寛容に受け入れたりできるから一神教よりエライ」こんな勘違いしてるけど、それ逆だっつうの
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:36:49
実際に日本人はどう見ても異文化に寛容じゃないのになぜそんな自画自賛をできるのかがわからんのだが、そもそも「異文化に寛容であれ」という考え方は「一神教からしか生まれない」のだよ
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:41:57
一神教というのは「世界の全ては一人の同じ神様が作った」というのが前提だから人類みな兄弟だし地球上のあらゆる命は等しく尊重しなければならない。
神様が作ったものは粗末に扱ったら神に対する反逆になるもんな。
「平等」とか「天賦人権論」なんて概念も一神教からしか生まれなかった
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:45:15
一方の多神教は、例えば古代ローマ帝国の多数派だった多神教徒どもは、瀕死のユダヤ人の命を救ったキリスト教徒を思いっきり嘲笑うんだよ。
「こいつらバッカでーwwwww異教徒なんか助けてやんのwwwww」
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:47:23
信じてる神様が違うんだから赤の他人であり、そんなものは見殺しにするのが当たり前というのが多神教の極意。
ほんと日本人のやることなすこと見てると「さすが21世紀まで生き残った最後の多神教民族だけあって、冷血で非情だな」と感じさせられるよな
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:49:12
「社会が弱者を救う必要はない。そんなの自己責任。」と答える率が日本だけズバ抜けて高いのも、日本人が多神教徒だから。
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:51:44
キリスト教では「魔女(多神教徒のこと)には鉄槌をくだすべき。生かしておいてはならない。」とされ、イスラム教でも「多神教徒は見つけしだい◯さなければならない」とされてる。
それほど多神教徒は憎まれてるわけだが、日本人のナメた態度を見てると、なぜそこまで憎まれてるのかよくわかる。
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:55:22
俺も元々宗教に疎い典型的ジャップにすぎないので、最初に一神教のそういう反多神教心理を知ったとき「怖い!ヤバイ!やっぱりキリスト教は魔女狩り宗教でイスラム教はテロ宗教!」といういかにも典型的ジャップらしい偏見を爆発させてた。
ある程度その真意がわかってきた今となっては逆に、よく許さ
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:57:38
今では教に、よく多神教ジャップが虐殺もされずに許されてきたもんだなと、キリスト教徒やイスラム教徒は本当は多神教ジャップなんか◯◯したいだろうに必死で我慢してくれてるんだなと。
誰かが言ってたけど「異教徒」である我々多神教ジャップは「哀れみによって生かされてるだけの存在」にすぎない
kinokoちゃんドロップキック @szuki161616 2015-09-17 20:59:42
だから多神教ジャップのぶんざいでキリスト教徒やイスラム教徒やユダヤ人の悪口を言う奴は絶対に許されない。
本来なら「生かしておいてはならない」「見つけ次第◯さなければならない」というほど憎まれてるのに哀れみによって生かしてくれているというのに。


真の愛国心とは単なるナルシズムとは一線を画する物である筈だ。
仮に自分が外国人だったとしても「日本が好きだ」と言えるようでなければ偽りであろう。
ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言う虚構に騙されて現政権を支持し続けている間に、この国の状況はどんどん悪くなってしまっているのだから。


チャイナ・アズ・ナンバーワン

米中逆転のカウントダウンが始まった!世界経済は中国の1人勝ちの様相に。新たなグローバル経済大国の実力を検証する。 Google Books
初版発行: 2009年10月
著者: C. H. Kwan



記事
木村正人2014年10月08日 23:12「チャイナ・アズ・ナンバーワン」を完全スルーした日本メディア 中国が購買力平価で世界最大の経済大国に


国際通貨基金IMF)によると為替の影響を排除した購買力平価(PPP)ベースで中国が今年、米国を抜いて世界一になる見通しだという英紙フィナンシャル・タイムズの報道を読んで、10月7日に更新されたIMFのデータベースを自分で調べてみた。

ネットで検索しても日本のメディアがこのニュースを完全スルーしているのを不思議に思ったからだ。筆者が作成したグラフをご覧いただきたい。2014年の棒グラフを見ると確かに中国が米国をわずかに追い越している。

中国の購買力平価GDP世界一

2014年の数字を拾うと

(1)中国、17兆6320億ドル

(2)米国、17兆4162億ドル

(3)インド、7兆2772億ドル

(4)日本、4兆7880億ドル

(5)ドイツ、3兆6213億ドル

となっている。

ある研究では、1820年には中国の国内総生産GDP)は世界の30%以上を占めていたそうだ。しかし、産業革命1840年アヘン戦争に始まる帝国主義と軍国・日本に侵略された歴史を持つ中国は没落。戦後、トウ小平の経済改革を転機に、この35年、奇跡的な高度成長を遂げてきた。

今年5月、中国のGDPは年内に購買力平価で米国を抜いて世界一になる見通しだと世界銀行や国連などの国際比較プログラム(ICP)が発表している。だから今さら、IMFが公式に今年、中国経済が米国経済を追い抜くと認めたところでニュースではないのかもしれない。

しかし、これまでIMF予測に基づく計算では、中国が購買力平価換算でも米国を追い抜くことは2019年までないと言われてきた。それが5年も早まったのだ。このニュースを日本メディアがまったく報じない理由は何なのか、自分なりに考えてみた。

(1)「中国経済が世界最大に」はもはや既定路線で改めて取り上げるまでもないから
購買力平価でなくても、英誌エコノミストは、中国と米国の成長、インフレ、為替レートを予測した結果、中国は2021年には米国を追い抜くと予測している。もう騒ぐニュースではないから、日本メディアは報じなかった。

(2)中国が世界最大の経済大国になることを信じたくないから。日本にとって面白くないニュースだから
シンクタンク戦略国際問題研究所CSIS)と笹川平和財団の「日米安全保障研究会」の中間報告の中に「中国の今後の経済成長と東アジアの安全保障」という資料がある。

その中で「中国の高成長はもはや続かず、米国をGDPで抜く日も来ないであろう」「今後の中国の経済成長が世界中で過大に見積もられてきたことが中国と周辺国の外交・安全保障問題に看過できない悪影響を及ぼしている」と指摘されている。

リーマン・ショック後の2009年以来、中国人の対外意識は地滑り的な変化を起こし、自信の高まりがassertive(独断的)な対外姿勢(を生み)、特に領土領海問題について妥協を拒む『核心的利益』論が台頭している」

「日本人が感じる『際限なく強大化する中国』という『悪夢』もまた『幻想』であった。日中双方は裏と表から、同じ錯覚をしているようなものである」

国際金融都市ロンドンでは、輸出主導から内需主導への切り換えを図る中国の経済成長はまだ続くという見方が強い。

「中国の独断的な行動を許してはならない」→「中国経済を過大に評価するから中国は増長する」→「だから、中国の成長力を評価するのをやめよう」という思考法は「希望的観測」に傾きすぎているのではないか、と筆者には思えるのだが。

(3)中国の統計数字は信用できない。中でも急激に膨張するインターネット金融のリスクが測定不能だから
日本の金融関係者が特に注視しているのが、中国のインターネット金融だ。

ニューヨーク証券取引所で史上空前の大型上場を果たした中国電子商取引最大手のアリババ集団(浙江省)。資金調達額は2兆7千億円超と過去最大になった。

そのアリババ集団が昨年6月に販売を開始したオンライン金融商品「余額宝」が中国で大人気なのだ。余額宝は資産残高はわずか1年余りで5741億元(約10兆1千億円)に膨れ上がり、世界4位のMMF(マネー・マーケット・ファンド)になった。

「余額宝」の成功にあやかって、大手検索サイト「百度」と嘉実基金による「百発」、ファンド販売会社の天天基金網と基金会社3社による理財商品などが次々と発売されている。

こうしたインターネット金融が中国のGDPを押し上げている。インターネット金融は不動産市場とともにいつ破裂するかわからず、中国経済に暗い影を落としている。

しかし、中国経済のハードランディングシナリオは、世界の誰も望んでいない。中国に代わる世界経済の成長エンジンが見当たらないからだ。

7つの海を支配した大英帝国が経済規模で米国に追い抜かれたのは1872年と言われる。米国のドルが世界の基軸通貨になったのは1944年のブレトンウッズ協定基軸通貨交代までに第一次大戦と第二次大戦と2つの大戦が起きている。

国際関係に詳しいロンドン・スクール・オブ・エコノミクスLSE)のバリー・ブザン教授は「主要な戦争がない限り、米国は超大国ではなくなっても主要な大国であり続ける。欧州も日本も少しずつ縮小するかもしれないが、中国一国が世界の覇権を握ることはない」と分析する。

中国が世界最大の経済大国になったとしても、日米欧が連携を強めて中国に対し、国際社会の枠組みの中で影響力を拡大していくのが中国の利益であることを改めて説いていくしかない。

中国の平和的台頭こそが世界に利益をもたらす。尖閣をめぐる中国と日本の衝突シナリオ、中国と米国の衝突シナリオは誰の利益にもならない。もし、11月のアジア太平洋経済協力会議APEC)で日中首脳会談が実現したら、安倍晋三首相は真っ先に、中国の習近平国家主席に平和的台頭路線に戻るよう呼びかけるべきだ。



小幡さんが批判するのは「企業の稼ぐ力を高める」とうたい、設備投資減税などを進める手法だ。「政策で特定の企業や産業を刺激しても、彼らは政策によるメリットを享受できるように動くだけで、長期的な成長につながる投資をすることはない。結局、既存企業を優遇することになり、企業は経済学で言う『レントシーキング』をして、政府への依存を強めてしまう」

 「レント」とは、既得権益から生じる過大な利益のこと。レントシーキングは、企業がそれを得ようと躍起になって行動することを意味する。「減税も補助金も、結局は本来の成長につながる技術開発や創意工夫をおろそかにさせる。だから、政府が景気刺激をすれば経済が衰退するのは当然。突き詰めると、政府の成長戦略で成長を実現することは原理的に不可能。これまでも、経済全体の成長やイノベーション(革新)は、政策とは無関係な分野や企業から生まれてきたのです」

 では、国にできることは何か。小幡さんは「人の成長なしに経済成長はない。人に投資し、じっくり人を育てることです。そうして誰も作ったことがなくて、世界中が欲しがるモノやサービスの創造を目指すべきです」。教育への投資が鍵と説くのだ。


後半の見せ場は、理系と称するまじないし集団に対する攻撃です。「私に向かってニュートン力学を勉強しろ!アインシュタインを勉強しろ!とののしった理科系の馬鹿おやじたち」との戦いが始まります。副島隆彦は常々一連の著作で理科系を擁護し、「日本の今があるのは理科系の人々のおかげである」と文系の馬鹿が認めたくないことをはっきりと主張してきました。

しかし、昨年『人類の月面の着陸はなかった』(徳間書店)の発表以降、その「理科系」といわれる高慢ちきな人間たちの仮面がはがれ落ちました。彼らは一様に沈黙し始め、副島隆彦に対する嘲笑と黙殺を決め込み始めています。どうやら彼らは月面着陸のウソを見抜けなかったばかりか、相対性理論を簡潔に説明することも出来ない。「19歳までに各必須科目せいぜい5冊の問題集をこなしてきただけの数字おたく」に過ぎないようです。


考えてみれば副島隆彦の言う「日本の繁栄は理科系のおかげ」というのは、「聞いたこともないような地域密着型の工業高校・高専、そして同じく聞いたこともないような地方の工業大学を卒業した技術屋(エンジニア、テクニシャン)」たちの努力のことなのです。発光ダイオードを発明した人も四国の工業大学です。

大田区などの町工場の社長や職人さん達こそが日本に値段をつけてくれている人たちなのです。こうしたことは、本当は実際の世の中ではっきりと当たり前のこととして知られていることでもあるのです。

ミクロの注射針、避難用のリヤカー、まったく平板な甲板、液晶画面など日本にしか存在しない堅実な技術を作り出してくれている人々、これらの人々がODAという「実はアメリカに内緒の平和外交」を生み出してくれたのです。学問道場はこうした素晴らしい技術屋さんたちを擁護・援護・賞賛し、「いんちき数学・理科教師、理系の研究者、不誠実な医者、テクノクラート、理科系知識人・学者達という学問バカ、俺は理系だと称するまじないし集団」を糾弾していきます。


大戦後の核の拡散について。世界にどのように核兵器が広まっていったかの経緯です。
表向きには、一部の科学者がアメリカの核独占(一極集中)の危険性に危惧し、良心からソ連に技術を持ち出したとされていますが……、実際には、意図的に行われた行為でした。つまり世界支配と利益のためです。

ソ連の核開発には、アメリカのロックフェラー財閥配下にある外交問題評議会(CFR)のメンバーであり、またルーズベルト政権では大統領主席補佐官を務めたハリー・ホプキンスが、意図的にソ連に原爆技術を移転したという、レーシー・ジョーダン少佐のアメリカ議会委員会での宣誓供述があります。

このようにまず初めにアメリカからソ連に核開発の技術が輸出され、次にイギリスとフランスへ、そしてソ連から中国へと5大常任理事国に核が計画的に分配され、世界中の約200の中小国すべてが核を持つ常任理事国の支配下に置かれるという構図です。

その後、核開発技術は中国からインドとパキスタンへ。またアメリカからイスラエルへと輸出されていきました。さらに、水爆までもが、ひととおりこれらの5大国に配備されました。


考えてみれば、戦後、日本は軍国主義的な感覚を一夜にして捨て去って、アメリカの民主主義を唯一のスタンダードとして、社会の隅々に移植した。古来より日本という国家は、常に異文化を日本化して取り込んできたと言われているが、今回も、また異質な文化であったアメリカの民主主義と合理精神を大戦の敗北を号令として取り込んできたのであった。

そしてそれこそ、昭和20年から30年代、日本人はしゃにむに働いた。家族も犠牲にとにかく、「お国のために」を「会社のために」と言い換えて、滅私奉公に務めた。その結果もたらされたのが、奇跡と言われた経済復興だった。世界の中で、粗悪品の代名詞だった「メイド・イン・ジャパン」は、いつの間にか、高級品のイメージに変わった。ソニーやホンダが世界に羽ばたき、世界的なメーカーとなる企業まで現れた。

日本人は、そこで有頂天になった。輸出でたまった外貨は、サラリーとして個人手元に行き、勤勉なだけで貧しかった日本人は、そのお金をアリの如く貯蓄した。その結果、日本の銀行は、資金量においては、いつの間にか世界の大銀行と肩を並べるまでに巨大化した。

そこで日本人の慢心は、エスカレートし、日本人も当の銀行家も、その急成長が、自分の力であると錯覚した。また政治家や官僚達は、自分たちの書いたシナリオが功を奏したのだ、と自画自賛した。


日本社会とアメリカ社会の違いは、個性に対する考え方の違いが最も大きい。つまり個性重視のアメリカは、他民族を抱えるが故に様々な考え方が存在することを前提として物事を考える。それが多様性としてアメリカの強みともなっている。

一方日本は、同じ方向ばかり見ているものだから、一人がこければ皆こけてしまう。不動産投資に酔い結局それが、バブルだったと分かった時、日本企業は、多様な考え方を出来なかったが故に、致命的とも言える深いキズを負ってしまったのである。今日それから10年を経ても立ち直れないのは、個性とか多様性を重視するアメリカの社会システムの哲学を理解しないまま行った文化移植の付けがまわって来ているということになるのである。


1%の支配層は裏ではどこかでみんな繋がっている

裏会議の場にて世界を本当に支配する表には出てこない各血筋の代表達や代理人が出席し、例えばプラズマ技術の公開はゴイムである庶民には百年先まで未公開、それまで独占技術とし庶民には旧世代の後れた技術を使わせて燃料費(つまり依存)として徴収し奴隷状態を維持する、といった内容が決定されているわけです。

ただ、残念な点は日本の政治家は劣化した世襲ならびに在日からの帰化人が主となってしまい、国際金融資本やCIAといった諸外国のポチよろしくで世界を主導するイニシアチブを持つ人物が現れなかった・もしくは可能性があったものは消されるか潰されたということです。

例えば一例、第二次大戦前から日本は国内に豊富にある石炭から人造石油を造る試みをナチスドイツからパテント購入して大工場も建て試行していたが失敗に終わった話。
私も最初は日帝の工業技術が低すぎたことと精密工作機械の不足のためだと思っていました。
ところがなんと後からの情報で実は敵国であるアメリカ企業(フォードなど)と裏で繋がっていたナチスドイツが彼らとの協定により肝心の水素を燃料に添加する技術を同盟国である日本に供与しなかったためだったことがわかってきており、このようにいろいろ見直さなければならない点が浮上してきています。


こう考えると、戦略とか戦術とか過去の例から学ぶとか否定はしませんが、彼らの立てている数通りの腐った未来プランを暴いて陽の当たるところに晒し、それを徹底的に解消・無害化・陳腐化させ・愛国心や敵愾心を煽ってきてもその自作自演をNOと明言した上でヒステリックなシュプレヒコールもあげず静かに抗議するかシカトすることが策のひとつであることがわかります。
また愛国心国家主義といった形でカモフラージュされている、裏の意図と目的と誰の都合で誰得なのかを解析しなければなりません、パシリの実行部隊と盾役を憎み叩いているだけではだめなんですね。
結論から言ってしまうと、王族・有力血筋・貴族達だけでなく政府・官僚・軍・警察・司法・検察・医師会・経済界・銀行に至るまで対立したり戦っているように見せておいて実はみんな裏では国境越えてほとんどが繋がっているんですね。


日本経済が崩壊する日が目前に迫っている  [TOP]

  このままでは経済大国日本が危ない。このまま放置しておれば、この国の未来は限りなく暗澹たるものとなる。日本は2度倒産した国である。「太平洋戦争」と「バブル崩壊」である。どちらも売国集団であるユダヤフリーメーソンの政治家(軍人)たちによって引き起こされた。いま平成の日本に起きているさまざまな事象は、まさに日本を弱体化させ、その富を国家から収奪することにある。そして、日本人の精神を破壊して堕落させ、「世界支配層」に屈服することをよしとする軟弱な民族に改造する試みである。
  日本国家と日本民族に大きな危機が訪れているのだ。
  人類史上最強の集団である「世界支配層」ユダヤフリーメーソンは、あらゆる国家を超越し、他国を駆使して日本をいたぶり、おだて、その富を収奪し、世界への奉仕を迫り、日本人を流血させる。そして、日本の活力の源泉である健全なる精神を堕落させ、社会を荒廃させ、日本の経済力、工業力、科学技術力を破壊する心づもりである。
  この悪魔の仕業によって、日本は近いうちに3度目の「倒産」をするであろう。この時、日本は文字どおり滅亡する。
  2度目の「倒産」つまりバブル崩壊は、日本に想像を絶するダメージを与えた。うち続く不況は戦後最長である。バブル経済の崩壊は1度目の倒産、すなわち「太平洋戦争の敗北」に匹敵する経済的破壊である。そのすさまじさは最大級の水爆とも言えよう。



 日本ではこの重要6ポストがフリーメーソン  [TOP]

