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二ビル通信

えげつない問題を勝手気ままに取り上げるブログ


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捏造された伝統、自民党保守派は売国奴Part1


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演歌振興策?ヤクザのタニマチとなにが違うわけ?

超党派国会議員による「演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会」
というのができて、初会合を開いたそうだ。
演歌や歌謡曲の衰退を食い止めるという目的で、
会長は、自民党二階俊博
自民党公明党民主党共産党、維新の党、おおさか維新の会など
から国会議員80人が集まり、『演歌振興策』とやらを考えるらしい。

記者会見で、歌手の杉良太郎は・・・

「演歌や歌謡曲は若者からの支持が低い。日本の良い伝統が忘れ
去られようとしている」
「演歌を楽しみにしている人は多いが、テレビ番組が減っている。
少しでも活性化されるようお願いしたい」
「演歌はテレビで十分に歌う時間が得られなくなった。
作り手の自助努力も足りないが、議連ができ、後ろ盾ができた」


バカじゃないの?
杉良太郎瀬川瑛子、コロッケ、山本譲二なんかが国会議員たちと
並んで堅く手を結び、写真に納まって笑っていたけど、
こんなの、ヤクザのタニマチとなにが違うわけ?

しかも、杉様。
演歌も歌謡曲も、日本の『伝統』ではないと思うけど・・・。
議員の後ろ盾ができたところで、若者は支持しないと思うけど・・・。
そりゃ演歌にいい曲はあるし、上野発の夜行列車おりたときからぁぁぁって
口ずさむメロディもあるけど、そんな堂々と馬鹿議員どもを動員して見せて、
自分がどんな目で見られてしまうか、なんとも感じないわけ?
「おらが村の政治家先生」とは違いますよ?

演歌歌手が政治家に媚び売って、「テレビ番組を増やしてもらおう」。
政治家が演歌歌手に擦り寄って、「高齢者からの人気を確保しよう」。

こんなもん、新聞各社呼んで発表して、なに考えてるの?
ふざけすぎだよね。クソボケのピンボケの強欲アンポンタンですよ。
ボケてますよ。ボケすぎですよ。
出掛ける時間が迫って焦ってるから「ボケ」のほかにボキャブラリーが
出ないのよっ! ぼけっ、ぼけっ!

政治家が関わることじゃない!
そんなくだらないことに寄り集まって『振興策』なんか考えてる暇が
あったら、貧困にあえぐ子供たちのための対策を考えて下さい!


愛国志士、決起ス

武士たちの「最期」をしかと見届けよ!

西洋化の一途をたどる明治政府と対立し、反乱を起こして敗れ去った者たち。佐賀の乱萩の乱、福岡の乱、西南戦争・・・勝者の歴史によって「反逆者」の烙印を押されたが、彼らは失われゆく日本を守るべく戦ったのだ。

「大東亜論第二部」は、彼ら”愛国志士”たちの決起の真実を掘り起こし、その武士の魂がいかに政治結社玄洋社」と頭山満に継承されたのかを描く試みである。

今こそ我々は、戦勝国の封印を解き放ち、明治以降失われてきた本来の日本の姿を取り戻さなければならない――そのためには、国家のために散った武士たちの最期を、しかと見届けなければならない。

時代は明治草創期。大久保利通西郷隆盛らは明治維新を成し遂げたものの、新政府は一枚岩とはいえなかった。

藩閥政治の堕落や日本文化を貶める欧化政策。これに異を唱えた西郷隆盛は、西南戦争を起こすも敗れる。西郷が抱いていたのは、日本が維新を成し遂げたように、アジア各国で維新を起こし、欧米の帝国主義支配からアジアを解放しようという理想である。

西洋化の一途をたどる明治政府と対立し、反乱を起こして敗れ去った者たち。勝者の歴史によって「反逆者」の烙印を押されたが、彼らは失われゆく日本を守るべく戦ったのだ。彼らは靖国神社に祀られざる英雄である。そして、近代主義に抵抗した西郷隆盛ら武士たちの魂を継ぐ者が現れた。それが、頭山満玄洋社の男たちである。