  日本では戦後連綿として首相、外務大臣大蔵大臣財務大臣)、文部大臣文部科学大臣)、防衛庁長官日銀総裁の6ポストはフリーメーソンまたは無能で都合のよい人材によって占められてきたが、田中角栄だけは例外だった。田中首相は「世界支配層」が予期しない日本の総理大臣だった。
  田中角栄民族主義者であった。日中国交回復をなしとげ、独自のエネルギー政策をとろうとした田中首相は「世界支配層」にとって大変危険な政治家と映ったのである。
  「世界支配層」の狙いは、日本と中国を永遠に分離、敵対させることだった。そうすればアジアの二大国が結束して強大なアジア圏ができることを未然に防げる。また石油のない日本を米英系の石油メジャーの傘下に組み込んでエネルギーという強力な武器で日本を恒久的従属下に置くことができる。この両方に挑戦したのが田中角栄である。
  この精力的かつ国民的人気を持った首相をこのまま存続させては、日本に民族主義が芽生え、日本という国を服従させることが困難になる。このため田中角栄を倒すためにさまざまな手が使われた。
  ジャーナリストを使っての金脈問題暴露記事や、アメリカ発のロッキード事件発覚である。ロッキード事件田中角栄を倒すために仕組まれた陰湿なる謀略である。5億円のワイロはあらかじめ計画されたシナリオに沿って田中首相筋に渡された。そのために多くの人や商社が介在し、大がかりな贈収賄工作が行なわれたのである。
  ロッキード事件では日本側に多くの逮捕者・犠牲者が出たのに比べ、アメリカ側で刑事罰に処された者は誰もいない。このことはロッキード事件なるものが、日本の政治を混乱させ、「世界支配層」にとって望ましい方向に軌道修正するための謀略であったことを示している。
  田中角栄を失った日本は政治的無能状態になり、その後は「世界支配層」とアメリカに忠実な政治家によって政権交代が行なわれた。日本政府中枢にはフリーメーソンが多く巣くったのである。
  一国の政治力は政治家の力量や見識によっても大きく影響されるが、その国の保有する軍事力や経済力によっても左右されるのは当然である。日本の軍事力は見るも無残な状況である。アメリカの進駐軍によって押しつけられた憲法は、その一見高邁な理念はともかく、日本という国家を永遠に無力化し、幽閉するための牢獄となっている。日本にとって過去の日中戦争や太平洋戦争は悪夢であり、軍部によって悲惨な戦争に巻き込まれた国民は、二度とあのような戦争を起こしたくないと、永遠の平和を願うことは当然である。
  けれども、日本が罠にはめられて戦争を始めざるを得ず、しかもその戦争を指導した軍部や政府の中枢がユダヤフリーメーソンであり、最初から日本が負けることを想定し、負けるために多くの作戦行動を行ない、意図的に途方もない犠牲者を出し、敗北したあと、戦争を忌み嫌う国民に「平和憲法」を押しつけ、戦後の日本を軍事的に無力化することが目的であったとしたら、日本の平和主義者は見事に騙されていることになる。
  「世界支配層」の狙いは日本に大量殺戮兵器である原爆を落とし、日本人を地獄に突き落として、戦争の過酷さを克明に記憶させ、未来永劫にわたって戦争アレルギーを植えつけ、二度と軍事大国にならないよう国民の脳髄に「平和憲法」を刻印することであった。狙い通り、戦後の日本人は一様に「平和主義者」となり、ひたすら復興だけを考えてきた。
  「日本が太平洋戦争に敗北することがあらかじめ予定されていた」という事実を証明する出来事がある。上野の東京国立博物館理事長の奥村英雄氏は、日本がアメリカと戦争を始める前に、つまり、真珠湾攻撃をするはるか前に、日本政府のある筋から、東京はやがて空襲されるので、あらかじめ博物館内の貴重な展示品を全国各地に疎開させておくよう指示され、奈良や東北地方に移動させたことを証言している。


このような国を屈服させるには2つの方法を同時に用いなければならない。
  「潜在的闘争力を奪うための手段」には次のようなものがある。
 ● 麻薬など、習慣性の強い薬物を大量に供給して、健全なる精神と肉体を破壊する。
 ● ポルノや風俗産業を拡大して性的快楽を大量供給する。
 ● スポーツや映画、音楽等の娯楽を大量に与える。
 ● 男子を軟弱化し、女子の闘争心をあおる。
 ● マスコミを総動員して愚民化をはかる。
 ● 輸入食品の中に特殊な薬品を混入して肉体の虚弱化をはかる。
 ● 公害など環境汚染を促進して肉体の破壊を促進する。
 ● 新興宗教の信者としてマインドコントロールする。
  そして、もうひとつの「反対勢力構築の方法」は次の通りである
 ● フリーメーソン組織を強化・育成する。
 ● 政党を結成して国政奪取の機会をうかがう。
 ● 戦闘的宗教集団を設立して、組織拡大および武装闘争を行なう。
 ● 犯罪集団、マフィアを拡大強化する。
 ● スパイ組織を構成して情報収集を行なう。
  日本では、以上述べた手段や方法は、すべて実行されている。特に、日本のように一度世界大戦で敗北したような国は、「世界支配層」にとって何をするにしてもほとんど自由である。それは闘争心の劣化や反対勢力の構築に加えて、体制側すなわち権力側にも言うことをきく人材を自由自在に配置できるからである。日本では、政治、経済、知識人、マスコミの中枢はユダヤフリーメーソンとして「世界支配層」にいつでも奉仕している。
  日本の歴代首相、外務大臣大蔵大臣文部大臣防衛庁長官日銀総裁などのポストはすべて秘密組織のエージェントでなければ座ることができない。経済界もしかりである。経団連や日経連、経済同友会日本商工会議所の財界4ポストは、普通の人間ではよほどのことがない限りなれないであろう。大企業のトップもそうである。
  学者や知識人、ジャーナリストも、テレビや新聞、各種雑誌に多く登場する場合、たいてい「世界支配層」のスポークスマンを務めている。彼らが実力だけで有名になることはあり得ない。
  マスコミに登場するのは、繰り返し「世界支配層」に都合のいいことを並べ立てているからである。真実を述べる者は言論界から抹殺される。
  こうしてみれば、日本は体制、反体制、潜在的闘争力のすべてをコントロールされていることになる。そういう意味ではもはや救いようのない国だと言っても差し支えない。


日本人の脳を白痴化し、精神を堕落させる計画  [TOP]

  日本を内部から弱体化する方法のひとつに、日本人の脳を白痴化することや精神を堕落させることがある。書店に溢れんばかりのマンガ本やポルノ雑誌は、青少年の心を確実にむしばみ、軟弱化している。
  朝の通勤電車でよく見かける若者のマンガ本愛読風景は、日本人がもはや物事を真摯に考える能力を失いつつあるかのような危機感を抱かせる。日本人の活字離れは相当な勢いで進みつつあると聞く。日本人の白痴化はものすごい勢いで進んでいるのである。
  ヨーロッパやアメリカではポルノショップが所々にあり、日本とは比べものにならないほどの過激な本やビデオテープが売られているが、大量の読者をかかえる「一流」週刊誌の冒頭にヘヤーヌードをあからさまに掲載する習慣はない。
  日本の週刊誌は毎週毎週とめどなく社会に害毒を流し、日本の品位を落とし続けているのだ。もしこの行為が意図的に行なわれているならば、週刊誌各社は日本社会劣化に一役買っていることになる。
  日本人を娯楽漬けにしようとする計画も進んでいる。日本にJリーグが導入されたのも、日本人の視点を政治や経済・軍事情勢からそらすためのものである。
  テレビ各局も白痴番組を流し続けている。クイズや料理グルメ、旅行、ファッション、バラエティなど、おもしろおかしい番組が大量に供給され、肝心のニュース番組もほとんどが国内ニュースであり、重要な海外ニュースは後回しである。しかも、本質を伝える解説は何もない。このようにして日本人を愚民化する計画は着々と進んでいる。

 日本の銀行を次々倒産させる遠大な計画  [TOP]

  「世界支配層」ユダヤフリーメーソン陣営が日本を一刻も早く没落させようと考えていることは当然であるが、日本にとどめを刺す上で絶対に必要なことは日本の金融システムを崩壊させることであろう。つまり、究極的には日本の銀行を倒産させることだ。とは言っても、日本の銀行は世界に冠たる資金量を誇り、ちょっとやそっとでその基盤がぐらつくものではない。
 だが、銀行が巨額の不良債権をかかえれば当然その体力はむしばまれる。では銀行にいかにして膨大な不良債権をかかえ込ませるか、である。

 明治以来の間違った国策を至急修正せよ  [TOP]

  日中戦争は15年戦争とも言われ、満州事変より日本降伏までの間に中国大陸では数多くの激戦と悲劇が繰り返された。日本はなぜ中国を敵として戦わなければならなかったのだろうか。日本が中国を侵略して得られたプラス面は何ひとつなかった。結果として両国の間に多大な損害と深い悲しみだけを残しただけである。

  本来優しい草食動物の代表である日本人が、過去の歴史において間違った選択をし、あたかも肉食獣であるがごとく変身した背景には、日本の政治、軍閥の中枢に「世界支配層」ユダヤフリーメーソンの手先が多数巣くっていたという事実がある。
 彼らは日本を凶暴化させ、破滅へと導いた。明治においては、大久保利通伊藤博文らであり、大正・昭和においては、西園寺公望牧野伸顕岡田啓介米内光政山本五十六大本営参謀本部の面々など、枚挙にいとまがない。


「読んでて息がつまった」と言うてる人いてたけど、これ、「民族差別」という枠組だけでなく、「男→女」「オッサン→若い女」「場の支配者→参加者」…何重にも権力勾配があって、よほど(力のある方が)慎重にやらなければ暴力がボコボコ沸いてくる状況なんだよね。”

このツイートのとおりで、ここまで何重にも踏んでいるやつは、そうはいないとは思いますが、パワハラ、セクハラが(残念ながら)そこら中に溢れている実態がありますよね。

で、日本SUGEEEな番組を見てチンケなプライドを満足させ、一方で中韓ヘイト本やら週刊誌の記事やら、あるいは歴史改ざんのコピペ=ネットDE真実に目覚めちゃうと、あっという間に立派な民族差別者になってしまうと。

実際、日本会議やらはそんなの多いと思いますよ。
やたら被害者意識が高く、だからこそ他国、他民族を差別しているという自覚もない連中。

ついでに自戒をこめて言えば、左派・リベラルだと自己規定していても、「差別」に無自覚な「権威」をまとった連中は過去にも現在にもいくらでもいるし、転向者もいくらでもいる/いた。
「無自覚」なので、批判に耳を傾けられない、という。
気をつけなきゃいけませんね。
2015/02/25(23:42) white noise URL 編集
 まず、小倉氏の発言は論外の暴論。こんな発言を公共の電波に乗せて何一つ咎められないとは・・・。ひどい話です。もっとも、他局の番組も似たり寄ったりですが(NHKも含む。20年前なら考えられないことだったが)。

 近時、ニュースなどでやたらと韓国や中国の事件や事故を取り上げることが増えています。それも日本とは直接関係のない各国の国内限定の話題にやたらと時間を割く傾向が高まっています。例に挙げられた「ナッツリターン事件」が好例で、確かに問題のあることですが、明らかに不必要に多く報道され、しかも面白半分に味付けされており、その分本当に報道しなければいけない日本国内のニュースに割く時間が減っていました(しかも内容の薄いこと薄いこと)。
 この無意義な報道傾向が何を意味するか?隣国のあらを探して優越感に浸るという視聴者の極めて低劣な感情を激化させています。日本国内の深刻な問題から目をそらさせて、根拠のない優越感を増加させ、韓国や中国への蔑視感を強める。百害あって一利なしのはずですが、今の日本社会ではまるで歯止めが効かなくなっています。

 一方で「愛国ポルノ」と揶揄される「ニッポンはこんなにすごい」式の番組が大量生産され、一方で近隣諸国やそこに帰属する人々への偏見が垂れ流される。こんなマスメディアの言うことを鵜呑みにしていけば、どんな人間が育つことやら。寒心なきをえない。
2015/02/26(19:42) クテシフォン URL 編集
小倉氏の言説は論外ですね。

韓国や中国のマイナス的なニュースをネタにステレオタイプにレッテル貼りをし、日本の優越感を煽るような小倉氏の心性は、ネトウヨそのものです。

「とくダネ!」も、産経新聞と連動して極右・嫌韓化の姿勢を明確にしたのでしょうか?

私はフィギュアスケートをよく見るのですが、2008年に大きな大会が韓国で開催され浅田真央選手が地元のキム・ヨナ選手を抑えて優勝しました。

この時、「とくダネ!」は優勝した浅田選手に「おめでとう」の言葉もなく、それどころか、ゲストのフィギュアの元選手が「浅田選手の演技は子供っぽい」と貶していました。この番組はいったいどこの国の番組なんだ!、浅田選手に失礼ではないか!と凄い抗議がテレビ局に殺到したとか。

概して、韓国親和路線であるかのような企画が目に付いた為、

「とくダネ!」は「とくと(独島)ダネ!」に番組名を変えた方が良い、と揶揄されました。

フジテレと小倉氏はそれに懲りたのか、右傾化の風潮に阿っているのか。

その一方では、韓流ドラマを他局以上に流して来たフジテレです。

いずれにせよ、テレビの劣化を象徴する出来事ですね。



戦後の日本人は改造された! 2


▲日本は霊的バリアで護られた神域や聖域が多くあった。写真は赤城神社の大注連縄。

●戦争観の異なる日本人と欧米人

 先の大戦を顧みる場合、多くの歴史学者は「第二次世界大戦を総力戦である」と、歴史的認識の上で定義している。この定義に異論を挟む余地はない。全くその通りであるからだ。
 そして「総力戦」という言葉が意味するように、例えばアメリカの例を挙げて考えるならば、アメリカではひとたび太平洋戦争に突入すると、物理学者や数学者はもとより、天文学者、心理学者、人類学者、歴史学者といった連中まで総動員され、戦争目的の為に国民の90%以上がこれに奉仕した。

 東京大空襲や、その他の首都圏の大空襲には日本の歴史を研究していた歴史学者の言が大いに参考になり、「日本の家屋は古来より、木と紙で出来ている」という歴史研究において、“焼夷弾”が発明された。この焼夷弾は、歴史学者に端を発し、それに物理学者が科学的構造を明らかにし、数学者が日本家屋を破壊する為には、如何なる数式において有効であるかを計算した。

 焼夷弾は、焼夷剤と少量の炸薬(さくやく)とを入れた砲弾または爆弾のことで、油脂焼夷弾、エレクトロン焼夷弾、黄燐焼夷弾などをいう。この爆弾が、日本中至る所に投下された。
 太平洋戦争末期の昭和20年(1945)3月10日、アメリカ陸軍重爆撃機隊所屬のB29(【註】Boeing B29 Superfortress超空の要塞の意味で、ボーイング社製の米陸軍大型超長距離重爆撃機。自重は47,500kg。爆弾搭載量9屯)爆撃機344機が、東京下町を襲った。世に言う「東京大空襲」である。
 東京への夜間の焼夷弾爆撃であり、死者約10万人以上、焼失戸数約27万戸、下町地域を中心に全都の約40%に当たる40平方キロメートルが焦土と化した。

 グアム、サイパンテニアンの各々の基地から飛び立った344機のB29は、上空で大集団を作り、一万メートルの高高度で大編隊を組んだ。
 そして機内の腹には、二千トン以上に及ぶ膨大な数の焼夷弾を抱え込んでいた。十数万発に及ぶ2.8kg焼夷弾とM69油脂焼夷弾(【註】通称「モロトフの花束」と言われるもので、6ポンド爆弾を38個束にしたもの。B29一機で5000発以上もばらまいたと言われる。通称500ポンド親子爆弾と言われる)を東京上空下で雨霰と降らせ、10万人もの非戦闘員を焼き殺す為に、一路東京へと向かったのである。これは最初から、非戦闘員を含めての「人員殺傷」だった。

 当時のアメリカの政治政策とアメリカ軍首脳は、二千五百万人の日本人を焼き殺す為に「オリンピック作戦(tactics-olympic)」や「コロネット作戦(tactics-coronet)」を計画し、無差別大量殺戮を展開中であった。そして昭和20年3月10日の東京大空襲は、日本人鏖殺(みなごろ)しの、ほんの手始めの序曲に過ぎなかった。これを手始めとして、大阪、名古屋、川崎、横浜、下関、呉、広島、神戸、長崎、佐世保、横須賀、新潟、八幡、戸畑、小倉、福岡と続き、最後の止めは広島・長崎の原子爆弾投下であった。


▲アメリカ陸軍航空隊の新兵器・超空の要塞・B29(Boeing B-29 Superfortress)超長距離重爆撃機
 ライトR3350-23の発動機2,200馬力を四基つけ、最高時速は600キロ。航続距離は11.200キロ(B29は9,350キロ)。通常平均高度は7,600メートル。実用上昇限度は9,700メートル。
 爆弾倉爆弾重量:18,00キロ×4、または900キロ×8、または450×12、または45×80。乗員十一名。武装:12.7ミリ機関銃10梃および20ミリ機関砲一門。全長:30.195メートル。全幅:43.07メートル。


▲焼夷弾の構造図(上/ドイツ軍・下/アメリカ軍)
 焼夷弾の発送は、その根底に「東洋人の皆殺し」という発想があるのではなかったか。アメリカだけではなく、当時、同盟国だったドイツも、日本抹殺を考えていたのではなかったか。ナチス・ドイツの原爆開発も、最終的には日本人抹殺を構想に描いていたように思える。
 特にアメリカが目論んだ日本人抹殺計画を考えた場合、地上から全ての日本人を抹殺するという発想があったのではないか。その最たる現れが、広島と長崎の原子爆弾投下ではなかったか。
 さて、焼夷弾による無差別大量殺戮計画はこうであった。
 まず最初に、爆撃地域の周囲にM69油脂焼夷弾を降らせ、大火災を発生させて巨大な火の壁を作る。そして住民である非戦闘員が、爆撃地域内から逃げ出せないようにして、完全に退路を遮断する。目標地域を火炎の燈火で明るくした後、第二次攻撃を引き受けた次のB29の大編隊が、2.8kg焼夷弾を投下して、逃げ惑う非戦闘員を完全に焼き殺す。

 昭和20年3月10日、東京湾上を北に向かって超低空で侵入し、当時の東京府に侵入して来たB29の大編隊は、日本人の「戦意の喪失」という名目で、焼夷弾の絨毯(じゅうたん)爆撃の雨を降らした。それは專(もっぱ)ら、軍需工場などを攻撃目標にするのではなく、非戦闘員の殺傷を目的にした鏖殺(みなごろ)しの無差別攻撃だった。

 この間アメリカは、科学の副産物としてレーダーを開発し、原爆を開発した。また、これが学際的研究として社会科学に、一種の革命を起こすことになる「行動科学」が生まれた。
 このように国家の機能を上げて、軍事目的に奉仕せしめることこそ、「軍国主義」の極みである。真の意味での「軍国主義」である。

 軍国主義に国民が全体主義の名の下に奉仕した国は、アメリカだけでなく、ドイツも、旧ソ連も例外ではなかった。
 軍事目的の為に、国民が総動員して国家に奉仕するという発想は、本来日本にはなかった。
 日本で国家総動員法が公布・施行されたのは昭和十三年(1938)三月、日中戦争に際してのことだった。人的および物的資源を統制し、運用する広汎な権限を政府に与えた委任立法であった。此処で、日本の運営は独裁色が強くなり、国民生活の中にも「国体の本義」などが問われるようになった。

 しかし、まだ軍国主義化できなかった日本は、政治に軍国色が濃厚になりはじめたのは、太平洋戦争開戦の前後である。
 この遅れが、また自然科学の組織化を遅らせた。その為に、レーダーを初めとする各種新兵器の開発に遅れをとった。このことが日本に大きな敗因を招いたのは周知の通りである。所与の目的の為に、社会科学の組織化が、勝敗の命運を分け、国家存亡が此処に掛かっているとは、日本の戦争指導者には思いもよらぬ事であった。
 則ち、日本人の発想は、そもそも「戦争が出来るような民族ではない」のである。そして島国と言う、四方が海に囲まれた列島人は、平和はおろか、戦争の何たるかも知らなかったのである。

 一方ドイツはどうであったか。
 ヨーロッパ大陸の陸続きの地域で育ったドイツ人は、日本人とは全く違う戦争観を持っている。

 先の大戦におけるドイツの、ロシアにおける怨念は日本人と同等か、あるいはそれ以上に大きいように思える。それは明らかに領土問題である。大戦中にドイツが失った領土に関する問題は、今もなお燻(くずぶ)り続けている。これは先の大戦で、完全に領土問題が解決してない事を物語っている。
 その一方で、今日のドイツの政治手腕は凄まじい。今日のドイツは、「未来志向」の国を目指している。現実路線に徹する事で、かつて失われたものを政治的に獲得しようとしている。未来志向路線のドイツの政治手腕は、実に巧みである。ロシアからの天然資源の獲得等である。これをうまく政治上の手腕に利用している。

 片や日本の場合は、どうか。
 日本でも樺太沖の天然ガス田を共同開発する計画がロシアとの間に持ち上がっていた。ところが、これが突如、白紙撤回された。樺太沖の天然ガスの総ては、中国に回される事になってしまったのである。かくしてエネルギー競争でも、日本は外交の失敗から完全に遅れをとってしまったのである。総てが、後手の発想で、遅れをとっている。ロシアから軽くあしらわれる外交に、一縷(いちる)の夢を託している。

 軽くあしらわれる原因は、どこにあるのか。
 それは北方領土を巡る、日本の頑(かたく)なな態度である。これにロシアは業を煮やした事は疑う余地もないであろう。
 日本は、戦後の政治の中で北方領土問題ばかりに固執してきた。これにこだわるあまり、戦後六十余年が経過しても、何の解決策も見出していない。いたずらに時を見過ごしてきた観がある。不毛の論議を繰り返すだけで、両国は何も得るものがなかったのである。

 日本の北方領土の問題は、西欧人からすると、実に滑稽に映るだろう。
 それは敗戦国が戦勝国に、「もの申している」からである。戦争に負けて失った領土を、過去の条約や取り決めを持ち出して北方領土を取り返そうとしているからである。しかしこんな論調など、通る分けがない。敗戦国は、戦勝国の意のままにされると言うのが、世界の常識である。「それを負けていながら」と、西欧人は思うのである。

 日本人に戦争観が存在しない事は、ほぼ明らかのようだ。
 その上に、「社会科学音痴」と指摘される所以は、忍従するべきところは忍従し、戦勝国のいい分に従い、聞き流すところは聞き流さなければならない。これが「大人の感覚」であろう。
 しかし「負けていながら」という事実を曝(さら)け出したまま、自主憲法も制定できず、世界は日本に戦争放棄をさせない状況にありながら、日本だけが勝手に戦争放棄して、口先だけで「平和、平和」とほざいているのである。実に愚かしい限りである。

 この点を観ただけでも、日本とドイツは戦争観が大きく異なっているのである。
 ドイツはこれまでに度々憲法を改正し、自主憲法を持ってきた。その上、再軍備を成し遂げ、アメリカからの追随状態を脱し、服属すらしていない。独自の外交姿勢を示しているのである。



●霊的神性を否定した現代日本人

 日本人は戦争を放棄したばかりでなく、霊的バリアの防御網も、今や完全に否定しつつある。その否定した状況の中で、見えない先に不安を抱き、その一方で“科学的”という言葉を常に口走りながら、これまで日本人が霊的に護られてきた霊的世界までもを退けようとしている。

 その結果、西欧の科学一辺倒主義を取り入れ、科学力を発展させてきた事は、また事実の側面である。
 ところが、科学の、これほどの進歩の中で、人々の苦悩は逆に増大の一途を辿っている。
 一見平和が保たれ、表面的には静けさを装いながら、その社会の裏側では異常なほど、日々、非常識が常識となり、言葉や文字は伝達の手段を欠きはじめ、現代社会の構造が、人間の棲む世界とは言い難いような、「欠落」の部分が多くなりはじめている。

 特に子供の世界は大きく狂いはじめ、仲間同士からのいじめ、父母の虐待、そして自殺と、衝撃的な現象が浮上して、既に久しくなった。

 この世の「異常な捻(ねじ)れ」は、幽界の世界からの反映である。その“写し”が顕界に顕われているのである。この世を「顕界」という。これに対して、あの世を「幽界」という。霊的世界のことだ。この世界が、この世に反映されているのだ。
 その幽界から、「異常な捻れ」が顕界に連鎖されているのである。現代とは、そうした世の中である。

 そして人間は、霊妙不思議な力を持つ優れたものであり、万物の霊長などと表現したりする。それは「霊魂」を持つからだ。霊魂は幽体と一緒に、幽界にいき、また肉体を付けて、物質を携えた人間として、この世に誕生してくる。霊魂は、「輪廻転生システム」の中で生き続ける。
 このシステムは、物質をより高い物質に高度化する大いなるシステムである。

 高度化された物質を、「超物質」という。物質が究極に至り、高い意志や感情を持った時、それは超物質となる。当然人間も、肉体と言う物質を携えて生きているので、肉体すら、超物質となることは可能で、超意志や超感情と言ったものを、超物質に回帰することが出来る。
 物質が、超物質になっていく為には、より高く、そしてより広く、深い奥行きを持った感覚を高めていかなければならない。

 目先に感情に流れ、それで取り引きするようなことがあってはならない。あくまで感覚を高め、感性を研ぎ澄まし、高度化されなければならない。この感覚を高める為に、人間は何度も、輪廻転生を繰り返すのだ。生まれ変わるのだ。物資が輪廻する意味は、この一点にある。

 人間は、なぜ生まれるのか。なぜ、この世に誕生し、他の性命を犠牲にして、生きて「生」を体験するのか。
 また「生」の体験の中で、苦悩や歓喜、失望や悲壮、そして離別と繰り返され、愛とともに憎悪を感じ、時には絶望の淵に叩き落されて、のた打ち回ることもある。なぜ、そうまでして生きなければならないのか、なぜ、こうまでに過酷な「生」を体験しなければならないのか。

 こうした様々な感情を、生・老・病・死のプロセスの中に循環させ、その時その時の感情や、その感覚は、一切が霊魂に記録されていく。その記録が、死した後、肉体を失って幽界へと伝達される。そして人は生まれる時、また「霊魂」という記憶する意識体の中で、過去世(かこぜ)に積み込んだ意識を携えて、再び誕生してくる。

 一方、時代が下がれば、その後世(ごせ)の世界は、死後生まれ変わる世界を通じて、日々複雑化する社会環境と、その感情や感覚も、感性的に広く深くなる。そして多種多様化する。
 こうなると、時代が下れば下るほど、喜びや悲しみも、ある意味で純粋さを失う。そして愛情の世界にも、物質化された低次元のものが、打算的に感情として入り込んでくる。

 低次元の物質は、高度化されていない為に、極めて物体らしく、物体の本性に魅せられるべく、人を誘惑し、魅惑するのである。そして後世の人間ほど、この誘導に弱いようだ。
 そしてそうした世界の環境下に、過去世の感情を抱きしめて、再び人は生まれるのである。

 人は生まれ堕ちた後に味わう感情の数々は、過去世に落したその時、その場の「唸(ねん)」である。その感情の数々は、より多く、より深く、より広く、感情を欲望に穂接(ほつぎ)させるのであるが、また、そこには数々の感情を抱え込んで死んでいく運命が待っている。


▲かつての日本には超感覚を研ぎ澄ます、神域や聖域が至る所にあった。しかし今日は、それが崩れ、霊的バイブレーションは次第に失われつつある。そして「鎮守(ちんじゅ)の杜(もり)」といわれた社の境内にある森も、乱開発で姿を消した。
 感情や感覚と言うものは、輪廻を繰り返して霊魂の中に堆(うずたか)く積み上げられ、それは感情の山となる。それが喩え、如何に醜い欲望であったとしても、あるいは欲に凝(こ)り固まったヘドロのような、ドロドロとした感情であっても、それはやがて万物の創造主の望む、超感覚的な大きな一つの隠し味のようなものになろう。
 人間は、つまり苦悩の中にもがき苦しんで、ドロドロとした欲望や、精神の働きを知・情・意の感情を経験しないと、その垂直線上に輝かしい超感覚に到達できないようになっているのである。

 悩み、苦しむことこそ、この世の「理(ことわり)」なのだ。
 こう考えてくると、この世に存在する「憑衣現象」も、ある意味で理解できることになろう。
 取り憑くとは何か。怨念を抱くとはどう言う行為か。

 それは取り憑いた霊の復讐によって、人は苦しみ、悩むのだ。悲しみを感じ、涙を流し、絶望すら感じるのだ。この感情を生きて超感情に到達させた時、人は初めて解脱を見るのである。この不幸現象から脱しようと、叡智(えいち)に心を傾けることになる。
 そしてその叡智とは、総て日本人の霊的神性の中に存在するのである。したがって、「霊性を高める」ことこそ、急務となる。
 しかしそうした急務の必要性を知る者は少ない。霊性が低下すれば、「金銭」という黄金の奴隷に成り下がる以外あるまい。



●家畜化された2種類の日本人

 日本には、大きく大別すると「無力なる2種類の日本人」が存在する。
 その一つは、“無力な善人”というタイプであり、悪いこともしないが、善いこともしないという善人で、可もなく不可もなく、その多くは、流行に振り廻された生き方をし、固定観念と先入観が強く、「思い込み」によって生きているタイプである。また、このタイプは「思い込み」が激しい為に、マスコミ報道などに振り回され易く、世の中に報道される100%を信じてしまう人である。つまり、マスコミに踊らされる人である。

 更にもう一つは、“真面目型の善人”というタイプで、毎日決められた通りのことを、確実に熟(こな)していくタイプである。平凡に、波風の立つ事を好まず、コツコツと日々のノルマを達成し、決められた通りの「行い」によって、自己表現をしていくタイプである。このタイプは「たかの知れた生活」に満足する人である。そして「無力な善人」の要素も兼ね備える。
 以上に述べた“2種類の善人”は、被支配階級であることは言うまでもない。また、これこそが「無力な善人」の実態である。集団催眠術に掛った「眠れる善人で」もある。そして被支配階級であることは紛(まぎ)れもない。

 この被支配階級を、支配階級側から見れば、非常に扱い易く、また“家畜化”され易いタイプとも言えよう。つまり、階級的には「労働者」である。
 一般に“労働者”と言えば、労使の関係と思われがちだが、労働者と使用者の関係を言うのではない。命令される働き手と、命令を下す指令者の関係を言うのである。

 今日の日本は「平等」という神話に、完全に“階級”と言うものが隠されているが、実を言うと、人間世界には明らかに「階級」と言われるものが存在し、それは旧態依然に現存している。
 それは何かを考えたり、行動する時に、上司との人間関係以外に、「階級」によって、人間の行動原理が決定されるからである。しかし一方で、階級は闇の中で隠され、明確でない部分がある。そして極めて巧妙で、複雑な問題を抱えている。

 「階級」という言葉は、誰もが遣(つか)いたがらない言葉である。
 今日の平等社会で、「階級」を口にすると、“つむじ曲がり”と思われたり、“精神異常者”の扱いを受けかねないからである。そして多くの日本人は、今日の擬装(ぎそう)の「平等」の世の中で、誰もが“この平等の世の中に階級などあるものか”と思い込みによる思考によって、辛うじて自己満足を抱いているのである。そこにささやかな優越感も存在している。

 その為に、隠れた部分の「階級」の話が持ち出されると、その“立腹度”は頂点に達するのである。誰もの頭の中に、錯覚した平等意識があるからだ。
 しかし、これこそが暗黙のうちに、社会階級に対する反映ではないか、と思われる節がある。また、支配層から被支配層を論ずると、一握りの支配層から、自称“上流階級”と自負しているそれ以下の、中流階級や下層階級を見て、一貫して総ては皆「労働者」なのである。

 労働者の定義は、単刀直入に言えば、「働いている」か、「働いていない」かの違いである。仕事を持つ者、働いている者は、みな“労働者”なのである。ただ、その労働者の中でも、楽な現場で働いて、楽な仕事をしながら高給取りであるか、否かの違いは生まれるであろうが、これを除けば、“働く者”や“仕事を持つ者”は、みな労働者なのである。楽な仕事をとして働いていても、働く以上は労働者であり、頂点に経っている者は、奴隸制度から言えば、差し詰め“高級奴隷”であろう。

 多くの日本人は、「社会的平等」という、表向きの謳(うた)い文句に、非常に騙(だま)され易い人種である。その背後には、幻想が生み出す「失望」と「妬(ねた)み」が隠されているからである。
 したがって、人間社会は人種的にも“平等”であり、社会的にも“平等”という言葉で、誰もの人権が守られていると言う、“幻想の世界”に逃げ込むのである。そして「平等」と云う言葉は、実に耳に心地よく聞こえるものである。そして誰もが、この「平等」に人間としての拠(よ)り所を求めている。

 また、この世の中には世襲の示す、“肩書き”や“地位”がある為に、その「自称」あるいは「称号」によって、この便利な制度に便乗し、これが階級に取って変わったと信じ込んでいる。そしてこの便利な“制度”は、一部の人間が、社会生活を送る上で必要不可欠な「人々の尊敬を勝ち取る」という問題だけをテーマに、平等と謳(うた)いながらも、実は“平等などあるのものか”という、反目する心が自分の裡側(うちがわ)に隠れているのである。

 つまり、民主主義の謳い文句が掲げる、その国家の展望の中で、「民主主義国家ほど、市民が取るに足らない存在である」ということを明確に物語り、その根底に隠れる平等意識の明確性の中で、「国民の誰もが一廉(ひとがど)の人物である」と標榜(びょうぼう)する国家は、裏を返せば、「誰もが取るに足らない、誰一人として重要人物は存在しない」ということになってしまうであろう。この事は、非常に重要な点である。しかし、多くが見落とし、気付いていても知らない風(ふり)をしている。

 「誰一人として、重要人物が存在しない」という国家こそ、実は民主主義国家であり、誰もが“平等”という言葉に騙(だま)されているのである。これがまた、政治家一つ考えてみても、「誰がなっても同じ」とする考え方に結びつき、この社会システムは、政府が、市民間に「均等な状態」という幻想を作り出し、日本人が家畜化される状態を“人類の展望”などと嘯(うそぶ)いている。「平等」とは、実に便利な言葉であるからだ。

 そして民主主義国家では、政治家を含めて誰がなっても同じと言う意識が植え付けられる背景には、その背後に隠れている「官僚」の実体が浮き彫りになって来る。
 つまり、日本は行政側の政治家が国家を動かしているのではなく、政治家を操っている官僚が、日本の政治を動かしていると言えるだろう。日本ほど、官僚が政治家に指図し、国家を運営していると言う国は、世界に例がないであろう。

 したがって、「善良な市民間」の中で、「努力すれば、容易(たやす)く、上の階級に上がれる」という神話は、まさに“幻想”であることが分かる。
 これこそが、現代人の抱いた幻想であり、「取るに足らないと思っていた階級制度」が、実は「平等」を意識させることで、善良な市民に、幻惑を抱かせる罠(わな)であったと言う事が分かるのだ。

 いま、“無力な善人”と“真面目型の善人”は、ほぼ固定化された社会システムの中で、「平等」と言う言葉に振り回されて、「底辺の歯車」に組み込まれ、その中で“目に見えない階級制度”への道を歩るかされているのである。
 そして「平等」という、人類に齎(もたら)された意識は、その一方で“人類はみな兄弟”というワン・ワールドの、“新世界秩序”の渦の中に巻き込もうとしている。

 だから、一方で“目に見えない階級制度”という存在に、薄々気付きながらも、その一方で“階級に対する妬み”は、いざとなれば復讐(ふくしゅう)の為の「平等主義」を振り回す原動力となるのである。この事からして、今日の人類は、“二重のジレンマ”を抱えていると言うことになる。

 その証拠に、政治的かつ法的に、表向きとしての「平等」は認めているものの、個人的な見解や理解度に於ては、現代人と言う生き物は、物事に上下を付け、価値観の決定的な違いに対し、自分と他人を区別する「境目」をつけているのである。誰の心の中にも、「十把一絡げは御免だ」と言う意識があろう。

 そして階級のない社会が、人類社会の理想と、タテマエ論を吐きながらも、自分より経済的に貧困な者を見ると、“自分はあれよりましだ”と、ささやかな優越感を抱くのである。
 この“優越感”の出所こそ、2種類のタイプから派生した、“目が耳の見えないことを嗤(わら)い、耳が目の聞こえないことを嗤う行い”なのである。その、それぞれに特性と言うものがあると言うことも知らずに……。
 今の日本人こそ、この平等主義に騙(だま)されている人種は、世界の中でも珍しいのではあるまいか。



●金銭と物財に取り憑かれた階級過敏症

 テレビや新聞や雑誌などのマスコミを通じて、“豊かな生活”をするイメージは、しっかりと現代人に固定化されたように思える。また、その洗脳の威力によって、“目に見えない階級制度”を暗黙の了解としている。
 つまり、日本人の階級意識は、口にこそ出さないが、その行動原理において、物質的に“豐か”か、快適か、便利かということが、これを如実に顕わしている。

 平等の意識を口にする一方、その裏返しとして、例えば仕事一つを上げてみても、“安全”か“危険”かが、選ぶ方に選択権を与える一方で、安全に属する仕事は極めて少なく、危険に属する仕事は極めて多い。
 したがって、頭脳の知力の度合いを競って、一握りの安全に属するポストの従事者を、知力テストで篩(ふるい)に掛けて選別し、狭き門に絞り込み、頭脳競走に負けた者を、危険な仕事の肉体労働者へ、また知能テストで優秀な成績を納めた者を安全で危険のない、後方に於ける楽な仕事へと選(よ)り分けたと言えるのではあるまいか。

 つまり、頭脳の知力的度合いによって、その優れた者は高級奴隷となり、一方劣る者は肉体を酷使する低級奴隸のポジションが与えられるのである。そこは低級なだけに、頭脳以外の肉体を酷使し、過労死する危険が大きく、寿命もそんなに長くないのである。
 こうした、階級別に管理するシステムが今日の社会に出来上がっていることを認めねばなるまい。

 その階級差別によって、労働者が仕事に関した事故や病気で、怪我をし、病気に罹(かか)り、あるいは死んでいる実情は、仕事に危険と安全があることを如実に物語り、その構造化に、命令される側と、命令をする側が存在すると言えるのである。