著者が薬害エイズ問題に取り組んでいたころ、熱心な読者でした。
多感な時期に小林氏の著作に目を開かれ、ものの見方考え方の基本姿勢を教わりました。
氏がネトウヨの生みの親という説がありますが、
氏は一貫して「思考停止」の弊害を叫んでいるのであり、
できだけたくさんの客観的資料を見て、色々な人の話を聞いて、
その上で自分の頭で考えろ!群れるな!と言い続けているわけで、
ネトウヨと呼ばれる人の属性とは相いれないと思います。

著作を読むのは15年ぶりぐらいでした。
私自身、安倍政権が「道徳の教科化」を取ってつけたみたいに叫び始めたころから、
道義も大局観も感じない日本の政治に対する不信感が膨らむ一方でした。
なぜこうなってしまったのかと改めていろいろ読んでいるうちに、遅ればせながら「明治維新」にぶち当たりました。
そうしたら、あら?よしりんもうやってたの!です。
この15年、小林氏の言説とほぼ無縁に生活してきたのに、
ここに来てやはり小林氏の仕事にたどり着くとは。

小林氏の動向に対して、「とにかく気に食わない人間に手あたり次第にかみつくことで商売している」という向きもありますが、
小林氏はただ、「王様は裸だ!」と言い続けているだけです。
裸だ!と言っても納得しないこじらせすぎな大人が多すぎるので、
大人げないほどの情熱を作品に込めて世に問うているのです。

乙武氏を国会議員にしちゃいけない!!

今日発売の週刊新潮(3.31号)に載った
参院選自民党』最強の切り札の背徳的生活!
 一夫一婦制では不満足
 『乙武クン』5人との不倫」
と題する記事の話題で、
テレビのワイドショーも持ち切りとなってます。

基本的に、「不倫」なんてもんは
当事者間の問題だろうと思うので、
最近の、不倫があればメディア大騒ぎという
現象には違和感も覚えてはおります。

乙武氏が以前から「絶倫自慢」してたとか、
長男が生まれてから8年間で5人と不倫とか、
妻子を置いて年末年始に海外不倫旅行とか、
それもまあ私人なら勝手にやればと思います。

でもこれが国会議員になるかも
しれないとなると、話は別!

記事によると、年末年始の不倫旅行は
「政界進出にあたって身辺整理をする必要が出てきて、
彼女と『ケジメ』をつけるための旅行だったらしい」
とのこと。

そして記事には、乙武氏と彼女の
二人っきりのささやき合いの会話が、
ものすごく具体的に書かれています。
これ、盗聴器を仕掛けたか、
取材した人がとんでもなく耳がいいか、
あるいは彼女が週刊新潮に話したかでしょ?

要するに、乙武氏が出世のために女を使い捨てにして、
捨てられた女は乙武氏の出世を願って身を引くでもなく、
週刊誌にしゃべったということじゃないの?

こんな人徳のない人間、
国会議員にしちゃ絶対ダメでしょ?

こんなの、ハニートラップ仕掛けられたら
イチコロですよ!!

しかも、奥さんにも
謝罪のコメント出させるなんて、
気持ち悪すぎる!

現役の神社宮司が「日本会議神社本庁のいう伝統は伝統じゃない」「改憲全体主義に逆戻りする」と真っ向批判

安倍政権ともつながりが深い日本最大の右派団体「日本会議」が、いま、出版・言論界で注目を浴びている。

 今年5月には、著述家の菅野完氏がウェブメディア「ハーバー・ビジネス・オンライン」で昨年2月から連載していた論考を書籍化した『日本会議の研究』が発売。書店に並ぶ前から、椛島有三日本会議事務総長の名義で、版元の扶桑社に出版差し止めを要求する申し入れ書が送られるなどし、大きな話題になっている。椛島氏は、菅野氏が同書で日本会議の中枢に座る「生長の家原理主義」の一人として名指しした人物だ。