 そして、昨今はテクノ・ストレスと言う仕事の上で派生する「鬱病(うつ‐びょう)」が社会問題になっている。
 “耳鳴り”などの症状を訴える多くの就業者は、既に鬱病の初期段階であり、耳疾患は外部からの音の刺激がないのに、耳または頭蓋内に音が感じられる状態で、鬱病や神経症としても顕われてくる。
 これも“安全”か“危険”かの二種類から派生したものと言えよう。また階級を階層別に分けると、次のようになる。
















最上流階級
決して表面に顕われず、桁(けた)外れで見えない。これと言った仕事を持たず、遺産や配当、あるいは銀行の金利だけで暮している階級層である。100%労働をしない有閑(ゆうかん)階級層。先祖の功績や巨額な遺産などにより、その膨大な資産を受け継ぎ、一切働くことをしない特異な層である。
上流階級
財産の“量”を誇る階級層だが、慈善事業をしたり、名誉職などの仕事を持っている。肩書きに温存する富裕層。
上層中流階級
権威筋で、法律や医学、あるいは石油や海運などの大手企業などの経営に携わり、大企業の創業社長であったり、また大手ジャーナリズム、著名な演劇家・芸術家、著名なプロスポーツ選手、金融や不動産で働く代表取締クラス。国会議員や、競馬の馬主になれる資産家。かつては国会議員なども、地域の名誉職として地元の有志が代議士に出馬すると言うこと持った。
 または10億円以上の資産を所有するスーパーリッチ層。自分では「上流階級」の富豪の意識が強い。国際政策に携わる政府要人なども、これに含まれよう。
中下層中流階級
中堅金融業者、地方銀行家、中小企業の取締役や創業社長。売り出し中の芸能人や人気タレント、プロスポーツ選手。宗教団体幹部。政治家、医師(一部の医師の中には、医師が上位で、同じ医師でも歯科医は一等下という優越感を抱く者が居る。パーティなどの行くと、この意識格差が明確になる)、弁護士、公認会計士不動産鑑定士弁理士、パイロット、大型船の船長、各省庁のキャリア官僚など。自分では、かなりの優越感を持ち、エリート意識が強い。また、その為に人間的な配慮や、一般常識に疎く、自分以下の下層を見下す意識も強い。















上層労働者階級
大学教授・準教授、あるいは同程度の研究所職員や同等の所得を有する者。准医師または柔道整復師。新聞やテレビのジャーナリスト。歯科医師、税理士、土地家屋調査士司法書士、スチュワーデス、アナウンサーなど。労働者階級の最上部に君臨している。自分より出世してない同期達を見下す階層。会社員では一部上場の中間管理職以上の地位にある。
中層労働者階級
按摩マッサージ師、鍼灸師、看護師、療術師、カイロプラクター、心理師、福祉師、教師、社労士、ノン・キャリア下級公務員、行政書士、僧侶、神父や牧師、その他の平均的サラリーマン層。自営業者。強い自尊心で自己が培われ、「自由」と「平等」をよく口にする。日本では、ブランド品に敬意を払う階層で、最も多い階級層だろう。
 多くは私大や専門学校の出身者で、自身では“ホワイトカラー”や“頭脳労働”を自負し、横文字文化を好み、高級ブランド品は、特に敬意を払う。気が小さくて保守的。一方、希望退職やリストラの対象になり易い。
 また、VISAカードやクレジットカ-ドや銀行系のサラ金カードも、この階層が一番多く持つ。現金や小切手より、カードを持ち歩く層でもある。
下層労働者階級
非正規雇用季節労働者派遣社員など、一般的な作業労働者など。中中層労働者を含めて此処までの階層が、深層心理には、「中流意識」を抱いている。夫婦共働きも多い。豪華家電などは分割払いで購入する。“派遣切り”の対象になり易い。
 また、人材派遣会社から時給や月給を“ピン跳ね”されて“かもられる”対象でもある。
貧困階級
ワーキング・プアー、あるいは定職を持たないフリーター。また、“親の年金”で暮す就業年齢に達した、仕事をしない若者など。
住所不定階級
路上生活者などのホームレスのストリートプアー層。あるいは犯罪を抱えた逃亡者や外国からの密入国者。




最下層階級
決して表面に顕われず、桁外れで見えない。かの階層は、これと言った仕事を持たず、労働をしない有閑階級層。働いていないが、金にも困らず、食うにも困らない。また、自分の努力や功績によらず、福祉機構や更正組織から、ぎりぎりで生きて行く最低限度の金銭が与えられている。
 この構造は、「最上流階級の有閑層」と酷似している。最上流階級が先祖代々の遺産で暮すのと同じように、彼等は殆ど現金を身に着けていないのである。正体不明の悠々自適の階層。
 寝る時に寝、食べる時に食べる。まさに“有閑層”の名に相応しい。
 階級意識の中に潜在する、被支配層から検(み)た支配層は、長い間“倫理”と“文化”を支配し、旧家の権威によって、土地の人民を支配した“一握りの階層”で、人民の多くは、この権威に従順である事が社会の為来(しきたり)と考えていた。

 しかし、戦後の日本を席巻(せっけん)したものは、「平等主義」の持つ神話だった。
 人は、誰もが平等との「思い込み」が始まった。そして長らく日本人は、この平等主義に振り回されて来た。平等でなければ、腹立たしいのである。平等に違反する感情に、“逆撫での感覚”が敏感に反応するのである。特に学校教育で、日教組に指導された年代には、非常にこの意識が根強いものである。そして階級の嫉みは、いざとなれば復讐の為に、「平等主義」を振り翳(かざ)すのだ。

 ところが一方で、口では“平等”を口走りながらも、その実は、“人間には階級があって可然(しかるべき)で、あいつと自分がどうして同じなのか”という訝(おか)しな優越意識を持っている。特に中層労働者階級に、この類(たぐい)は多い。そしてこれが“階級過敏症”を招く原動力となっている。

 つまり、口では「平等」を唱え、自他との個人的な意識間では、“自分はあんな奴とは違う”という、もう一つの素顔があり、階級意識から来る優越感である。平等と矛盾する意識である。これこそが、日本国民の抱いている固有の階級構造になっている。
 そして人間の価値を、財産の量で推(お)し量ろうとする“西洋的処世術”に感化された生き方を模索しているのが、まさに今日の日本人である。

 それは「中流」と「平等」に焦点を合わせた価値観から来るものである。
 その中でも顕著なのは、日本の中流階級が、自分では上流と思い込み、中流階級が上層中流に這(は)い上がろうとする足掻(あが)きを、上層中流がこれを拒む状況があり、中流階級と、一つその下の上層労働者階級との鬩(せめ)ぎ合いが、本来の中流階層の間で繰り広げられ、特に日本では水面下の“階級衝突”が起っているように思われる。

 似たような環境に、多くの日本人の誰もが閉じ込められ、学閥出身校による優越感合戦が起っているとも言えるのだ。最終学歴の出身学閥で、“肩書き”や“ポスト”が定まると言う階級構造である。
 つまり、国家公務員などで見れば、“キャリア”と“ノン・キャリア”の階級の枠組みである。また、此処に境目としての線引きがあるように思われる。
 これは“富”と、それに伴う“権力”を指している。また、これに附随して、生活様式、好み、自意識が一方で、財産同様に重視される。また、これが人間を判定する場合の価値観となるようだ。


気をつけねば

>テレビタレントやテレビ番組に精神を汚染されないように気をつけてほしい」

”「読んでて息がつまった」と言うてる人いてたけど、これ、「民族差別」という枠組だけでなく、「男→女」「オッサン→若い女」「場の支配者→参加者」…何重にも権力勾配があって、よほど(力のある方が)慎重にやらなければ暴力がボコボコ沸いてくる状況なんだよね。”

このツイートのとおりで、ここまで何重にも踏んでいるやつは、そうはいないとは思いますが、パワハラ、セクハラが(残念ながら)そこら中に溢れている実態がありますよね。

で、日本SUGEEEな番組を見てチンケなプライドを満足させ、一方で中韓ヘイト本やら週刊誌の記事やら、あるいは歴史改ざんのコピペ=ネットDE真実に目覚めちゃうと、あっという間に立派な民族差別者になってしまうと。

実際、日本会議やらはそんなの多いと思いますよ。
やたら被害者意識が高く、だからこそ他国、他民族を差別しているという自覚もない連中。

ついでに自戒をこめて言えば、左派・リベラルだと自己規定していても、「差別」に無自覚な「権威」をまとった連中は過去にも現在にもいくらでもいるし、転向者もいくらでもいる/いた。
「無自覚」なので、批判に耳を傾けられない、という。
気をつけなきゃいけませんね。


誇れるものが何もない情けない日本人が増えたからそのオナニー行為の為のドキュメンタリー番組ですね。要するに感動ポルノだよ。本当の意味で下劣なポルノだ。



 今回も日本のぶっ壊さないとならないものを、思いっきりぶった切らせていただきます。

 日本で今年最も話題になったものの一つといえば「愛国ポルノ」でございましょう。この恥ずかしき歯クソはさっさとコンクリで練って、
納豆とみの虫と一緒にミキサーにかけて、固めるテンプルで固めてシベリアに船で輸送しなければなりません。

 儲かっているらしいので、ワタクシも一発こういう本でも書いて、林真理子女史の様な豪邸でもぶっ建てて、高須クリニックで全身整形
でもたりたいという誘惑にはかられますが、「シニタイ」「会社辞めたいんだけどどうしたらいいですか」みたいな相談ばっかり来てしまって、
さばくのが急がしいいので、手が回っておりません。

 ところで「愛国ポルノ」とはなんでありましょうか。を一言で表すならば、「日本SUGEEE!!!」と延々と吠えまくるオナヌー本とか
オナヌーテレビのことをいいます。なぜ「ポルノ」かと言えば、そういうテレビとか本をオカズに「日本SUGEEE!!!」と延々とハアハア
ハアするからですね。

■帰省したとき義父から自慢話を聞かされる感じ

 そういうテレビや本は、皇室の方の名前の漢字が読めないためiPhoneでいくら打っても「名前の漢字がでてこないおかしいiPhone
壊れてる」と大騒ぎしている「ネットde真実」の皆さんとか、隣国が金持ちになって超悔しいと怒っている団塊老人の娯楽となっています。

 しかしなぜこのオナヌー本やテレビをどうにかしなければならないかと言いますと、要するにですね、恥ずかしいからです。

 この「日本SUGEEE!!!」のオナヌー本やテレビの恥ずかしさを日常生活に例えてみましょう。

 「俺はPTA会長だったから凄い」

 「俺は会社では最も優秀な係長だと言われていた」

 「俺はそろばんに関しては多分この町内では誰にも負けない」

 「おい、玄関の花をみたか。あれな、農協の大会で賞もらったやつだから。俺は花に関しては町内で一番だから」

 「お前、車磨いといてやったから。俺は会社で車を磨かせたら一番だったんだから。どうだすごいだろ。水垢をここまで落とせるのは
俺だけだし」

 「ちょっとこのゴルフコンペの表な。俺がワープロで作った。エクセルっちゅーのに字を埋めるわけよ。どうだすごいだろ。これ誰にも
真似できないから。会社の事務の女の子がエクセルを方眼紙みたいに使うのってわけわかんねーっていうから、俺がやってやったのよ。
婿さんよ、あんたは会社でコンピューターやってるかもしれないけど、俺みたいにきっちりとはつくれないっぺよ」

 「俺は小学校の時は級長やってたの。しかも成績は全部5だから。5段階の。10歳の頃までには図書館の本を読んでたからね。
神童っていわれてたもんさ」

 どうですか、皆さん何かを走馬灯の様に思い出しませんか。正月や盆の度に帰省すると延々と自慢を足れるあなた様のボケ気味の
義父を。

 そのウザサとスケールの小ささと、どうでもいい事柄の自慢に、あなた様はジジイよ早く死んでくれないかと雑煮をすすりながら2000回
は祈った記憶があるはずです。



>>1
激同。
マジで最近テレビや雑誌メディアにあふれるこの手の「ニホンはすごい」系の企画ってキモすぎ。
まるでやってることが中国や韓国となにも変わらない自画自賛の”ホルホル”自己満オナニー。
でも、結局こういうメンタリティって自信喪失の裏返しでしかなく、権力が大衆不満を押さえつけるためのツールでしかないっていう。


それはさておき、「愛国ポルノ」ってキャッチコピー、いまいちピンとこないんだがw
自己満の自慰行為でしかないと言う意味ならストレートにいっそ「愛国オナニー」とでも言ったほうがわかりやすいんじゃね?w
(ま、ぐぐったらこの記事の著者女性みたいだし、オナニーという表現は露骨過ぎて躊躇したのかもしれんがw)


2015年4月9日、新華網は「日本の近年の自画自賛ムードは一種の病気である」と指摘する記事を掲載した。

このところ、日本では「日本はすばらしい」と自画自賛するムードが高まっており、書籍やテレビ番組でもこの手の内容が好評を博している。その様子は外国人から見るとうぬぼれとも言え、「日本は世界からこんなにも愛されている」、「日本に生まれて良かった」というようなテーマが至るところで目にされる。テレビ番組の中には参加した外国人ゲストが自分の国と日本を比べ、日本を絶賛するという手のものもある。この一方で、日本メディアの中にはこの潮流に疑問を投げかける声も出始めた。

戦後数十年にわたり、日本人は「謙虚で不平を言わずに物事に取り組む民族」というイメージを築いていた。日本経済が急成長を遂げた時期もその姿勢は変わらなかったが、成長が低迷してきた最近になって日本人の自画自賛が目立ち始めた。この背景には、自画自賛することで日本に活力をもたらそうという心理があるのかもしれない。先行きに対する不安を払しょくするために日本人はあえて「日本はすばらしい」と口にするとも言える。中国のある学者は「自信のある者は沈黙を保ち、うぬぼれる者は常に落ち着きがない」と述べており、現在の日本社会はまさに後者だ。

さらに、日本では過去の戦争について、「日本軍がアジアの人々を欧米の植民地支配から解放した」という声も聞こえており、これには警戒感を抱かざるを得ない。安倍晋三首相は第2次世界大戦時の行為を美化する言動を取っており、先ごろ発表した来年度の中学校の教科書では戦争に関する記述の見直しを図っている。安倍首相は若い世代に「誇りにできる歴史」を示したつもりかもしれないが、これが若者らの歴史認識不足をもたらす恐れは大きい。

日本の自画自賛はこっけいなうぬぼれにとどまらず、近隣諸国から受け入れられる機会をさえぎるものでもある。外部の声に耳を貸し、それを受け入れてこそ「自信を持った民族」と言える。(翻訳・編集/野谷)

なるほどねぇ。
だから、思い込みの激しい、自己中心的な、倫理が低い、

クオンタムリープ出井伸之君は、

三菱ローソンの新波君、

ソフトバンク孫正義

とっても仲がいいわけね!

わかりやすい構図ね!


 最近矢鱈と「日本は世界一」という自画自賛番組や日本人がいうのを聞くと、かつての「アメリカイズナンバーワン」を連呼して得意気になっていた嫌われ者アメリカ人を彷彿とさせる。自慢バカはどこの世界でも嫌われることが全くわかっていないのだろう。

 しかも滑稽なのは外国人にならまだしも同じ日本人に自慢している愚かさにある。自慰と同じである。海外では単一民族国家というのはほとんどなく、もちろん、本来の日本も多民族国家なのだが、建前上統一されたことになっているだけであるから、海外の日本人の活躍をもって、国内の日本人の優秀さの証明になるような感覚は恐らく(明治以来の)日本人独自のものだろう。大体環境が全く異なるからである。

 どうも日本では個人主義よりも権威主義が強いように思われる。外国人がきて最初に思うのは、日本人の個性のなさである。日本文化は個性的といわれるが、それは個性というよりも異質という意味に近い。悪い意味でいえば奇妙なんである。奇妙だから、外国人の、特にオタクには好奇心がそそられるわけである。

 奇妙さを逆手にとって主張することも一つの個性なので、良い意味で、実践的になればいいが、それを口先だけで自慢するのはアホ総理と同じで愚の骨頂なわけである。ピエロというべきである。


一部の洗脳されたB層ネトウヨを除き、アベなどにも、そのような不人気さを思い起こさせるものがある。自画自賛の自惚れを感じさせる。

 この共通項を探ると、団塊の世代のイメージは、メイドインUSAの米国製なのではないかと思う。米国製のネオコンウイルスが、団塊の世代に多く感染しているように思える。

 しかし、世界は、このウイルスの寄生性、つまり詐欺性、何の権力もないのに、権力を振りかざす横暴さや暴力の馬鹿さ加減に気づきつつある。実は中身が空っぽだったことに気がつきつつある。


日本のテレビが外国を歪めることに我慢出来ない。
日本人に悪い影響を与える何とも言い難いことをやってる。

1.外国人はみんな間抜けなアニメ声に吹きかえられている。
2.外国の映像は大げさで馬鹿らしく見えるように演出されてる。
3.チャンスさえあれば必ず"日本は最高"という印象を与えようとする。

例えば日本の立体駐車場のシーンでは明るい効果音に拍手を入れてるのに、外国のシーンでは縦列駐車に苦労するシーンに馬鹿な音楽を入れてる。
言ってることをそのまま伝えてたら素晴らしい番組だっただろうに、これじゃ単に"日本すごい"って言い続けてるのと変わらない。
偏屈な意見に聞こえるだろうが、これじゃFoxニュースがアメリカ国旗を常に画面に映してる行為と同じだ。
たまにはこういう話もいいでしょ。


【悲報】外人「日本ブランドって実はたいしたことない」

世界経済フォーラムの14-15年リポートによると、日本は供給の品質では世界首位だ。「素晴らしく高品質の日本ブランドの製品は、実はそうでもないかもしれないと、われわれは気付きつつある」と同教授は述べた。


高コストなくせに中国より品質おちるんでwwwww
タチわるすぎワロタwwwwスマセンwwwwwww


日本って実際大したことない弱い国ですよね?

最近、ネトウヨが日本の科学力は凄いとか、ロボット技術は世界一とか変なキャンペーンしてますが
ロボットにしたってただ歩くだけのロボットなんてNASAがとっくに開発してるし、


医療技術や航空機、軍事関係の最先端は全部アメリカが押さえている

民間航空機すら外国産を買って運用してるだけ

だいたい研究機関にしたってハーバードは寄付金だけで3兆円

東大はいくらですか?せいぜい百億


これだけ違えば研究レベルが全然違ってくるでしょう。


イギリスなんか政府は危機とかなんとか言われてますが、民間の力は凄いし


世界の軍事費はアメリカ中国ロシアが圧倒してて、日本はまともな武器すら作れない


ただ高い金払ってアメリカの武器買ってるだけ


その武器もまともに運用できず、この間韓国軍との模擬戦に自衛隊負けましたよね?



戦前は弱いくせにいきがってボコボコにされ、日露日中戦争のときにはイギリスの金儲けに利用され、ロシアに勝ったとか偉そうなこと言ってるけど日本軍の全戦力が極東ロシアのカス軍と互角だっただけでしかもイギリスの援助つきw


今の日本に何がありますか?


家電メーカーはもはや韓国のサムスンに足元にも及ばないし、


アニオタとかギャルとかいかにも頭悪そうな若者が増え、学力低下、英語力最下位、ニート


いまだに政治と金とかばら撒きとか道路族とかやってるし

税金の中身がみえない

韓国は官民一体で国の成長目指してるから汚職どころじゃない



しまいには50年後日本はGDPインドネシアに抜かれタイなど東南アジアと同レベルになるようですよ


結論

日本人は大したことない


違いますか?


現実逃避が世界で一番得意な日本人

テーマ:その他もろもろ
本の学校教育、職場、社会の流れでも思うことですが、
(日本の教育を受け日本で生まれ育った)日本人は
世界で一番現実逃避に長けた民族だと思います。
放射能問題、節電にしても「我慢すれば現実が変わる」
「我慢すればよくなる」と思う国民が多いのではないかと思う。
・ ・ ・ ・ ・
見渡してみると現実逃避する文化、テレビ番組が世界に比較して多い。
現実的に考えるとバカなクイズ番組、
現実離れしているアニメやドラマは日本に非常に多い。
特にアニメなんかは顕著。
・ ・ ・ ・ ・
20代、30代のいい歳した男性がコンビニで週刊のアニメ雑誌を
購入している姿を見る度に「変な国」だなあとつくづく思う。
何かのビジネス雑誌ならわかるんですけど。。。
まあ文化の違いといったところでしょう。
現実逃避。現実逃避。。。


自画自賛の「最高のおもてなし」の行方

テーマ:その他もろもろ
最近、とある誰もが知っている大手系列のホテル(場所は北海道)に宿泊したのだが、「最高のおもてなし」という垂れ幕や案内が客室にあるホテルだったのですが、非常灯は割れて壊れており、アイロンの貸出は無いと拒否され、ポットに入れるお湯は別の階にいかないと無い、電話は約30年前の機種、ラジオは1局しか入らず、Do Not Disturb/起こさないでくださいサインも客室に無い。盗難には気をつけてくださいというサインはあるのに金庫が客室に無い。本当にこれで大丈夫なのかと思うが、誰もが知っているホテルなんです。外国人も多くとまりに来る。最高のおもてなしと主張されても???な感じでした。
・・・・・
おもてなしってサービスを提供する側が定義するものなの?っていつも思います。
それでもって「あなたのためにおもてなしがいいですとかおもてなしをしています」と言われても、
非常に押し付けがましく聞こえる。日本や自社がすばらしいというような本も客室で見かけたが、
例えば外資系でリッツ・カールトン・ホテルが自分達のおもてなしはすごいとか
自分達のホテルはすごいんだとか賞賛している本を客室に置くかと言うと
ほぼ100%置かないだろうと私は認識している。
それが私の価値観としても合う。
・・・・・
いいかげんに日本の物・サービスの提供者側が「おもてなし」を主張するのは止めてもらいたい。
たいしたことしていれば別だけど、本当にそんなんで大丈夫?というのはよくある。


どうして欧米の地方行政が変化するか?といえば、それは選挙で住民が政治を選択するから。「投資を呼び込みます。雇用を確保します。そのための教育プログラムを実施します」。こうした現実的な訴えをする候補者でないと当選できない。日本では、いまだに「やさしい」とか「文化」とか甘ったるい公約もどきのメルヘンばかりが好まれるから、とてもじゃないが行政が変わるようには思えません。「企業が悪い。雇用を守れ。教育は愛国心」。こんな話を安易に広める人が多いのだから、そりゃ生活が厳しくなる人が増えるのも当たり前。軍隊や警察だけでなく、福祉や教育だってシビリアン・コントロールなのだから、政治が変わらないことには行政も変わりようがありません。


豊富に思える日本も本当は少ないと、だいぶん前にいってたよ
ダムや池を作ってやりくりしているが、ちょっと干ばつが続いただけで干上がるそうな


日本は仮想水を大量に輸入しているために本当は「水少国」だ、というような意見もある。日本が輸入している仮想水は日本での灌漑生産に置き換えた場合で640億立方メートルで、これは渇水年残余水資源量の30%、平均残余水資源量の18%に相当する。これはダムをひたすら作ればカバー可能な範囲におさまるではあろう。

 また、「日本は急流が多くて水がすぐに流れてしまうため、実質的に使える水が少ない」と言われる。これはある意味ではその通りで、水が海に流れるまでの間に溜めて農業用に使うことができない。そもそも、灌漑用水は土地さえあればダムやため池の造成である程度なんとかなる範囲にはあるのだが、造成用地も使う農地もないというのが現状である。言い換えると、水はあっても使う土地がないというのが日本にとっての根本的問題であって、土地のボトルネックが解消しない限りは水のボトルネックは問題にならないことを意味する*6。もっとも、食料生産という目標を中心に据えれば、土地が足りないことは大きな問題である。これが日本の水問題の現状である。


また、日本列島は小さな島の集まりで、最大の本州といえども幅が狭く、その芯に高い山脈を連ね、山間部は国土面積の70%を占めて平野部分が少ないから、長い川がない。



国民の知恵を活用

 「民意」を読むだけでなく、国民の良識や知恵を活用することが大切です。例えば、市民運動の存在にもっと目を向けていい。社会全体から見れば少数派かもしれないが、環境や人権など多様な分野で地域に根を張り、あるいは国際的に活躍している組織の役割はきわめて重要です。移ろいやすく、時に身勝手にもなる「民意」とは違って、理念と目標に沿って活動する人々から、学ぶものは大きい。

 私は長く、劣悪な環境で働く日雇い労働者が集まる「寄せ場」の研究にも携わってきました。日本の繁栄の陰で、社会の矛盾や弱さが凝縮していて、昔は「寄せ場に立つと世界が見える」といった。でも、今は日本中が「寄せ場」のようです。フリーター派遣労働者の問題にも通じるのに、政治家は最大の寄せ場の「山谷」や「西成」には無関心です。人が人として生きる権利が無視されている現実から、政治は目を背けてきた。

 例えば、日雇い労働者向けの宿泊施設を作ろうとすると、地元住民から反対運動が起こる。人権上必要な施設なら、説得するのは行政だけでなく、政治家の責任でもある。ところが、理念がなく、票にもならないから、多くの政治家は逃げる。

 理念に現実を近づけていくのが政治の基本であって、逆ではない。そこには強い人権意識がなくてはならない。目先の利益だけで民衆をあおり、政治への不満を対立や敵意にすり変えるとき、民意は「政治の道具」になってしまうでしょう。


*第1世代 70年代のオタク
 近代を特徴付けた“大きな物語”が凋落する
宇宙戦艦ヤマト”“機動戦士ガンダム”など、
そこでは超近代的科学技術と前近代的生活習慣の“虚構”が設定された
 近代的人間観の未発達な日本では、逆にポストモダン的“主体”崩壊に抵抗感無く適応出来た
 アメリカ産材料で擬似的日本を創り上げようとする欲望は
あたかも日本独自で有るかの如きサブカルチャーを創り上げ、
70年代日本の“虚構”の繁栄は日本が最先端であるという幻想に酔いしれる
*第2世代 80年代のオタク
 失われた“大きな物語”の“捏造”、その補填としての“虚構”を求めた時代
 ひたすら“虚構”の物語が渇望され創作され消費される
“虚構”のよき“浮遊”の時代、日本オタク系サブカルチャーが伸張する
小林よしのり福田和也など日本の右翼的言説さえ
オタク化しサブカルチャー化する事で生き残ろうとする


歴史観

 私が感じている虚構の正体とは「歴史」「イデオロギー」のことである。
 まず歴史について考えてみたい。日本は列島という地理的な条件から縄文時代から文化を共有し、ある種の国をなしていたという見方がある。そしてまた、7世紀以降、古事記日本書紀などに見られるような神話に近い歴史によって国が語られている。明治に入り、近代国家設立のために強固な中央集権国家が設立されたが、古代より続く、文化を継承し続けてきた天皇を中心とした国づくりがなされていった。戦後も天皇は象徴として存続し、その精神と文化を後世にも伝え残していこうというものが、私の日本の歴史認識である。
 これをもう少し単純な図式にすると、「日本は古来より天皇を中心とした単一言語による共同体。だから国を愛し、その精神と文化を伝え残さなければならない」ということだ。今、一部の人たちは、日本が個々バラバラに混迷しているのは、そのような歴史認識を失ってしまったことによるので、全国民の歴史認識を改めよ! と急進的な動きを見せている。私は歴史学者ではないので本当の史実的な解釈はできないし、一部の情報しか持ちえない。しかし、歴史観によって束ねられた国家を虚構であると捉えてみたい。その理由は、国益に適うからである。
 たとえば、アジア諸国との歴史問題が戦後60年を過ぎても未だに解決を見ない。日本人の自国の歴史観の再認識、再評価が、アジア諸国から「再軍備化」などと言われている状況である。現状を見ると 、歴史観の再認識が却ってアジア諸国との外交交渉に支障や、不利益をもたらしているのではないだろうか。
 「反日感情は単なる中国共産党の国家統制のためのツールであり、経済的損失はない」とテレビに出てくるコメンテーターが言うことがある。
 しかし、ではなぜ、世界をリードするまでに成長した中国に対してODAの援助を続けているのであろうか?対中のODAのほとんどが借款ではあるものの、日本中、貸し渋りなど資金不足が問題視されている中、日本が中国経済の銀行機能として働かなければならないことに説明がつかない。



>>275
大衆は馬鹿だからな、自画自賛のナショナリズムを煽られると弱い
戦前のメディアも軍部批判では部数が伸びないから自然と軍部礼賛になっていった
そうやって最初は商売的に軍部に擦り寄っていったのが最後はズブズブになって軍部に取り込まれてしまった
大衆は馬鹿だから大きな失敗を経ないと物事を理解できない、そしてやがてそれすらも忘れて再び失敗をする
商売からある程度離れた所で発言できる、知識人の啓蒙活動を守っていくことが大切

286 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/06/09(火) 17:19:02.85 id:De9pjXuL0
まんまとアホが嫌韓の本当の意味も知らずに必死に嫌韓ナショナリズムを高めてくれた
色んな工作員も交じってただろうね嫌韓活動に
その真の目的にも気づかずに
ただの嫌韓を何時の日か中国と韓国を結び付けた煽りに代えて
戦争出来る国へとナショナリズムが本物になって行く
最後は中国だけにそのナショナリズムを向ける形にすれば完成だよ
韓国は大統領を変えればいいだけだからね
いくらでもアメリカの思惑で韓国を親日に向けられる
こう言う時の為ににアメリカは韓国を大切にしてたんだろうな
70年経って中国と言う敵対国家が出来て時期が来たから
日本をアメリカの為に戦争出来る国にする為に韓国を表向き反日で日本に向かわせて
ナショナリズムを誘導しこの計画を実行した
それが今実ろうとしてる
相当賢い人間が計画してるよなこれw



日本の大衆文化が10年間でここまで落ちぶれた!
日本の大衆文化が10年間でとてつもなく落ちぶれてしまっている。日本政府は「クールジャパン」と称して文化産業の新興を図ろうとしているものの、実際にはとてもクールとは言えない惨めな実情がある 更新日: 2015年05月09日
gudachanさんgudachanさん

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デパート
10年前の日本では・・・
出典
blogimg.goo.ne.jp
10年前の日本では・・・
人口20万人を切るような地方都市でもデパートが存在し、地域のランドマークとして、近隣住民の文化的程度の底上げをしていた。だが、2000年代初頭のそごう破綻を契機に閉店ラッシュが発生してしまった
今の日本では・・・
出典
kojiro-railway2.cocolog-nifty.com
今の日本では・・・
デパート跡地は安さを売りにする家電量販店やドン・キホーテ(メガドンキ)が居抜き出店し、文化的程度はむしろ下がる一方。田舎であれば廃墟のまま10年以上野ざらし状態になることも・・・
閉店したデパートの建物利用状況 - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2133338085909636501
平成以降、不況による消費低迷とショッピングモールやアウトレットなどの台頭する中でつぶれていったデパートたち。そんな折、建物に別のテナントが居抜きで入ることで、か...
http://rr.img.naver.jp:80/mig?src=http%3A%2F%2Fimgcc.naver.jp%2Fkaze%2Fmission%2FUSER%2F20120403%2F86%2F838036%2F7%2F270x230xf5aa9715290a2e2c61d3fcba.jpg%2F300%2F600&twidth=300&theight=300&qlt=80&res_format=jpg&op=r
テレビ番組
10年前の日本では・・・
出典
www.ne.jp
10年前の日本では・・・
コンセプトのしっかりした多彩なテレビ番組が存在し、「クイズ$ミリオネア」(画像)や「サバイバー」のような海外番組の正規輸入盤も多かった
今の日本では・・・
出典
livedoor.blogimg.jp
今の日本では・・・
雛壇タレントがスタジオで雑談をするだけの番組や街中で食事をするだけのジャンク番組が横行。出演者同士で貶しあう様子は日常茶飯事だ
日本のテレビ文化が海外と比べて特殊すぎる⑩の理由 - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2142227717925980401
平成初期までは世界で最もテレビ文化の充実していた日本。ところが21世紀のテレビ文化は、海外と比べても特殊な構造になって久しい。⑩の理由をまとめた
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コマーシャル
10年前の日本では・・・
出典
up.gc-img.net
10年前の日本では・・・
商品ジャンルを問わず世界に通用するようなかっこいいCMがたくさん制作・放送されていた
今の日本では・・・
出典
image.itmedia.co.jp
今の日本では・・・
昭和のアニメや童話をモチーフにした幼稚なCM作りが横行している。借金返済や病気の不安を煽るようなグロテスクなCMも多い
【動画集】日本のテレビCMのコンセプトが急激に幼稚になっている - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2142242321160429501
日本のテレビCMが急激に幼稚になっている。アニメや童謡、童話を用いたコンセプトのCM作りが横行している
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斜陽の国・日本のテレビCMの「5大貧困ジャンル」をまとめてみた - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2142243365575844801
2010年代になってから日本のテレビCMの総貧困化が顕著になっている。特に気になる「5大ジャンル」についてまとめてみた。いずれも2000年代には存在しなかったも...
http://rr.img.naver.jp:80/mig?src=http%3A%2F%2Fblog-imgs-45.fc2.com%2Fy%2Fu%2Fu%2Fyuuoku%2F20141012203629935s.png&twidth=300&theight=300&qlt=80&res_format=jpg&op=r
ゲーム
10年前の日本では・・・
出典
happymoonlight.com
10年前の日本では・・・
国内のゲームメーカーがこぞって大作を制作・販売しており、ゲーム大国日本の名に恥じない土壌があった
今の日本では・・・
出典
enjoy.sso.biglobe.ne.jp
今の日本では・・・
大手ゲームメーカーは次々統廃合され、あからさまに下劣なソーシャルゲーム市場だけが活気がある。海外ではもはや日本のゲームはほとんど流通していない
ファミリーレストラン
10年前の日本では・・・
出典
upload.wikimedia.org
10年前の日本では・・・
デニーズやすかいらーくロイヤルホストなどがファミレスの基準値。シズラー(画像)やレッドロブスターなどの外資系のチェーンも多数存在していた
今の日本では・・・
出典
blog-imgs-18.fc2.com
今の日本では・・・
サイゼリアやガストなどの低価格チェーンが主流に。シズラーなどの店舗はほとんど見かけなくなり、デニーズは「高級ファミレス」に変貌してしまった。すかいらーくは消滅
日本のファミレス文化のレベルがいつの間にか韓国に抜かれてしまっていた! - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2142770763717771601
日本のファミレス文化のレベルがいつの間にか韓国に抜かれてしまっていることを貴方はご存知だろうか
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書店
10年前の日本では・・・
出典
livedoor.blogimg.jp
10年前の日本では・・・
書店の軒先には極めて健全な書籍が沢山並んでいた
今の日本では・・・
出典
livedoor.blogimg.jp
今の日本では・・・
他国を悪しざまに罵ったり、日本の素晴らしさを自画自賛するヘイト本(愛国ポルノ)や、医療や経済をテーマにした根拠のないインチキ本が氾濫。装丁も汚いものばかりだ
「日本全体で文化度が底辺化」元国連職員が書店文化の質凋落に苦言 - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2142183161498692501
イギリス在住の元国連職員の谷本真由美女史が新宿の紀伊国屋書店を訪問し、書店や本の文化的程度が底辺化していると指摘している。センセーショナルなインチキ経済本や老人...
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アジアに抜かれる「豊かさ」
経済的余裕は日本が最低
出典
pbs.twimg.com
経済的余裕は日本が最低
こうした実情からか、日本の大衆文化はアジアに抜かれてしまっているという指摘もある
アジアの中流層はもう日本より豊かになってる!?ツイッターで賛否両論分かれ話題に - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2141813886275738101
急激な円安が問題視される中、日本の消費文化の水準がアジアに抜かれてしまったのではないかと分析するブログ記事が話題を呼んでいる。読者の反応は賛否両論だ


全日空日本航空って海外でそんなにブランド力ってあります?

知恵袋でもよく賞賛されてますがぶっちゃけ、
単に日本人が買い被り過ぎてるだけ
じゃないでしょうか。
言っちゃなんですが、
日本人って自国のものはなんでも優れているって
自画自賛して他国のものは質が悪いと
卑下する変な国民性がありますが

全日空日本航空への知恵袋の回答とかでの賞賛も
単にその延長線上では?

アメリカのスリーマイル、旧ソ連チェルノブイリ原発
事故が発生した際にも、
日本ではああいう事故はまず起きない、なんて言っていたのに
福島原発でやらかしてるし、

1988年にサンフランシスコで大地震があってフリーウェイや
川に架かる橋が崩落した際にも、ああいうことは厳格な安全基準で
造られた日本の橋や高速道路では起きない、なんて言っていたのに
阪神大震災でやらかしてるし、

中国の航空会社は危ない、なんて日本人は言っているが
中国南方航空中国東方航空も安全性ランキングでは
全日空日本航空よりも高い。

香港人キャセイパシフィックのことを
そんな風に優れているだの
アジアを代表する航空会社だのと自ら賞賛しないし、
シンガポール人もそう。

で、質問なんですが全日空日本航空って
日本人が言うほどブランド力ってあります?

日本人が他の民族と比較していかにすぐれてるか、日本人はいかにすごい歴史を持ってるだのという番組や特集ばかり。今の日本人ってどんだけ自信がないんだよ!って思ってしまうね。


英国人アナリストの辛口提言──「なぜ日本人は『日本が最高』だと勘違いしてしまうのか」
Posted by COURRiER on 11月 24, 2015
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日本の「おもてなし」は世界一だ、「ものづくり」は高く評価されている――これらはすべて妄想だ。バブル絶頂期に不良債権問題をいち早く予見した伝説のアナリストが、日本人の「自画自賛」体質を一刀両断する。
Text by COURRiER Japon

デービッド・アトキンソン
David Atkinson
1965年生まれ。オックスフォード大学で日本学を専攻。ゴールドマン・サックスを経て小西美術工藝社社長。『新・観光立国論』で山本七平賞。著書に『イギリス人アナリストだからわかった日本の「強み」「弱み」』など。
????