 言論活動に対して、それが巷間に出る以前から「抗議」と称して差し止めを要求する。これは明らかに言論、出版の萎縮を狙った威嚇行為だ。断じて許されるものではない。

 しかし、日本会議側がいくら圧力をかけても、昨年以降、メディアは日本会議を大きく取り上げるようになった。新聞でもたびたび取り上げられるようになり、追及の動きは止まることはないだろう。

 こうしたなか最近目を引いたのが、「週刊金曜日」(金曜日)5月27日号の特集「日本会議とは何か」である。同特集には、『証言 村上正邦』などで日本会議の成り立ちを記したジャーナリスト・魚住昭氏や、一水会元代表の鈴木邦男氏、右派の歴史修正主義等を研究してきた能川元一氏などが寄稿しているのだが、特に注目したのが、現役の神社宮司である三輪隆裕氏へのインタビュー記事だ。

 三輪宮司は愛知県・清洲山王宮日吉神社神職56代。周知の通り、全国約8万社の神社を統括する宗教法人神社本庁」は日本会議と密接な関係にあり、神社本庁統理や神宮代宮司らが顧問として日本会議の役員に名を連ねている。だが、三輪宮司のインタビューを読むと、神社界全体が日本会議の推し進める“戦前回帰”的な運動に賛同しているわけではないことが、はっきりとわかる。

 三輪宮司は、冒頭から“日本会議は「皇室と国民の強い絆」が「伝統」だと主張しているが”という「週刊金曜日」の質問に対し、こう答えている。

「いや、それは『伝統』ではありません。江戸時代にはごく一部の知識階級を除き、『京都に天皇様がおられる』ということを庶民が知っていたか、はなはだ疑問です。本来神社とは地域の平和と繁栄を祈るためのもので、この日吉神社でいえば、江戸時代は氏神の地域と尾張国の繁栄を神様に祈願していました。明治になって、日本という統一国家ができたので、その象徴として『天皇』を据えたのです」(「週刊金曜日」より)

 事実、神社本庁が「本宗」として仰ぎたて、安倍首相がサミット開催地にゴリ推し(過去記事参照)して各国首脳に訪問までさせた伊勢神宮ですら、明治になるまで一度も天皇が参拝したことはなく、とくに江戸時代に庶民のあいだでブームとなった伊勢参りは、皇室への信仰心によるものではなく、豊作を願ってのもので人気の“観光スポット”という意味合いが強かった。

 しかし、明治維新という“軍事クーデター”によって樹立した明治政府は、それまで民間の信仰であった神社神道を、天照大神を内宮に祀る伊勢神宮を頂点とする「国家神道」に組み替えた。この神話的ヒエラルキーのもと国民を「天皇の赤子」として支配しようとしたのだ。その結果が、「世界無比の神国日本」による侵略戦争の肯定・積極的推進であった。先日逝去した歴史学者・思想史家の安丸良夫氏も、著書でこのように書いている。

伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は、一見すれば祭政一致という古代的風貌をもっているが、そにじつ、あらたに樹立されるべき近代的国家体制の担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序にむけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった。そして、それは、復古という幻想を伴っていたとはいえ、民衆の精神生活の実態からみれば、なんらの復古でも伝統的なものでもなく、民衆の精神生活への尊大な無理解のうえに強行された、あらたな宗教体系の強制であった。〉(『神々の明治維新岩波新書

 国家神道は日本の「伝統」でもなんでもない。もともと、日本の神社は寺と不可分だった(神仏習合)が、明治政府は神仏分離令(1868年)によって神社から仏像や仏具を撤去するなどし、神道仏教の上に無理やり位置付けようとした。この神仏分離令は一部で廃仏毀釈と呼ばれる激しい寺院・仏教の排斥運動を呼び込んだが、こうした点について三輪宮司は「週刊金曜日」で、「明治政府は文化と宗教の破壊者です」と強く批判。そして、明治政府の「国家の宗祀」理論や「教育勅語」についても、「このように一つの価値観と規律で国民をしばる、などという発想は、多神教神道にはありません」と一刀両断している。