「クールジャパン」なんて、相手から言われることであって、自分から言うものではありません。そもそも、これは「クールブリタニア」から来た表現です。

大英帝国時代に、英国が世界を支配するということで「ルールブリタニア」という表現があった。それを皮肉って、もっとクールになろうよ、ということでクールブリタニア戦略ができたのです。

これは、食事がまずいとか、英国の良くないところをいろいろと変えていくための目標としての「クール」だったのです。表面の言葉だけ持ってきた日本は、変化しないことを良しとした、自画自賛の「クール」。全然違いますね。
 
本当にクールジャパンは残念です。アニメやアイドルが好きな人ばかりを日本に集めていいのですか? 自動販売機や四角いスイカを目当てに世界から観光客が来ると、本気で思っているんですか? もちろん、本当にクールなものが日本にあることはわかっています。でも現在のところは、単に日本人がクールだと考えているものを外国にむかって押しつけているだけです。
 
こうした思考法に日本の「弱み」が表れています。すなわち、真剣に分析しないで、一方的な思い込みだけで戦略を立てる、というところです。
 
最近の日本人を見ていて不思議なのは、外国から批判されると「日本のことなんかわかってないくせに」と頭から否定するのに、褒められたら一転して、すべて真に受けるところです。

「外国人はお世辞を言わない」とでも思っているのでしょうか。どの国の人でも、社交辞令は言うし建て前でもしゃべります。たとえば米国人はプラス思考の国民性だし、相手を傷つけてはいけないと考える人たちだから、お世辞ばっかり言いますよ。



「一番だ」「ブームだ」と思い込む
 
だから、京都は世界一の観光地だ、と思い込んでしまう。たしかに、米国の旅行雑誌がおこなった「来た人」に対する調査結果ではそうなっています。でも、それは潜在能力の話なんです。客観的な事実では、183万人しか宿泊していません。

これは世界で96位だそうです。つまり、「これから来る人」を呼ぶための観光戦略はまったく機能していない。高いのは潜在能力だけであって、実行されたものではない。そこで自慢されても違うでしょ。96位という現実を真剣に分析して、対策を冷静に考えるべきではないのですか。
 
実際、京都を世界一とした口コミにもいろいろな改善点があげられているのに、そこは見ないで「素晴らしい」と身内で言い合っている。一番だから改善する必要はないと思っているのでしょう。従ってホテルは増えないし渋滞もなくなりません。
 
あるいは、「和食が世界でブームだ」と言う人がいますが、これも思い込みです。証明してみましょう。「ぐるなび」で調べると、東京23区で洋食店は5618軒あります。これを基準に、ヨーロッパで和食店を東京と同じくらいの普及率にするには何軒必要か計算してみると、18万7257軒となります。

ですが現実は、農水省の推計によると、わずか5500軒です。たしかに和食はおいしいですが、それを実際に海外で浸透させるような大規模な動きは存在していないのです。にもかかわらずブームと言っている人は、何の数字の裏付けもなく語っていたわけですね。


自己中心的な国に観光客は来ない
 
思い込みの良くないところは、数字を見ないことだけではありません。相手の立場を考えていない、という問題もあります。
 
日本人を対象にした「日本のどのようなところを世界にアピールしたいか」というアンケート調査の結果によると、マナー、治安、サービスといったものが上位にきています。
 
でも考えてみてください。あなたが海外旅行の行き先を考えるときに、その国のマナーや治安が旅の目的になりますか? ならないですよね。だったら、なぜ日本人にとって観光の動機にならない特徴が外国人になら通用すると考えてしまうのでしょう。
 
マナーや治安が観光において有利というデータがあれば話は別ですが、それは確認できません。たとえば、世界で一番治安がいいとされるアイスランドの年間観光客数は、わずか80万人しかいません。

「おもてなし」を目当てに外国人観光客が来る、なんてことはあり得ないのです。実際、日本の観光客は増えていると言いますが、せいぜい1000万人を超える程度で、フランスの8分の1くらいにすぎません。しかも内訳は台湾や中国など、近隣のアジア諸国が大半です。ヨーロッパから日本に来る観光客の数は約100万人。数千万人を集める観光大国と比べると、いないも同然なのです。
 
それなのに、妄想を根拠にして日本のマナーやサービスが支持されていると思い込む。観光立国だと語る。それは気持ちいいことかもしれませんが、そんな思い込みに付き合わされる現場の労働者はたまったものではないでしょう。
 
毛沢東時代の中国では、世界一の鉄生産量を達成させるために、一度作った鉄を溶かしてまた製鉄していました。今の日本でも、あちこちで似たことをしているのではないですか。
 
もうひとつ気になるのは「日本のことを理解してもらいたい」という表現。これ、どうでもいいことです。
 
男から女に対して告白するとき、「私のことを理解してほしいから付き合ってください」とやっても、成功する可能性はほぼゼロでしょう。観光も同じです。この国のことを理解してほしいから観光してくださいと言って、誰が来るのですか? 結果としてそうなるかもしれないけれど、それは二次的な動機でしかありません。
 
多くの人の人生において、他者を理解するために時間を割く余裕はありません。人は刺激を体験したくて、旅行を楽しみたくて他国に来るのです。そこに「日本文化の素晴らしさを伝えたい」なんて余計なお世話ですよ。
 
要するに、上から目線なのです。外国人の考えに配慮することもなく、単に日本人が「強み」だと思っているものを押し付けているだけ。そういう意味では失礼ですらあります。「日本のおもてなしは世界一だ」と語ることは、間接的に「アンタの国のおもてなしはダメだ」と語っていることにもなるのですよ。

世界市民ぶって、「強み」を押し付ける。

これは、実は「田舎者」に過ぎない。

謙虚さは、押し付けない。

謙虚でないやつが「おもてなし」ていうても、なに?



▼東大教授のロバート・キャンベル氏は「NEWSポストセブン」のインタビューで次のように語っていた。
白雪姫に出てくる王妃のように、自分が世界で一番綺麗だと言ってくれる鏡ばかりをありがたがるのは、自分のことを醜いと言う鏡は気に食わないという思いと紙一重なんですね。

日本人は愛国本という自分のことを褒める鏡ばかりを見ていてはいけない。そして日本のマスメディアは今一度その社会的な存在意義を見つめなおし、ジャーナリズムを取り戻す必要がある。

今の日本には、自国の美点をほめたたえる書籍やテレビ番組があふれています。しかし、それは思い上がりではないでしょうか。


気になるデータがある。NHK放送文化研究所が1973年から5年ごとに行っている「日本人の意識」調査では、2013年時点で「日本人は他国民と比べて、極めて優れた素質を持っている」と答えた人の割合は67.5%に達した。前回調査と比べて跳ね上がっており、過去のピークである70.6%(1983年)に迫る水準。他国の長所を謙虚に受け入れる日本の強みが失われかけているとすれば心配だ。

いま、日本には「おもてなし」礼賛に限らず、自国の美点をほめたたえる書籍、番組があふれている。だが、そこに本当に他国と比較し、数字を踏まえた議論がどこまであるか。日本に長く暮らす外国人の辛口のエールにこそ耳を傾けたい。



(耕論)「日本ぼめ」の快感 

朝日新聞 2015年6月16日05時00分

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11809029.html

 かっこいい日本、「クールジャパン」を海外に売り込もう。そんな動きの一方、日本のここがすごいという外国人のほめ言葉がよく伝えられる昨今。少し、熱くほめられすぎてないか?


 ■肯定ばかり、だから安心 武田砂鉄さん(ライター・編集者)  

テレビ番組で、日本のラーメン屋の行列を「美しく冷静に行列に並ぶことができるのは日本人だけ。規律正しい国民だ」と外国人のキャスターにリポートさせていた。併せて流した映像は裕福ではなさそうなインド人がバケツを持って並ぶ姿。そこまでして「日本」をたたえますか。

僕も日本は好きです。しかし、何でもかんでも日本を褒めがちな風潮は気持ち悪い。外と比較し、外を下げて、自分たちを持ち上げる。「日本アゲ」ですね。欧州の先進国でも電車の発車時刻は遅れて当たり前なのに「定刻発車できる日本はすごい」とか。

1998年から3年半、「ここがヘンだよ日本人」という番組がありました。世界から見ると日本人はこんなにおかしく見えるよと、それを面白がり、笑いのめす度量があった。今なら「自虐的だ」と叱られるのでしょうか。「世界の日本人ジョーク集」が売れたのは約10年前。自分たちを笑う余裕がありました。

書店の店頭で目立つ、日本を褒める本は三本柱です。ただただ称賛する本、中国や韓国をけなす本、「昔の日本人と比べ今はだらしない」と叱る説教調の本。嫌中・嫌韓本はヘイトスピーチの社会問題化などで失速気味。

その分を「褒め本」が埋めています。

 三本柱の購読層は重なり、中心となるのはいずれも50代以上の男女。中韓への鬱憤(うっぷん)を日本アゲで埋める構図です。ひと昔前までは「日本の方が上」と余裕で感じていられた状況が、中韓の経済規模拡大で変わった。日本褒めは、プライドが崩れた中高年を優しく慰め、安心材料を提供しているともいえます。

 安心の作り方も粗雑です。ある本は「日本を褒める」本文の多くが、ネットに投稿された外国人の日本を称賛する書き込み。一面的なところがウケる。物事には否定的な見方も肯定的な見方もあるはずなのに肯定以外は切り捨てる。それを繰り返し「日本はやっぱり素晴らしい」「まだ大丈夫だ」と安心する。

現状を精緻(せいち)に分析し、解決策をあれこれ探る難しい本よりも、風邪薬の効能書きの「熱が出たらこの薬」みたいに、「不安になったら日本アゲを読め」という図式が出来上がっているのでしょう。

もう一つ気になるのは、行列や定刻発車という個別事例がいきなり「日本という国」「日本人」という「大きめの主語」に昇華してしまうこと。理解に苦しみます。行列に整然と並ぶ姿が、なぜ「日本人はすごい」に直結するのか。

「せっかく褒められて気持ちよくなっているのに、気の利かない野郎だ」と思われようとも、その都度立ち止まってぐずぐずと考え続ける以外にないと思う。さもないと、いつしか「大きめの主語」に取り込まれ、翻弄(ほんろう)されてしまいます。(聞き手・畑川剛毅)

たけださてつ 82年生まれ。出版社勤務を経て昨年独立。「紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす」を今年4月に出版。

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■自己愛保つために自賛 春日武彦さん(精神科医)

      

自己愛のない人間はいません。その表れ方は、自己肯定、思い上がり、独りよがり、といろいろ。自信を抱くことで生きる意欲を高める自己肯定は、人が真っ当に生きるための支えになります。

一方、自画自賛や自己陶酔などは独りよがりと言えます。

日本の長所を自賛する現象が目立つとすれば、多くの日本人の自己愛が傷つき、危機にさらされているからです。 

個人の自己愛が危機に瀕(ひん)したとき、それぞれの人がとる対応は二通りあります。ひとつは「自分はこれだけのもの。とやかく言うな」と虚勢を張ること。居直りにも近い態度で、積極対応といえる。

もうひとつは消極対応。表面的には沈黙を装いながら、内心では誇大した自己像を思い描き、守るのです。極端な例は引きこもりですが、それ以上自己を傷つけないように心の内に逃げ込むわけです。

もともと日本人はこの二通りのやり方を絶妙にブレンドしてきました。

自己肯定感をそれなりに持ちながらも、自虐的な日本人論を面白がったり、辛口の外国人が言いたい放題の「ここがヘンだよ日本人」なんて番組を苦笑しながら楽しんだりしてきました。

それが、最近は変わり、積極と消極、二通りの対応が個人の中でブレンドされることなく、いわば並立する形で表れてきたような気がします。

自画自賛の現象は、消極対応の発展型なのです。「無人販売所が成り立つ日本はすごい」「町工場の技術がすばらしい」。こういう話題は、どこの国の人だってあえて否定や反対しませんよね。そうした話題について紹介して、内輪だけで盛りあがっている。

これ以上自分たちが傷つかないように、自分たち自身を慰める側面が強いのでしょう。

一方で、積極対応については、とかく強気な態度や言葉遣いが持てはやされる風潮に表れています。分かりやすい例は排外主義的なヘイトスピーチネトウヨの言葉です。「自分が正しい」と言い切るのは、安心感を得るのに手っ取り早い方法ですから。

 なぜ二通りの対応がブレンドされることなく、分かれて表れるようになったか。ネット環境の発達とともに、単純で平板な思考法が一般的になったことが大きいでしょう。屈折、含羞(がんしゅう)など「ひねり」の面白さも分かりにくい社会になり、身もふたもない正論やクレーマー的な理屈が横行するようになってしまった。 

そうした思考法は、社会での勝ち組、負け組といった単純素朴な対立構造こそがリアルだと感じる感性ともつながっています。

自己愛が揺るがない人間なんていません。どのように折り合いをつけて自己愛を保つか、そこに品性や志が反映します。最近の安直な自画自賛現象はそれらが欠けた結果なのです。(聞き手・村上研志)



四回目 イルミナティの悪魔的な所業の謎をとく 3 軍事技術の進歩と戦争


イルミナティは、ユダヤ人の仮面の下に 遊牧民族スキタイからの伝統の残虐性と悪魔崇拝の宗教をまとった偽銀行家集団や偽宗教家集団の秘密結社として登場する。かれらが投資した対象はまず軍事産業だった。この軍事技術は広義でとらえねばならない。彼らの関心は人々を支配する武器に関する技術革新であった。


1、古代の軍事技術の進歩と、戦争による国々の大混乱

軍事技術中心国家の誕生

スキタイ民族に代表される遊牧民族の軍事技術の飛躍的進歩が、古代史上の大激動を引き起こした可能性がある。移動手段の革命的進歩は軍事的に圧倒的な優勢をもたらす。
紀元前1500年ころの地中海、小アジア等の大国の滅亡、流動的な国際情勢、大混乱がある。さらに、「海の民」、すなわち古代の東地中海の海賊の問題もある。


スキタイ人騎兵スキタイ民族など遊牧民族では、遊牧の技術が発展して、馬の家畜化、品種改良が進み、大型で強力な種が作られ、戦車より、さらに俊敏に活動できる騎馬戦闘術が生まれた。車輪、スポーク、車軸の発明・実用化が幌車を作り出し、広大な草原を高速で移動できるようになった。これらの発明により史上初の遊牧民族の大帝国スキタイが誕生した。国の組織など仔細など、はっきり分かっていないことが多いが、きわめて小数の支配者が広大な国を治めたことは他の国々の関心をひいた。そして、このことが各遊牧民族にひろがることによって、世界史上の激動の遊牧民族の大移動が始まったのだろう。移動の方向は東から西が多く、従来これを気候変動などと説明していたのだが、別の要因があるのだろう。なぜ、ウラル山脈やモンゴル地域、とくにコーカサス山脈地域にその拡散の中心があるのかはよくわからない。


そしてスキタイ民族から軍事知識を得たギリシア・ドーリス系遊牧民族は、海に進出して、ミケーネ海洋王国を下し、造船技術、船の操船技術を手に入れ、「海の民」、海賊として当時のエーゲ海、地中海、黒海等を広範に荒らしまわったのだろう。


ここで軍事技術開発が国家の最優先課題となり、国家の人的資源などすべてを注いだ、軍事技術開発プロジェクトを抱えて存在する史上初の軍事国家、スキタイ国家が誕生したのだ。この伝統はハザール王国、イルミナティ帝国と受け継がれていった。


2、近代の軍事技術の革新と国民にたいする戦争

イルミナティが確立し、敵としての諸国の国民に対して、秘密の戦いを挑むため
支配権をどのように奪うか、武器の検討がされただろう。それはいつだろう。


(1)17世紀オランダにおける悪の根源

銀行の歴史で、通貨(紙幣)を一私企業が印刷して発行する制度の発明は1694年のイングランド銀行創設が中央銀行ユダヤ人の民間銀行)としてはじめて表に出た。オランダから来た組織が中心になったこのユダヤ人銀行家の組織はなんだろう。オランダにおける前イルミナティ地下政府のように見えるこの秘密結社はなんだろう。もうすでに通貨を使った詐欺のからくりを熟知したこのユダヤ人秘密結社について調べねばならない。


歴史的には1602年のオランダ東インド会社の創設があり、1600年のイギリスでイギリス東インド会社ができる。この17世紀は英蘭戦争もあり、この戦争が、後のすべての茶番劇戦争のお手本になった可能性がある。1666年にはトルコで例のサバタイ・ツィヴィの改宗もある。秘密結社の網の目がトルコのコンスタンチノープルのサンへドリンを核にしていたかもしれない。


この時期に革命的な重要な一歩がなし遂げられたのだ。支配にたいするすべてがステルス性を持ち、情報の軍事技術革命と洗脳戦争、中央銀行制度創設による国家支配、など前イルミナティ帝国が強固に整備されたように見える。あらゆる国家の上位にあり、つねに優位に立つことができるようになった。各国家の中枢部に秘密結社による「戦争計画集団」ができ、大衆を戦争に追い込むことが可能になった。イルミナティの誕生はあきらかにされているより実質的に百年以上はるか以前にあり、イルミナティ地下政府はさらに深い闇に包まれているように見える。


悪魔教殺人儀式この秘密結社はステルス性を保つため、入ったら抜けられない死の掟、悪魔教殺人儀式により絶対の秘密性を保っただろう。絶対に発見されぬよう何重にもおとり、入れ子構造などを組織に取り入れ、既存の宗教組織、ドルイド教イエズス会等を飲み込み、工夫をこらされただろう。


註:右は悪魔教における儀式殺人の絵です。


武器としての中央銀行の創設のアイデアの根源はオランダにあるように見える。ここに隠れた天才的戦略家の存在が考えられる。これらは単なる一銀行家の思考をはるかに超えている。


(2)武器としての新聞の再発明

アダム・ヴィイスハウプト人々の目をふさぎ(国民の盲人化)、情報を支配するための新聞の発明が行われた。 1776年ヴァイスハウプトのイルミナティの公式設立では、新聞のマインド・コントロール兵器としての使い方が研究されただろう。さまざまな大衆支配戦略の開発が中心課題になっただろう。その延長線にタヴィストック研究所があるのだろう。武器「新聞・TV」の発明は重要で、これによりさまざまな出来事が成し遂げられたのだ。このマスメディアの兵器によって、闇の真の世界同時革命が遂行されたのだ。

タビストック人間関係研究所

情報は人を幸福にも、不幸や悲しみにもみちびく。山道で嵐や吹雪にみまわれ道に迷ったとき正しい標識といたずらされて変えられてしまった標識とでは生と死の大きな差が生じる。これが情報の価値だ。よくしらべるとマスメディアはこの標識をいろいろ操作していることがわかる。事実の地点を指し示すのでなく、イルミナティの意図する目的地へ強制して追い立てているのだ。まるで、羊を追い立てていくのに似た方法が取られているのだ。イルミナティはマスメディアを「むち」として機能する武器としてつかっているのだ。なぜならば、人類はみなイルミナティの奴隷なのだから。これはヘロドトス歴史4-3にあるようにスキタイ人のやり方だ。マスメディアが上部からの指示で政治家をむちのように叩くのは、政治家をイルミナティの単なる奴隷にすぎないと考えているからだ。


この「むち」としてのマスメディアは政治家に使われるだけではない。国民を追い立てるために、ある目的地に追い立てるために、まるで、羊を追い立てるように、われわれ全員に対して使われているのだ。


人々はどのようにして生きていくのに必要な情報を得るのだろうか。幼少期は信頼する両親、近親者からだ。学童期は急激に広がって、教師、友人たち。情報の質に対する信頼感は大きい。このころからTV新聞などマスメディアの比重は大きくなる。情報の質に対する信頼感は多少は低くなるが、まだ十分高い。こうして人は、マスメディアを擬似的な親とするのだ。奴隷になったことに気付かずに。こうして両親に対する信頼をえさに、マスメディアはこっそりとイルミナティの悪魔的な価値体系を注入するのだ。精神に注入された有毒価値体系をもとに判断し、情報を取捨選択するので、あとは自動的にイルミナティの世界観でこの世界を見るのだ。これが洗脳だ。


この悪魔的な社会構造は生まれる前、百年も前から存在しているので、人は疑問すら抱かず、生きて死んでいくのだ。イルミナティのわれわれに仕掛ける、つるし鉤はこのようにいっぱいあって、われわれはまるで処刑室の中で生まれて死んでいくようだ。


われわれが常識と知っているさまざまな「事実」は、実はマスメディアによって刷り込まれた神話が多く、事実とは異なったいることが多い。イルミナティの司令塔から発せられた指令によって、マスメディアが繰り返し繰り返し教え込むので、それが幻想・幻覚であることがわからず、いくら事実をつきつけても、洗脳離脱させることがむずかしいのだ。


われわれは人生の目標や生きがいなどの価値体系が狂わされていることに気付かず、狂った生き方の人生を自分の選択だと信じ込んで生きてきたのだ。われわれ100%の人間はマインド・コントロール兵器の犠牲者なのである。オウム真理教信者を軽蔑したり嘲ってはならない。われわれも大同小異なのだから。宗教や常識のなかに密かにもぐりこんだ悪魔教の倫理はまるで、レトロウイルスのようにわれわれを蝕んでいることに気がつかなくてはならない。秘密の意図は癌のようにわれわれの魂を蝕んでいるのだ。


洗脳機関としての高等教育 その延長の初等・中等教育。アカデミズムの支配と歴史学の支配。 これらの構造を理解して、洗脳から離脱しなくてはならない。マトリックスのネオのように。武器であるマスメディアや洗脳機関としての教育の洗脳から脱するには、そのためには、脱洗脳の専門家の手を借りるしかない。

苫米地英人 著 テレビを見てはいけない 
        洗脳護身術


(3)武器としての「医学」の再発明

世界の国々を征服してしまったので、大戦争を起こしにくくなり、従来の武器に代わる商品を開発せざるをえなくなったイルミナティは武器としての薬に投資することにした。そのため「人口削減」という嘘が考案された。


ケムトレイル人々の健康を低下するための有害薬品の全世界への拡散が行われ、その口実として過剰人口が理屈つけられ、世界の指導層に指令が下ったのだろう。あらゆる手口での人々の免疫低下が画策され、病人を増大させる企てがされた。知られていないさまざまな病原菌や免疫低下物質の大量散布が空から陸から、あらゆるところで行われたにちがいない。ワクチンの発癌ウイルス汚染、不妊剤の混入など誰かが暴露しても、マスメディアは無視するという作戦で、その情報が無価値で誤っているという印象を植え込むことに成功しているのだ。


医学は例えば癌に対する抗がん剤を武器に、死に対抗しているように見えて、その武器の矛先は人々に向いていることは誰でも冷静に考えれば結論が出る。そしてイルミナティ製薬企業は、武器としての医学を「むち」に、死の恐怖を人々に与えながら毒と引き換えに高額の金をよろこんで差し出させ、利益を手にするのだ。これを悪魔教といわずしてなんというのだ。


(4)武器としてのマスメディアの兵器の洗脳からの離脱

オカルト象徴言語の解読

「オカルト象徴言語の解読」は、洗脳解除の試みのひとつとして効果があると考えている。私も現在洗脳から離脱しようともがいているのだ。「オカルト象徴言語の解読」がゲームのように多くの人が取り組むことがいいと私は考えている。

自由の女神
自由とはなんだろう。洗脳から醒めた目でみれば、イルミナティの自由にちがいない。大衆の束縛を表す言葉だ。女神とはなんだろう。幻惑されずスキタイの象徴言語(笑)で考えてみよう。王の意志を表す言葉には違いないだろう。なんだろう。セミラミスとかディアナというのは少なくとも私の答えではない。たいまつを持つ女神の例があるだろうか。この地を支配しようといった意味ではあるだろう。イルミナティのJFKのたいまつは受け継がれた、という言葉はどんな意味があっただろう。占星術錬金術の文献の中に答えがあるだろうか。それとも歴史のなかに答えがあるだろうか。イルミナティの女神があらわになった例がある。モーツアルト魔笛だ。女神とは夜の女王か、イルミナティのマザーオブゴッデスのことか。マザーオブゴッデスがたいまつを持つ祭式があるか。それには魔笛を「見」なければならない。たいまつを持つ女神はルシファーなのかもしれない。

わからなければ、わからないという態度が大切だろう。妙な納得は危険な精神状況を生み出す。

「自由と民主主義」
自由はイルミナティの自由、大衆の束縛だった。民主主義とは、お互い主張を言ってまとまらない状況のなかのイルミナティの独裁主権という意味か。大衆の政治の権限のイルミナティの完全剥奪か。すなわち、イルミナティの独裁というのが正解に近いだろう。


歴史の自己再教育をして脱洗脳

洗脳の一例として偽造された歴史の刷り込みがあるだろう。偽造された歴史と「戦争計画集団」をあきらかにすることが洗脳離脱になる。少なくとも過去200年間の戦争の歴史の理解は、ほぼすべて間違っているだろう。すべてを点検して、イルミナティの掠奪手口を調べ直さねばならない。すべての戦争がそれぞれ明瞭な意図を持っていて、隠れた「戦争計画集団」がいたにちがいない。真の計画者たちは、何重にもカバーされた中で動き、誰もそれを阻止できなかったのだ。


ネイサン・ロスチャイルドネイサン・ロスチャイルドが戦争で一夜にして巨大な金を手に入れ、それは早く情報を手にいれたからだ、とされている。だがそれは誤りだろう。ディスインフォメーションだ。戦争は、英国のすべてを手に入れるために意図的に起こされたとしたほうが、わかりやすい。勝敗も何もかもが八百長だったのだ。ネイサンは表にどうしても現れる役をこなし、真の計画者たちは他にあったにちがいない。手品で皆が注意を集中する役がネイサンだったのだろう。ほかにも追随して多くの人がネイサンと同様に国債を売り払っただろう。偽の情報を広げる役や全体の演出者がいたにちがいない。銀行家であるとかいわれるが、もしかれらがこういった活動をしていたなら、銀行の業務をしていたのではない。銀行家の中にもぐりこんだ「戦争計画集団」だったのだ。


オウム真理教これは現代日本でも同様にどこかに存在する。オウム事件イルミナティの核のひとつが宗教団体の中に存在し、警察自衛隊司法まで巻き込んだものであったことがあきらかになった例であろう。オウム事件の闇は全体のごく一部の表面だけが現れ、急いで始末されたが、まだ調べている人は多く、情報が集まる。オウム事件に潜む「戦争計画集団」の存在は、長年日本に君臨してきた悪魔的某政党の要員が中枢だった可能性があることは皆が知りはじめた。われわれは、実体化した恐るべき悪魔そのものを国政選挙で国家の長に選んでいたのかもしれない。「戦争計画集団」については、まだネットなどで情報が集まる。司法まで巻き込んだその「戦争計画集団」の実態を解明して、未来の惨事を防ぐことは今最も重要なことのひとつだ。この「戦争計画集団」は愛国日本人のふりをしたイルミナティ人、日本人の中の異人である。なぜ右翼が大騒ぎしないかが実に興味深い。


日本への原爆投下太平洋戦争も最初から原爆を日本に投下するために起こされたと考えるほうがわかりやすい。真珠湾開戦の遥か以前から日本への原爆投下が決まっていて、日本への原爆投下計画は戦争以前から規定の路線で、戦争なしで投下するわけにはいかなかったのだ。この開戦も八百長だったのだろう。原子物理学の核分裂の研究の闇も深いように思われる。






洗脳のもうひとつの例としては、地球温暖化詐欺やインフルエンザ・ワクチン詐欺と同様に、おそらく人口過剰問題の詐欺があるであろう。イルミナティの示す危機は、すべてが詐欺であることを覚えておいて損はない。ピカピカの科学的真実のみかけを口実に、危機と恐怖をあおるから、常にまゆにつばをつけて見ねばならない。


人口過剰問題は、科学的なもっともらしさの真実をつけて、これが人口削減策をとらねばならないと、政策担当者を納得させたのだ。オバマ大統領の殺人狂科学者J.P.ホールデンは、ひょっとすると心の心底良いことをやっているのだという確信をもち、哀れにも悪魔にとりつかれてしまって人口削減を実施しているのかもしれない。人間社会の上部構造のほとんど全員が軽蔑すべき悪魔にとりつかれたゾンビ集団にしか見えないとは困ったことである。


人間の免疫系に可能な限りさまざまなトラブルをおこして免疫低下を画策し、死を呼び寄せる手段がつぎつぎと考案され秘密に実に百年間施行されていたのだ。これが悪魔にとりつかれた人類のアカデミズム医学会、生物学会、WHOなどの過去百年やってきた事実でありノーベル賞で賞賛された努力だ。自覚できていないアカデミズムの悪魔教徒のこころには、瓦礫となった良心がやまのようにごろごろしているのだろう。

人々は苦しみ、イルミナティに金を差し出し、助けを求める。与えられるのは、救いという名を持つ、拷問である。

イルミナティ文明を生きるとは、悪魔教文明のもとで生きるとは、
狂気のような人々の中で、必死に人間らしさを求めて生きることなのだ。


現時空から見た計時測によると、今から31万2000年前に、あなたがたの遺伝子の組み換えが行われたのです。
地球人による科学ではそれをミッシング・リンク(失われた輪)と呼んでいます。

その部位は脳幹にあります。

Rコンプレックスといわれる爬虫類の部分に、彼らの遺伝子コードが組み込まれていくことで、あなたたちは恐怖や不安、縄張り意識、支配と隷属、競争、嫉妬といった遺伝子コードが活性化されたのでした。

                                • -

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これらのビデオや文献から考えると、多くの人々が、「支配と隷属、競争、嫉妬」の状態に置かれ続けた事になるのでしょう。
ですから、新しい技術や新しい発明などが、この状態の人々に簡単に公開されると、何かの新しい技術などが、すぐに悪用されてしまうこともわかります。

ですから、人々がイルミナティ・システムとかレプティリアン・システムから脱却しないと、人々が争うばかりか、地球までも資源破壊されるので、技術の発達も進まないかと私は感じます。
====================
また、私は、このイルミナティ・システムとかレプティリアン・システムと呼ばれているものを、どこか他の場所でも、これは許可されるべきものではないと私は考えます。

また、1万3000年以上に渡り、イルミナティなどが地球の上に広げてきた資本主義、つまり、イルミナティ・システムやレプティリアン・システムを彼等が広げてきたわけです。
私は、時間制限付きでも、このイルミナティ・システムやレプティリアン・システムを拡大させるべきではないと、私は考えます。

このシステムだと、「支配と隷属、競争、嫉妬」を多くの人々の心に広げますので、当然、何かの科学技術でも、「支配と隷属、競争、嫉妬」の方向に使用されるでしょう。
ですから、「他の場所でも、また、時間制限付きであっても、このイルミナティ・システムやレプティリアン・システムの拡大や許可を認めることは出来ないだろう」と私は考えます。
このイルミナティ・システムやレプティリアン・システムが人心の低下もさせる事がわかりますので。


更に世界の「温暖化」データーが捏造された証拠がハッキングされ、ネットで公開さ れた。これにより欧米の社会は大きな混乱に陥っている。ノーベル平和賞を受賞したアル・ゴアが詐欺氏として裁かれるのも時間の問題である。またこのデーターが捏造されているという暴露は氷山の一角に過ぎな い。欧米の科学の進歩が欧米の闇の政権によって100年以上遅らされていることが後々暴かれていくだろう。欧米の科学が犯罪組織に乗っ取られたことが暴かれると革命が起 きる。

既 に封印された技術を使った工場の建設が国内外数か所で始まった。ペンタゴンも「国家安全保証」の名目で封印された6,000以上のパテントの一般公開に向 けての準備を始めた。フィリピンでは環境破壊を止めるための会議が行われており、現在民主党の石井一議員にを始め、政界フィクサーなど複数の人物が参加し ている。手始めにフィリピンの湖を綺麗にする事業に取り掛かり始めた。


アメリカでは多くのパテント(特許)が軍事秘密になったり、様々な圧力がかけられ封印されてきています。その数はおよそ4000件以上あると言われています。
こ れらを開発し圧力や命の脅しを受けた研究者達の話を含め「公開されていない、封印された技術」について、ベンジャミン・フルフォード内部告発者や関わっ た人物から集めた情報を基に、映像を用いてわかり易く一挙公開しました。フリーエネルギー技術、延命技術、遺伝子組み換えなどのバイオ技術、円盤UFO技 術、電磁波技術、超能力研究などなど。


 発展しないエネルギー

あなたは、この発展しないエネルギーを
 疑問に思うことはないでしょうか?

この疑問は、ここからはじまります。

今の時代、あらゆる分野で、技術が進化しています。

その理由というのも
ITの登場で、時代の速度は、早くなり
すべての分野で、進化の速度が早くなっているという事です。

音が聞こえない人には、
人工チップを脳に埋め込み聞こえるようにしたり
と、まさにSF映画で描かれてきたような時代になりつつあります。


しかし、あらゆる分野で、
 技術の進化 技術革命が起きているのに

なぜか、エネルギーの分野だけは、発展しないままで、
今だに、100年前のままと言っていい状況にあります。


これは、なぜでしょうか?

石油 火力発電 の次とされている
原発も、アメリカ並の安全対策を行えば、
40年の運転では、回収困難と認められ

稼働による放射能問題により
ドイツは、国のあげての調査結果により
国民は、NOと判断を下しました。

経済面での問題を指摘されますが
ドイツは、EUの代表的な存在でもあります。


そして、原発に関する大きな矛盾は、2つあり

1.放射能のゴミ
2.電気


1.放射能のゴミ
稼働による体験危険な放射能のゴミがでることです。
このゴミの処理は、10万年以上かかるということです。

そして、この10万年以上危険な核のゴミ
この処理にかかる費用は、計算されていないのです。

一見、低コストに見える原発
今の時代となっては、古い技術なのです。

日本の現状を調べれば
核のゴミが溢れているという事実がそこにあります。

私が思うに、国防の面で、
私は、このゴミを保有していると思っています。


2.電気
そして、原発により、電気が作られる訳ですが、
クリーンで、低コストで発電できるように思えますが

では、なぜ、石油輸入国である、この日本が、
なぜ、電気自動車を国をあげて実用化できないのでしょうか?

バイオ燃料が開発され、
ある国では、石油から脱却し、バイオ燃料に切り替えている国すらあります。

経済大国と思われる日本
そして、世界的にも大きな自動車会社が、何社もあるのに
なぜ、電気自動車を実用化できないでいるのでしょうか?


この2つに、現実的な大きな矛盾を感じるのは、
私だけなのでしょうか?


このように、石油利権 と 原発利権
この2つによって、資源独占により
世界中の大衆が搾取されているように感じます。


今の現状でも
このような発電方法があり、

小型水力(水路や下水)
太陽光(砂漠地帯・屋上・屋根)
小型風力(クーラー)
振動発電(歩道や車道)
地熱発電
磁力発電

こういった発電方法があり、
一箇所で、大量発電するのではなく

その場所で、自給自足で発電し消費していく
そういった方法にすれば、解決できるのではないでしょうか


しかし、そこには、大きな問題が、2つあります。


その問題とは、
原発で仕事している人達が職を失う
しかし、それらの仕事をしている人達は、
メンテナンスや設置業に変えればいいのです。

原発業 → 自然発電業に 変えればいいだけです。


そしてもう一つの大きな問題
それは、天下り先 癒着先 巨大利権がなくなってしまうことでしょう。

警察が、30人近くもあの年に天下りしたり
原発幹部から 議員になったり
議員から、原発天下りしたり
官僚が原発天下りしたりと

そういった事ができなくなります。

なぜなら、地域型自然発電 自給自足型にしてしまえば
エネルギーフリーに近い状態になり
メンテナンスの仕事だけです。

実際に労働を行うような場所や
給料がとんでもなく高くない場所には、
高齢になってから、天下りしたいとは思わないからでしょう。


そして、このような事をいうと
発電量が足りないという事を言う人がいるようですが

最近話題になったあの知事が指摘したように
電力の需要と供給のデーターを公開しなかったり

また、あの原発のサイトでは、
ある年に、全部の原発を止めていて
その年に、計画停電はなかったりと

面白いような事実がたくさんあります。

需要と供給のデーターを公開していないのに
電力が足りないと言えるのでしょうか?

まさに、このように工作員がたくさんいることが感じ取れます。


このカテゴリーでは、以下のエネルギーを紹介しています。

旧世代エネルギー 今の時代に
本来あるべきエネルギー 本当の
次世代エネルギー
石油
火力
原発 小型水力(水路や下水)
太陽光(砂漠地帯・屋上・屋根)
小型風力(クーラー)
振動発電(歩道や車道)
地熱発電
磁力発電 空気
フリーエネルギー

あなたには、何が見えたでしょうか?