 さらに批判は神社本庁にも及ぶ。三輪宮司は、国家神道神道の歴史では極めて特殊であることを「今の神社本庁には理解できないのですね」と言い、このように解説するのだ。

「戦後、占領軍の『神道指令』で国家神道は解体されました。その後、神社は生き残るために宗教法人神社本庁として再出発しますが、当時の神道界のリーダーは、ほとんど明治時代に神主になった人だったため、それ以前の本来の神道ではなく、明治政府が作った神道が『伝統』だと思ってしまった。その感覚が、戦後70年経ってもまだ残っているのです」(「週刊金曜日」より)

 実際、神社本庁は「伝統」の御旗のもと、機関誌「神社新報」で新たな憲法を制定して軍の「統帥権」を天皇に帰属させるべきだという主張すらしている。これは大日本帝国憲法で明文化されていた、すなわちどう考えても「近代的」なシロモノ。ようするに神社本庁は、偽りの「伝統」を振りかざして、戦中に軍部が暴走した反省から日本国憲法に記した「文民統制」すら廃止すべし、と言っているわけだ。

 このことひとつとっても、神社本庁のいう「伝統」は単なる政治的装置でしかないことは自明だが、さらに三輪宮司は、神社本庁日本会議憲法に組み込むことを求めている「伝統的家族観」の復活や、2012年の自民党憲法改正草案にも含まれているいわゆる「家族条項」の本質についても、このように喝破している。

「家族主義というのは、せいぜい通用するのは家庭内とか友人関係、つまり『顔』の見える範囲の社会です。それを国家のような巨大な社会まで拡大したら、危険ですよ。(略)家族主義を国家まで拡大すると、権威主義全体主義となります。『良いリーダーの元に素直な人々が結集して良い社会を作る』。これが一番危険です。戦前のファシズム、あるいは共産主義もそうです。カルト宗教なんかも同じです。今のイスラム原理主義もそうです。民族派の人たちが主張するような社会になったら、また昔の全体主義に逆戻りしますよ」(「週刊金曜日」より)

 三輪宮司は、改憲について「日本の独自性とか、妙な伝統とかいったものを振りかざして、現代の人類社会が到達した価値を捨ててしまう可能性があるような憲法なら、変えないほうがよい。日本会議改憲案は世界の共通価値と離れ、時代錯誤の原理主義権威主義に満ちている」と語る。神社本庁は目下、日本会議と連携して改憲運動を活発化させており、今年の年始にも傘下の神社の一部で改憲賛成の署名運動を展開していた(過去記事参照)が、三輪宮司によれば、「ほとんどの神社の宮司は、本庁から書類が来ているのでそのようにしているだけ」という。事実、本サイトの記者が年始に都内神社を取材し、職員に聞き込みをした際には、「神社庁のほうで決まったことで……」との答えが複数聞かれた。

 ようするに、神社界全体が、いや、たとえ神社本庁の傘下の神社であったとても、決して日本会議らが企む明治復古的な改憲に諸手を上げて賛同しているわけではないのだろう。むしろ、三輪宮司が「週刊金曜日」で解説しているように、国家神道が“偽りの伝統”であることを熟知している宮司や職員の多くは、安倍政権による改憲に内心危機感を覚えているのかもしれない。

 だが、神社本庁は近年、個別の神社の人事に対して強権的な介入を繰り返すなど「傘下神社への締め付けを強化している」(全国紙社会部記者)との声も漏れ伝わってくる。参院選後に安倍首相が着手するとみられる憲法改悪の前に、一人でも多くの神社関係者が日本会議神社本庁に反旗を翻して欲しいが、残念ながらそう簡単にはいきそうにないだろう。