6位 革命的なエネルギー技術がすでにあるのに政府によって弾圧されている。

革命的なエネルギー技術がすでにあるのに政府によって弾圧されている。しかもその資源は太陽のように無料のものであるそうです。確かに今そのような技術が出て誰でも簡単にそれを利用できる事となったら、電力会社、石油会社、ガス会社などは大変な事になってしまいます。

フリーメーソンが、コロンブス前にアメリカを発見できた事実、
十字軍に伝染病とワクチンの概念があった事実、
フリーメーソンが銀行というシステムを世界初で発案できていた事実、
また、何処に石油が埋まっているか知っていた事実、
これらは、何故、元素の概念もなく人類が鉄器を作れたかの謎と発祥を同じくする。
フリーメーソンは、前世記憶情報のコレクターでもあり、また、他の情報源を抹殺して回る集団でも有る。 省13
217:07/15(水) 22:49 xesFqDc0
あなたがたは、前世記憶を否定するかもしれないが、クスコの地上絵とか、
エジプトの古代ボルタ電池とか、先端技術を教えてもらわなければ作成は絶対不可能だ。
複数の人間が思い出した情報を少しずつ持ち寄って一つの技術として古代ハイテクは実現した。
フリーメーソンキリスト教は切っても切れない関係。
聖書そのものが、前世記憶の寄せ集め本だからだ。
だから、一部当たる予言が含まれている。

日本の天皇は日本人ではない。韓国人が古代に来て居座って天皇だと言いはっているだけの存在。そもそも天皇は神社の元締めでもなかった。
そしてフリーメーソンは、天皇に、日本人に対して嘘のまじないの手本になるよう地位を固めさせた。


そうすれば、社会は世界中で大規模な嵐が吹き荒れた後、世界的な救済が続けられる方向への傾斜を続けられます。地球の黄金時代を計画する者たちのうちのある者がイルミナティに人間に対する罪の責任を取らせ、不法に、不道徳にも奪われた大量の富を取り戻し、これを公平に分配し、長い間抑圧されていた環境の損傷を終わらせ、救済する技術を公開し、種々の形のマインドコントロールを明らかにし中止する最善の方法を決めるために、最も賢い人達と会うという第一歩が行われました。これらの進行中の努力と共に、他の文明、この宇宙の中での暮らしを統治する法の存在と支援、存在するあらゆるものの相互に関連する意識についての真実が明らかになるでしょう。これらの分野と、変化と覚醒が必要とされる他の全ての分野でのエネルギーを流す者たちが地球をその運命である、原始の健康と美の回復、その上に住む人間の平和的な暮らし、及び自然との調和に向けて推し進める力を結集させています。


RAPT×読者対談〈第23弾〉イルミナティに盗まれた数々の技術。EM菌、万田酵素、etc……。
Posted at 23:59h in Society, TalkRadio by rapt 7 Comments Share

ご好評につき、今回もまた「東出融」さんと対談いたしました。

昨日もなぜかパソコンの調子がおかしくて、音声の編集にかなり時間がかかってしまい、記事を公開するのが遅くなってしまいました。

大変申し訳ありませんでした。

今回の対談では、「EM菌」や「万田酵素」といったものが裏社会に取り込まれてきた過程を「東出」さんが具体的にお話して下さっています。

これらの技術は、どれも今後、農業の世界では大きな役割を果たすと言われているものばかりですが、このうち「EM菌」と「万田酵素」は既に裏社会に取り込まれているとのこと。

そこには「船井幸雄」が深くかかわっていて、庶民が開発した技術を盗み取り、自分たちの開発した技術であると言って売り出したり、特許料でボロ儲けしたりといった実態があるようです。

例えば、「EM菌」は琉球大学の比嘉教授が開発したということになっていますが、実際のところ、これを開発したのは他の人であり、いかにも比嘉教授が開発したかのように「船井幸雄」が宣伝しまくっているようです。以下のサイトのように……。

○注目の”ほんもの”EM!微生物の可能性が地球の未来を救う!!

また、様々な新しい技術を開発した人に対して、「赤坂特許事務所」などが法外な特許料を請求したり、その特許料を払えないと右翼が脅しにかけてきたりと、この世の裏ではかなり怪しげなことが行われているようです。

そのため、自殺者もかなり沢山出ているとのこと。


すべてが収まる:人類を抑圧していると思われる死の手から、なぜクリントンが秘密の技術を中国に与えたのか、米国における収容所にかんする絶え間ない報告まで。


【9.1分で核廃棄物を中和する方法】

~それはNEUTRALIZE(中和します)放射能に可能です~



非常に多くが高度に技術を「進めた」のは真実の悲劇です、秘密にしておかれ、いわゆるメディアの権力によって隠されるか、そうでなければ可能な手段がであるものすべてによって抑えられる。
このテーマはSusoniの最近のポストで触れられました。
見てください:
http://www.rumormillnews.com/cgi-bin/members/forum.cgi?read=202643

この抑制(数十年間用の)に逆らった勇ましく彼の全人生の彼のウェブサイトCheniere.orgの研究をレイアウトした1人のヒーローは、トムBearden大佐です。
彼のウェブサイトは、スカラー電磁気学の驚くべき新規分野および時空自体の直接のエンジニアリングに関する知識の広大な大要になりました。
この時空エンジニアリングによって可能になった多くの驚異の中には、それらを非放射性にする放射性物質の処理があります。

もし私たちの主流(つまり、後方へ)科学者がBeardenのリードを理解しており従ったならば、それらは、今、日本で起こる放射能のものすごい漏出に対処するために今ごろはもう技術を設置しているでしょう。

Beardenは、Cheniere.orgの現在の一面上のこのまさに考えを言います:


「もし真空からのエネルギーのための開発を資金提供することが利用可能になっていれば、この日本の原子力発電所は必要ではなかったでしょう。」


先日新しい地球運営を始める為にフリーメーソンの幹部であるLeo Zagami(リオ・ザガーミ)がローマ法王マルタ騎士団などの代理として来日した。イルミナティが世界支配を諦めざるを得ない状況は理解しているが、彼らはかなり宗教的な“世紀末思想”に取りつかれている。

彼の系統は古代エジプトの医者や科学者団体から始まり、色々な秘密の技術や知識を持っている。彼らが受け継ぐ帝王学や特殊な技術・知恵はエジプトからギリシャの哲学者、そしてローマの政府に伝わった。これを知ることができるのは、伝統として特別な血筋があるものだけだと言う。この人達は一般市民の住んでいる世界を“Profane(下界)”と呼ぶ ぐらい自分達と一般人を区別し、感覚もかけ離れている。またフリーメーソンの中でも、下級に教えられる“架空の歴史”と、組織のトップ階級にだけ明かされる“本当の歴史”の2つのストーリーを持っている。


中島孝志 - 2014 - ?Business & Economics
アメリカにどれだけ忠誠を誓ったところで日本の得になることは一つもない。振り回されるだけバカを見る。日本の政治家はアメリカに秘密を握られているからなのか、公然と反対することはない。


・「フリーメイスン」の「フリー(自由な)」はどういう意味があるのだろう。
ひとつのビル建設が終わるとプロジェクトは一旦解散だ。
その都度、プロジェクトごとに職人を募集しないといけない。
誰が熟練工で、素人なのかわからないため、資格制度をつくり、階級をつけた。
写真付きの証明書がないため、秘密のサイン、暗号をつくった。
「親方はXXX」「職人はYYY」など。
全ヨーロッパ共通だ。
秘密の暗号を知っているものは、どの階級に属し、どの程度の熟練度なのか即座にわかる仕掛けだ。

・暗号は簡単に見破られないように、だんだんと複雑になり、
しかも厳重に管理されるようになった。
定期的にロッジ(集会所)に集め、頻繁に暗号を変えた。
ここに、現在に通じるフリーメーソンの原形が出来上がった。
「資格を取るための試験」
「秘密の合図」
「会員名簿の秘密」
この三点だ。

・ピラミッドは、フリーメイスンが作ったといわれる。
建築に関する高度な技術者であればあるほど、高給になる。
高度な技術は、上層部の特定の人間に握られ、
彼らに忠誠を誓う選ばれた人間だけに、教え伝えられていく。
特に昔は、技術を漏れることなく伝授するにはどうしても秘密の場所が必要で、
それを門外不出にするためには厳粛なる誓い、
つまり儀式が有効なのだ。
行き着くところは秘密結社ということになる。

・ピラミッドに限らず、建造物は数学、鉱物学、測量技術、土木工学、
あらゆる学問の塊だ。

・今なお人々の口の端にのぼるのがテンプル騎士団の神秘性だ。
神秘性の一つには、彼らの儀式や集会が、フリーメイソン同様秘密とされていたことがあげられる。
秘密結社に身を置く者の心理というのは、その経験なくしては、
とうてい理解できないものだ。
儀式は、とり行う者に独特の世界観を植えつける。

・たとえば日本の武士もそうだが、彼らも儀式によって、
武士であるという強い意識を持った。
出産の儀礼、通過儀礼、成人儀礼などが目白押しだ。

・フィリップ四世と教皇クレメンスに弾圧されたテンプル騎士団の一部はスコットランドに渡った。
卓越した軍事力、鉄の規律、領土の管理知識、金融業務、
フランス系騎士団はスコットランド系より経験と知識は数段上で、
憧憬の目をもって迎えられた。

岩崎弥太郎もグラバー商会に足繁く通い、商売のイロハを習う。
いわば師弟関係のように。
そしてグラバー商会が倒産すると、岩崎はいち早くグラバーを三菱のブレーンに抱える。
岩崎がいかに、グラバーのもつコネクションとノウハウを必要としていたかというのが分かる。

・メーソンには基本理念というものがある。
「兄弟愛」「救済」「真実」

・「兄弟愛」というのは、
自分にできることがあれば喜んで手助けする。
いつもそういう姿勢でいたいな、と思っている。

・「救済」はメーソンの中核をなすものかもしれない。
弱者の救済には、深い関心を持ち、毎年巨額の寄付を行っている。
ノーブレス・オブリージといえる。

・アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンはフリーメースンだ。
ワシントンDCの建設に関与したメーソン建築家は、かなりの人数にのぼった。
だからこそ、首都ワシントンや連邦議会議事堂には、
いまだに謎めいた裏話が風化することなく詰まっている。
「首都のいたるところにメーソンのシンボルが隠されている」
「議事堂は、偉大なるロッジとして建設されたのだ」

・あそこはメーソン国家だ、という言葉を耳にする。
それは、国にしっかりとフリーメーソンが根を下ろしているようなところだ。
東南アジアの一部と、中南米のある国では、メーソンのつながりを利用して、
政治的根回しを済ませてしまう国がまま見うけられる。
こういう括りでいうと、フィリピン、ブラジル、アルゼンチンなどは、
メーソン国家という範疇に入れてもいいだろう。

フリーメーソンは、古代エジプト教とキリスト教の影響を強く受けている。


イルミナティは古代から現代に至るまでに連綿と受け継がれてきた古代人の血や古代文明の知識・技術(錬金術やエジプト神秘学、神智学、数霊術など)を受け継ぐ者達であり、驚くべきことに滅亡したと言われるアトランティスの人々が起源であるということだ。そして、アトランティス滅亡後、今のエジプトを中心として活動してきたようだ。現代社会にはまだ明らかにされていない知識がまだ存在し,イルミナティが知識を独占しており、彼らはその知識を利用して世界支配を進めてきた。

ブラザーフッドは(イルミナティ 金融寡頭勢力)いつも こういった知識を独占し
大いに利用してきた。


衆議院が 解散するようだ。
事前に仕組まれた 大根役者達が
電通CIAマスメディアを通してプロバカンダが垂れ流される。
橋下の週間朝日問題や 石原の太陽の党の茶番が
瀕死の日本を更に追い詰める。

問題は彼らの背後の勢力である。同和の 人権の 話でかたがついたようだが
これも自作自演。要するに 差別問題に話を すりかえ バッシングを避ける為のマスコミを使った誘導である。

問題は 同和ではなく 同和の背後にいる勢力だ、
シオニストの飼い犬 在日マフィア と 右翼を偽装した売国奴
当然彼らの背後を調べると CIAやネオコン ユダヤ(ハザール系シオニスト)と親密な関係が明るみに出る。 

陰謀側では 副島カルト ユダヤ人のフルフォード 中丸 コシミズの使用人 朝堂院(空手道連盟?構成員は在日マフィア)なんとがは 橋下 石原支持だ。(彼らは見かけは批判者側に立つ素振りはするだろう)解り易い構図である。シオニストマスコミのプロレス的アングルである。
龍玉のブログ chakra yoga 



学会員でもなく 統一 同和ヤクザ パチンコ風俗産業 偽装右翼 とも無縁で 本当に差別されてきた あるいは 普通の在日の皆さん 誤解しないでね。我々は マフィアと その走狗達に対して問題を指摘しているわけです。


我々は、「中丸薫」が、米国留学中、フリーメーソンに加入した、
との情報を有志から聞いている。
中丸薫」が、宣伝にこれつとめている、その父親と称する「堀川辰吉郎」は、
渡部悌治著「ユダヤは日本に何をしたか」によると、━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
戦前、大正、昭和前期、
日本フリーメーソンの代表格だった、とされている。  時事寸評 太田龍より



太陽の怪 中丸薫


龍玉のブログ chakra yoga 

彼らの背後はみんなお友達。

堀川辰吉郎の正体を明かさねば、本稿はもはや諸賢に認めて貰えまい。

$龍玉のブログ chakra yoga 



太田龍の時事寸評


七月二十九日参院選のあとに何が来るか?
今、米英(イルミナティ)が要求する次の日本の政治指導者は?

更新 平成19年07月30日23時57分


平成十九年(二〇〇七年)七月三十日(月)
(第二千百二十九回)

○九ヶ月前、安倍新内閣が登場したあと、当「時事寸評」は、

安倍晋三は、不能(インポテント)な民族主義者であり、
 間もなく舞台から消えるであろう。

○と言う趣旨のことを述べた。

○今、米英(イルミナティ)が必要とする日本の政治家、政治
 指導者は次の如き資格を有する人物でなければらない。

 (1)民族主義者のように見えなければならない。

 (2)しかし、現実には、日本の財産、資産を、そっくり米英
    (イルミナティ)にタダで進呈するような、売国奴でな
    ければならない。

 (3)更に、米英(イルミナティ)の世界戦争に、日本の軍隊
    を参加させ、日本人の大量の血を提供しなければならない。

 (4)しかもなお、そうした売国奴的行為が、日本の民族主義
    者の行為であるかの如く、演出しなければならない。

○こんなことの出来る人物は、まぎれもない、第一級の魔法使い
 魔術師でなければならないであろう。

○つまり、オカルト的カリスマでなければならない。

安倍晋三ごとき、白痴にひとしいタマは、及びでない。

○とは言え、今の日本の権力エリート階級には、そんなオカルト的
 カリスマは見当たらない。

○唯一人、
 そうしたカリスマ的首相として登場したい野心家が存在する。

○それは、石原慎太郎である。

○従って、今や、石原慎太郎は、
 七月二十九日の参院選挙で大勝した、小沢一郎民主党代表に、
 異常な敵意を燃やすのである。

○石原対小沢一郎

○これが、今後の日本の政治勢力にとっての中心軸と成る。


○石原は、日本を全体主義的独裁的警察国家に導くことの出来る、
 ある種の可能性を持つ、今のところ、目に見える唯一の政治
 指導者である。

○但し、彼も、既に若くはない。

○にも拘わらず、

○石原は、イルミナティにとって「つなぎ」の役割は果し得る。

○つまり、石原のあと、
 より若い世代から、イルミナティの有力な走狗を育成する、
 との見通しである。


 (了)



左脳偏差値重視が生んだ弊害

高偏差値=頭がいいという偏見の問題点について考えている。ここまで人間の脳の機能には左脳と右脳があり、現代社会が左脳の能力である偏差値を高く評価していること。そして、その理由が、企業が「仕事のできないスカを引かないため」という目論見に基づいていることを確認してきた。左脳は測定可能で、こちらの能力が高ければ、少なくとも言われた仕事を正確かつ迅速にやれる可能性が高いためだ(ちなみに、これ以外の要因も、もちろんある。たとえば、「学閥」という身内を採用したいという利害的な文脈がそれで、マスコミと早稲田の関係なんてのがその典型だ)

ところが、こういった「安全パイ」を獲得しようとする企業の人事戦略が、翻って日本企業全体をヘタレにしていくという状況を生み出していく。左脳と右脳の能力は、必ずしも生得的なものではない。そのほとんどは後天的に学習で養成されるものだ。たとえば、低偏差値大学や中卒程度の学歴だった人間が、企業に入った途端、ものすごく正確迅速な作業をやり始めることが十分にあり得るのだ(この場合、就職した後に、社内の教育によって左脳が開発されたというわけだ)。言い換えれば、人間が「賢く」あるためには、後天的にこの脳の二つの側面をバランスよく「脳トレ」する必要があるということになる。

左脳の強化と右脳の野生化

ところが、である。日本社会は学歴社会。今回取り上げているように、高偏差値→一流企業→豊かな暮らしというステレオタイプがまかり通っている。そこで、こういった「社会の勝者」に我が子をさせたいと思うあまり、親は子供の偏差値アップ教育、つまり一流大学入学を目標とした受験教育に力を入れる。つまり左脳ばかりを強化させる教育に走る。その結果、教育方針は「受験以外の余分なことなど考える必要は無い」ということになる。

で、こういった左脳へ傾斜集中的な教育を施せば、必然的に右脳の脳トレについては放ったらかしになるわけで、右脳は全然進歩しない。しかも、こういった「左脳重視」は社会的にも是認されているわけで、これが「偏った、おかしなもの」として指摘されることはほとんどなくなる。その結果、どんどん「働きアリ」みたいなやつが育っていくわけだ。その一方で右脳は手つかずのままの野生な状態が続く……。

コントロールできない左脳による、右脳の横暴化

で、こういったかたち、つまり左脳肥大の状態で成長し、一流企業に入った連中には困ったことが生じる。彼らは徹底した左脳重視、左脳の能力こそ「アタマのよいことのしるし」と信じて疑わない「頭の悪い連中」になってしまうのだ。まあ、それなりの金銭的保障や社会的地位が確保されているので、これにあぐらをかいてしまい、もう自分がただの「左脳バカ」であることを気付くことすらない。そして、「自分たちはアタマがよいのだから、社会全体を自分たちが支配し先導するのは当然」というふうに、ますます考えていくようになる。 実はこれこそが、スノッブなエリート意識を形成しているんだが(もちろん働きアリとしての仕事はできる。つまり、それなりに評価される。だが、それが「頭の悪い状態」を、いっそう増長させることになる)。

ただし、彼らはあくまで左脳人間。右脳的な、ジャンルや分野を横断したり、まとめ上げたりする力はない。というか、左脳養成に全精力を注いだために、こちらの能力については、一般人よりも、むしろ劣っている可能性が高いことになる。しかしながら、これを顧みることなく、自信たっぷりに様々なことをやり始めるのだ。しかも横暴に。ちなみに横暴にやってしまうのは、ようするに右脳が全く発達していからだ。そこにあるのは次々と仕事はできるが、全く空気が読めないマヌケで迷惑な人格に他ならない。この状態、実は「無能な右脳による、左脳の支配」ということになる。これって、ものすごく野蛮なのだが。

ザッカーバーグのいない日本

ところが、世界の動きはこうなってはいない。左脳、右脳双方をバランスよく備えた人間が世界を変革している。コンピューターの世界を踏まえれば、例えばFacebookマーク・ザッカーバーグは左脳としてはプログラムの天才であるけれど、インターネットを使って人間コミュニケーションを拡張しようとしたこと、つまりヴァーチャルを使ってリアルを活性化しようとしたという発想は明らかにコンピューター業界の人間たちが考えるものの外の発想、つまり右脳がやらかしていることだったのだ(だからザッカーバーグは天才なのだ)。

一方、日本の企業は、この偏差値至上主義が積もり積もって弊害を表面化させた結果、発想においても、自分たちが置かれているパラダイムから外に出ることができない連中がほとんどということになってしまった(おそらくその典型はSONYだろう。かつてのクリエイティブなスタッフたちが、大企業になることで集めたのは、ただの左脳バカだったというわけだ)。そう、これこそが、日本の社会や企業が創造力を枯渇させ、ヘタれてしまった原因に他ならないのではないだろうか。ちなみに現在飛ぶ鳥を落とす勢いのITC系諸企業(ゲーム屋さん等)も、その才能においては同等だ。時流に乗り、この時流に左脳がジャストフィットしたことで急成長を遂げているだけ。いずれ時の流れが変わってしまえば左脳集団といった色合いの強いこれらの企業のほとんどは消え去ってしまうか、勢いを失ってしまうだろう(ちなみに、これらの企業は巨大化しはじめた瞬間、判で押したように「左脳人間を集める」という保守的な企業経営をはじめている)。

じゃあ、これから日本はどうすれば、いいんだろう?(続く)


※技術と娯楽は支配者が用意する、日本の支配者は白人である、日本の技術と娯楽は裏で白人が用意している。